第33話 ペンテシレイア

「ペンテシレイア様?!

 私の名を?」

「覚えているさ。

 合格率1%にも満たない甲種役人試験を裏金も無しに一発で合格した男。

 フフフ。

 普通の人は何回も受けてやっと合格するのにね。

 貴族の裏金による不正合格者が後を立たなくてね。

 やっと賄賂を受け取る人間を排除した筈なのにまた不正か、と思って徹底的に調べたんだが、なんの不正も見つけられ無かったよ」


「それは……いくらペンテシレイア様の発言でも失礼かと。

 私の実力です」

「フフフフフ、ゴメン。

 ゴメンね。

 つい疑ってしまう性分なんだよ。」


 ペンテシレイアが親しみやすい雰囲気で笑顔を浮かべる。

 ハンプティはそんなモノに騙されはしない。王国に住む何千万の民の生活に責任を持つ立場の女性なのである。年齢的に若かろうと、気軽に微笑みを浮かべていようと、そんな見た目通りの人間である筈が無い。


「今回の事件、元老院に報告するんだろう。

 ハンプティくんはどのように報告するつもりなのかな」

「……なにか勘違いしておられます。

 私は開拓村に警戒レベル3のモンスターが現れたかもしれないとの情報を受け、確認しに来たに過ぎません。直属の上司から指示された内容はそれに相違ありません。

 ……何処かで誰かが……別の期待をしていてもそれは私の知る所では無い。

 それに誰にしろ……大した期待では無いでしょう。

 おそらくは老人のヤッカミ。自分達より若い有能な女性が辺境の開拓に手を出している。ホントウに上手く行ってるのか。何か失敗でも隠してるんじゃないのか。その程度のゲスの勘ぐり。

 期待通り報告しますとも。

 辺境の村は偉い事になっている。詳細不明の警戒レベル3モンスターに村人は襲われ、挙句天変地異まで訪れた。地割れの復旧には相当な時間がかかる。通常の開拓どころでは無い、とね。

 老人どもが拍手喝采する事でしょう。

 嘘など一切無い。通常の開拓どころでは無い。オーディンヴァレーの谷底には貴重な鉱石が発見されている。富を求める者達が瞬く間に集まって来る。

 老人達が気づいた時には手出し出来る利権など残っているものか」


「……キミ面白いね。

 もしも役所を首になったなら、わたしの所においで。

 再就職先を斡旋するよ」

「有難い申し出感謝いたします。

 しかしとりあえずは役人として頑張るつもりですので……」


「いいよ、好きにしなさい。

 ただし!」


 虹彩が光る。

 ハンプティに微笑みを浮かべながら身を寄せていた女性。いつの間にか親密な男女であるかのような距離にまで入り込まれていた。ハンプティの瞳のすぐ近くにハシバミ色の虹彩があって、その口元からは笑みが消えた。

 ハンプティは一瞬心臓が冷えた。自分の体温が3度程下がった気がする。


「アーサー・マーティンの情報だけは何処にも流すな。

 それだけは死守するんだ。

 もしもそれが破られたなら……

 この王国にハンプティ・ダンディと言う男の生きる場所は無い。

 そう思え」

「……分かった」


 ハンプティは答える事が出来た。

 強張る身体。血流が体の中で動きを止めた気さえする。身を震わせながら口だけは動かし何とかそれだけ絞り出した。


「フフフフフ。

 お願いするよ。

 女性の頼みだ。

 紳士なら守ってくれたまえよ」


 女性の口元には笑みが戻っていた。見開かれていた瞳も細くなり、隅には笑い皺が見える。

 ハンプティも血流の動きが元に戻った気がする。


「はっ!

 間違いなく……

 しかし…………

 何故です?

 何故ペンテシレイア様があのような男を気にされる?」

「……キミ、気付いて無いの」


 買いかぶり過ぎたかな。就職先の斡旋は無しだろうか。

 いや、これが当たり前の反応なのだろう。

 ペンテシレイアの様に王宮で海千山千の妖怪の如き老人どもとやり合ってる人間の感覚は、通常とあまりにも異なってしまう。

 いくら目の前の男が恐ろしく頭脳が切れても、その感覚まで掴むには若過ぎる。

 

 王国で魔王アシュタロッテを退けた勇者と言えば、既に神話の世界の存在。

 辺境で通りすがりの冒険者が如何に腕が立とうとも、相手を神話の中の存在とは思わない。

 ハンプティの反応が当たり前なのだ。


「ハァーー……

 常識の無い神話の神様と、汚濁だらけのこの世に蔓延る妖怪ジジィに付き合わされる。

 どんどんわたしも人間離れしてしまうな」


 溜め息をつくペンテシレイアなのである。




 その頃ナイトは普通に学校に行っていた。


「いやー、すっごいね。

 あの地割れ、アレで被害者いないのが最高神オーディン様の奇跡だよね」


 被害者がいないのは、ナイトのおかげだよね。

 となんとなく自慢げな笑みを浮かべるのはジークフリード。

 まー、ほんのちょっとはあの役人も頑張ったかもね。でもあの役人の力があったとするなら僕だって、少しくらい役にたったのかも。 

 

 後ろの席からナイトを眺めるのはアンネトワット。

 あたしの危機に駆けつけてくれたシルフィード様。ウルトラステキだった。クールでカッコ良すぎた。

 どうしよう!?

 シルフィード様の後ろ姿見ると……あの夜のコト思い出してそれだけでニヤけてきちゃうよ。ダメよ、アンネ。今は授業中、助祭様の話を聞かなくちゃ。


 前の席からチラチラ振り返るのがデレージア。

 ナイト……この前の夜の事、どう想ってんのかしら。

 ワタシがまともに立てなくてナイトが肩を貸して……あの時は気にしてる余裕無かったけど!

 アレってビックリするほど密着してなかった!?

 抱き合っている、って言ってもおかしくないくらいじゃ無かった!?

 ワタシ次の日、ナイトの顔を見ただけで頬が真っ赤になりそうだったのを無理やり隠したってのに!

 なんでアンタは平気な顔してんのよ!

 年下でしょ。アンタの方が落ち着かなくなりなさいよ!


 ナイトは静かに授業を聞いている。……かのように見える。


「魂!

 魂、食わせるんじゃーっ。

 年寄りが腹減ったと言ってるのに、何もよこさんとは、鬼のようなヤツじゃ」

「分かった。

 学校が終わったら家の雑草を刈るのに使ってやろう」

 

 しかし、その実盛んに話しかけて来る邪剣の相手をしている。


「草か……

 物足りんわー!

 動物じゃ、人間じゃ。

 生きて動いてるヤツがいいんじゃー。

 新鮮な肉の中に刃を突き立てたいんじゃー!

 断末魔の悲鳴が聞きたいんじゃー!」 

 

 だんだんと調子に乗って物騒な発言が多くなってきてる邪剣なのである。


「分かったから静かにしろ。

 それに母親によると動物の肉を食べたら……植物をその3倍は食べなければいけないらしい。

 だから野鳥や野犬を斬るのは3日に1回でガマンしろ」


 そんな調子で。

 なんとなく平和に学校生活を送っているナイト・マーティンなのである。

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