第32話 ハシバミ色の瞳

 アリス・マーティンは不機嫌であった。

 我が家にお客様が来ているのである。主人の知り合いである。本来愛想良くもてなすべきであると分かっている。

 しかし!

 相手がその昔、どうやら主人となんらかの関係があったのではないかと疑いのある妙齢の美女と来たらそうも行かない。


 アリス、落ち着くのよ。アーサーは浮気なんかしない。

 もし他の女となんらかの関係があったとしても……それは過去の事。

 今日来ている女性だってワタシより前にアーサーと知り合っている。

 もしかして……ひょっとかして……

 どうも雰囲気を察するに……おそらく高確率でアーサーとただの職場の友人を越えた関係だったのではないかしら。

 と、思わせるけれど……

 でもそれは過去のコト!

 自分と知り合う前の女性関係にまで口出しは出来ない。

 現在はそんな関係ではないのだからして、不機嫌になってはイケナイ。

 でもわからないじゃない!

 アーサーはわたしの事を愛してる。そこは疑って無いけれど……

 女の方は……まだ気持ちが残ってるかも。

 あの女ってば美人だったりするし、デキル女風にカッコ良く決めてる。

 男受けを狙ってるカンジでは無いモノの、それでいてたまにだけフッと男に甘えたりしてみたら……

 ギャップ萌え!

 アーサーも引っかかっちゃうかも?!

 落ち着いて、考えすぎちゃダメよ、アリス。

 アーサーは単に必要が在ってあの女を呼んだの。

 どこかの街で逢うんじゃ無くて、この家に招くのが浮気心の無い証拠よ。

 それに……もしも……女性側にそんな気持ちが残っていたらワザワザ奥さんである自分の家に訪れるだろうか。

 もうタダの昔の職場の知り合いに過ぎないから、遊びに来れる。

 分からないわ!

 そんな風に見せかけて、実はその裏をかくとゆーパターンも……

 等とゆー事を延々と考えながらお茶を差し出す。


「どうぞ、ペンテシレーアちゃん。

 自家製のお茶です」


 表面上はとてもニコヤカにして見せるアリスなのである。



「ああっ、ありがとう。

 いい香りですねー」


 敵もさるもの、アリスに負けず劣らず友好的な笑いを浮かべる。

 だけど、アリスには分かるのである。少しばかり挑発的なニュアンスがその中に13%ほど含まれている。

 すっかりツマラナイ田舎の主婦だな。自分は王都に住む先端の衣装に身を包んでると言うのに。アリスさんはエプロン着けておさんどんなのかい。

 ちなみに、おさんどん、とは台所仕事をする下女の事である。現代風に言うと家政婦さんであろうか、、もしくは家事代行。

 そして相手はスーツを身に纏う、格好いいオフィスレディー風のファッションなのである。

 男性向けの紳士服をイメージして、女性向けにアレンジしている。ドレスでは無い。下はスリムなパンツ、上はジャケット。だが処々に飾りが付き、女性らしい丸みを見せるライン。

 顔は立体的に鼻が高く、ブルーネットの髪をショートボブにしているのが似合う。

 アリスとしてはチョッピリ負けてる気がしてしまうのである。


「で、問題にならずに済みそうかな、ペテンシレイア」

「ペテンシレイアじゃなくて、ペンテシレイア。

 いい加減その間違い止めてください、アーサー様」


「だってペテンシレイアの方が言い安いんだもん」


「まーとりあえず!

 火山活動による唐突な地割れとゆー線で決着しそうです。

 村人達が全員気絶していたのも、それに伴う地震があってそれで気を失ったと言う線で。それにしては建物が壊れて無いのが変では有りますけどね。

 だーれもこの件に伝説の勇者様が関わってる等と勘ぐってませんから、良いでしょう」


 ふふん、勝った。

 アリスは笑みを浮かべる。久しぶりだからと言って、名前を間違えられるなんて……大した仲じゃない、既にアーサーにとっては過去の人である証拠ね。

 少しばかり機嫌が良くなってしまうアリスである。



 あの夜。オーディンヴァレー村にモンスターが入り込んでしまった日から、既に数日が経っているのである。

 ナイトの周辺にいたジーフクリード少年やハンプティ・ダンディは意識を失っていた。それだけでなく村人の全員があまりの魔力マナの威圧に気絶していたのである。村人だけではない。村に入り込んだ一角兎ホーンラビット邪悪犬エビルドッグまで倒れていた。

 翌日村人達が目を覚ますと。

 地面にドデカイ割れ目が出来ていたのである。


「……にしても貴方に未来を見る能力が有るなんて。

 聞いていませんでしたよ、アーサー」

「なんの話だ、ペンテシレイア?」


「オーディンヴァレーですよ、オーディンヴァレー。

 あの地割れの下に地下水や、鉱脈も見つかりました。

 正式名称もオーディンヴァレーになりそうです。

 谷を調査したり、鉱石を掘るのに人が集まって来ますよ。

 このオーディンヴァレー村も発展するでしょう」

「そうなのか、あまり人が多くない方が好きなんだけどな。

 まぁ発展するなら、村の人達にとってはその方がいいか」


「引退するって言い出して、辺境の名も無い村を紹介したら……

 オーディンヴァレーって名前にしようなんて言い出すから。

 不自然過ぎて村の名前変更するの恥ずかしかったんですよ。

 こうなると分かってたなら教えておいてくださいよ」

「んん?

 そんなの知る訳無いじゃん」


「……じゃあ何故オーディンヴァレーなんて名前に……?」

「なんかカッコイイじゃんか~」





「…………?!?!?!」


「ナニ驚いた顔をしてるのだーわ、ハンプティさん。

 せっかくのハンサムな顔がおっもしろい顔になってるんだーわ」

 

 村長の家で家政婦をしているアニタである。

 このところ家に住み着いている都から来た役人がとんでもなく驚いた顔をしているのである。


「アッ、アレは……

 今この家を通り過ぎて、村外れの方へ歩いて行った女性は?!」

「ああ、あの人。

 あの地割れを調査に来た人達のリーダーなんだって聞いただーわ。

 女性でリーダーなんてカッコイイんだーわ。

 まだ若く見えるけど何歳くらいなのかしらだーわ」

「……就任してそろそろ十年経つかどうか。

 ならばまだ二十代だな」

 

「ハンプティさん、知ってるんだーわ?

 うーわ、やっぱりハンサムな男は手が早いんだーわ」


 誰でも知っている!

 と言う言葉を噛み殺す。確かに有名人ではあるが、庶民の前に顔を出す事は少ない。こんな辺境の住人では知らなくて当然!

 

 女宰相ペンテシレイア。

 この王国の文の頂点、王の右腕。

 およそ10年前、勇者が魔王を退け、その後女王が引退した。

 後を継ぐ王はまだ若い。そのサポートをすべく選ばれた女傑こそがペンテシレイア。

 重要な役回りだと言うのにまだ10代の女性が選ばれたのである。どう考えても反対した人間は多かった筈だが、結局彼女が宰相に就任した。

 それもその筈。彼女を推薦したのは引退の決まった女王エカテリーナであり、加えて伝説の勇者であった。誰が反対しようとも、その二人に逆らえる筈が無いのである。

 そして女宰相は働いた。

 若い王と共に王国の方針を大きく変えた。古い血筋中心主義から能力のある者が台頭する実力主義へと舵を取ったのである。

 古い力を持つ貴族どもからの反発は大きかった筈だが、その方針は確実に結果を出しつつある。王国は魔王の侵略による被害を乗り越え、大きく発展しようとしているのだ。


 ハンプティは村長の家から出る。マイペースな家政婦に気付かれないよう、女性が歩いて行った方角へ静かに進みながら周囲に自分以外誰もいないのを確認して声を出す。


「女宰相ペンテシレイア!

 宰相と言えば、王国でもっとも忙しい人間の一人だ!

 何故こんなトコロに居るっ!?!?」

「わたしも聞きたいわ。

 何故ハンプティくんが此処にいるのかしら?」

 

 その声はハンプティの後ろから聞こえた。恐る恐る彼が振り返ると。

 そこにはブルーネットの髪を短くした女性が居た。


「ペンテシレイア様?!

 私の名を?」

「覚えているさ。

 甲種役人試験を裏金も無しに一発で合格した男。

 優秀過ぎる人間として注目されていた筈だけどね。

 こんな辺境に赴任になる筈も無い。

 ………………元老院の指示だったりするのかな?」


「…………!……」


 底の知れないハシバミ色の瞳がハンプティ・ダンディの胸の奥まで見通すように、彼を見つめていた。

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