第12話 アンネトワットの日記・後編

 村にモンスターが入って来た。アンネの後ろに居る。

 アンネ殺されるの?!

 逃げなきゃ!

 そう思うけどアンネは地面から立てない。足に腰に力が入らない。まるで下半身が無くなってしまったみたい。

 ナニカがふわりとアンネを立たせてくれた。アンネの手と腰に手を回し、優しく抱き上げる。

 あっ、と思う間もなくアンネは両足で立っていた。アンネの手を握っているのは男の子。ナイトくん。同年齢の同じ学校に通う少年。


「すまない、驚かせてしまったか?

 一瞬殺気を放ってしまった」

「う……ううん。

 ナイトくんだったの……

 後ろからイキナリ声が聞こえてビックリしちゃっただけだよ」


 あはははは。モンスターだって、アンネってば怖がり過ぎ。モンスターが村の中に入って来るワケない。入ってきたら騒動になってるもの。怖がり過ぎてナイトくんに助けて貰っちゃった。

 立て無くなってるの抱き上げて貰っちゃった。

 ………………


 …………????…………

 …………!!!!…………


 ナイトの手はアンネの手を握っていて、もう片方の手はアンネの腰に回されてるのだ。


「あのっ……あのっ……

 ありがとうございます」

「うん?

 もう大丈夫か。

 一人で立てるか?」


「平気です。

 ゴメンなさい!」


 慌てて男の子から離れる。お父さん以外の男性とこんなに密着するのはハジメテ。


「小鳥か」


 アンネの顔は赤くなってると思うけど、ナイトくんは気づかずヒナの方を見ている。


「……あのあの……助けてあげたいんだけど……

 触っちゃいけないらしくて……」


 助祭様に聞いた言葉を伝えるけれど、男の子は聞いていない。木の上の鳥さんの巣を確認してる。


「触れなければいいんだろう」


 ナイトくんが言って軽く地面を蹴る。ジャンプするような仕草。

 だけど、ええっ?!

 そんな力を籠めて跳んだ様に見えなかったのに、どれだけ跳ぶの?

 学友の男の子はアンネの頭の上、見上げなきゃいけない高さ。上から鳥の巣を確認してる。

 男の子が指を差す。地面の方、そこに有るのは茶色い丸い生き物。鳴いてる小鳥のヒナ。茶色い丸い生き物がフワリと浮かび上がった。

 ヒナが飛んでる?!

 えーと……いや、鳥さんなんだから飛んでトーゼン。

 違う、この仔はまだヒナ、フツーは飛べない。

 ……飛べないハズ……飛べないと思う……多分。

 第一このヒナは翼を広げていない。

 アンネの頭を通り過ぎ、ヒナは浮かんでいく。翼をはためかせるでも無くフワフワと上へと漂って行くのだ。


「ふーむ。

 力を入れないよう優しくゆっくりと、ってのは案外難しいな」


 ヒナが浮いて行く、その上空には男の子。ナイト・マーティンが眉を寄せて厳しい顔でヒナの方を睨んでいる。

 ……ナイトくん?!

 なんだか少し辛そうに見える少年の顔。

 思わずアンネトワットは叫んでいた。


「ナイトくん、頑張って!」


 少年は一瞬驚いたような表情でアンネの方を見た。すぐに鳥のヒナの方に視線を向ける。ヒナはフワフワと漂っていて、アンネの方にもフワッと優しい風が吹いた気がする。

 向かうは木の枝に作られた鳥の巣。ヒナは少し別の方向に風で飛ばされそうになったりしながらも巣を目指して飛んで行く。アンネはその光景を息を呑んで見守る。

 なんでヒナが飛んでるの?

 それ以上になんでナイトくんが浮かんでるの?!

 とか考えなくちゃいけない事もある気がするけど、今はパス。

 最初宙に浮かんで、不安そうにぴぃぴぃと鳴き声を強めていたヒナが現在は少し楽しそうに鳴いてる。フワフワ優しく風に吹かれて宙に舞い上がる事を、まだ空を飛ぶ能力の無いヒナが楽しんでいるみたい。

 いいな。アンネもあんな風に飛んでみたいかも。

 

 アンネは集中していて、とても長い時がかかったみたいに感じてしまったけど、実際には時間はそんなに経っていない。

 ついにヒナは鳥の巣へと到着した。

 ぴぃぴぃと鳴く声が途絶えた。おそらくは自分の家に辿り着いて安心したんだとアンネは思う。

 

「やった!!」


 アンネはつい大きな声で叫んでしまった。

 その横に少年が降りて来る。


「思ったより疲れたけど……なんとかなったな」


 少年はその顔に少し笑みを浮かべていて。


「やった、やったね。

 ナイトくん、凄いよ」

「……ん」


 とアンネは少年の手を取って振り回す。

 スゴイ、凄い、すごい、凄い凄いすごーーーーーい!!!

 アンネが笑いながらそう言って、抱き着くとナイトくんも笑顔になった。

 口の端で笑う小さな笑みじゃない。白い歯を見せて笑う、全開の微笑み。

 

 少女は少年の笑顔に見惚れる。少年は普段、あまり笑わない。鋭い目つきは少女にとって厳しく感じられ、少し怖くすらあったのである。

 それが現在白い歯を見せて、目尻を下げた顔は可愛くささえ感じさせた。


 アンネが我に返ると、自分は男の子に抱き着いてその両手を握っている?!


「あっ……ゴメンなさい」

「……ん、謝る事は無い」


 ナイトくんは又難しい顔つきになって帰って行った。


「悪いが……今日見た事は内密にしてくれるか?」

「……えっ……

 分かった!

 二人だけの秘密ね。

 約束する。

 わたし約束は守るよ」


「頼んだ」


 去っていくその後ろ姿をアンネは見つめていた。

 家に帰って、なんだかぼうっとしているアンネを家族は不審に思った。母親は声をかける。


「あらあら、アンネ、王子様にでも逢ったのかい?

 そんな呆けた顔してるよ」

「……違うよ……」


 ……違うよ。違う。

 王子様なんて……そんな在り来たりのモノじゃない。

 アレは…………

 全身に風を纏う少年。

 舞うように空を飛んでいた。

 アレはシルフィード。

 最高神オーディン様に仕える風の精霊王。

 アンネトワットはその日、風の精霊シルフィードに逢ったのだ。

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