第18話 見張り番の杭

「んじゃ、母さんの迎えに行ってくるから」


「行ってらっしゃい。

 ああ、父さん、待って。

 リントヴルムを呼ぶ時は充分村から離れてからにして。

 飛竜ワイバーンを見た、ってこの前は村の中で騒ぎになりかけてた」

「なんでだ。

 アイツ可愛いのにな~。

 偏見だよ」


 とブツブツ言いながらも、アーサーは了解の合図に頷いて出て行った。ナイトも玄関まで見送る。

 父さんは抜けた処はあるけど、約束は破らない人だ。ああ言っておけば大丈夫。

 今日は母親はアディスアメーバと言う都市に行っている。ナイトには良く分からない大人の付き合いと言うモノだ。いいと思う。母親は毎日三食家族の食事を作って、お掃除も洗濯もして、赤ん坊の面倒まで見ているのだ。たまにお出かけしても罰は当たらない。妹の面倒は自分が見る。


 それよりも今日見た柵が気になる。

 見張り番の杭ヘイムダルパイルを打ち込み、その上に作られた柵。邪悪なモンスターは入って来れない。神々の護りの力を持つ。

 その柵を破壊できるとしたら、よほど強力なモンスターか、それとも……

 一角兎ホーンラビット、弱モンスターでありながらその角は何故か見張り番の杭ヘイムダルパイルの影響を受けない。むしろ邪悪な力が弱すぎるためかもしれない。

 その角で持って地面をほじくり返し、見張り番の杭ヘイムダルパイルを抜いてしまうのである。

 今日の柵もその影響…………であるかのように見えた。


 だが。

 何かが引っかかる。誰かが、何かが、気を付けろと言っている。

 ナイトは勘と言う言葉を信じない。研ぎ澄まされた観察力と冷静な判断、それに優る物は無い。だが、あえて言うなら潜在意識、人間の言葉には変換仕切れないナニカがあって、それがナイトに違和感を訴えているのだ。



「チックショウ、ついてねーな」

「あのガキ、調子に乗りやがってよ」


 ブツブツ言っているのは二人の戦士姿の男。ギガントの父親に雇われた男達である。


「足滑らせたのは自業自得だろ」

「それを逆恨みできるところがアレのすげえトコロだろ」


「そっか。ナニ食ってるとあんなコンジョーワルに育つんだろな」

「知らん。知りたくもねーよ」


 言ってるのは彼らの雇い主の話だ。昼間、畑に突っ込んだギガントは機嫌が悪かった。排泄物の臭いをまき散らしながら、男達に当たり散らす。

「あのガキども、今度会ったら痛い目に遭わしてやる。デレージアちゃんだけは別だな。あの娘は気持ちよくしてやる。ジーフはぶん殴って肥溜めに着けてやろう。あの初対面の生意気そうなのはグルグル巻きにしてモンスターの徘徊する荒野に置き去りにしてやんぜ」

「さすが坊ちゃん、性格悪い。その年齢でその性格悪さは凄いですぜ」

「イヤな奴度合いがハンパ無い。イヤな奴世界大会が有ったら優勝出来ますぜ」

「うるせーっ!! オメェラ村の見回りでもして来やがれ!!」

 二人の男としては雇い主の息子の機嫌を取ってるつもりなのだが、ギガントには通用しなかった。


 すでに時刻は夕方。村の畑は赤く染まっている。もうしばらくしたら暗くなってしまうだろう。


「そろそろ帰っても良いんじゃねーか」

「今日修繕した柵が見えるな。

 あそこ確認したら帰ろうぜ」


 男達が柵に近づくと見えて来た。小柄なモンスター。角を生やした体長50センチ程度の獣。

 一角兎ホーンラビットである。


「あっ、あのヤロウ!」

「せっかく直したってのによ。

 また壊そうとしてやがる」


「ヤるか?」

「そうだな」


 パッと見て、一角兎ホーンラビットは1体。村人なら慎重にならねばいけないモンスターだが、彼らは武装した戦士である。恐れるような相手じゃないのだ。


 二人の戦士は少し離れた個所から柵を乗り越える。

 村の周囲を覆う柵。見張り番の杭ヘイムダルパイルを打ち込み、神々の加護の力を持つと言う。人間の住む村とモンスターのうろつく荒野を分かつ境界。

 角を下に向け、地面をほじくり返している兎が見える。

 二人がかりで一気に仕留めてやろう。

 戦士達は剣を槍を構える。

 一角兎ホーンラビットも近づいて来る人間に警戒したのか、地面を掘るのを止めて真っ赤な目がこちらを向く。

 鋭く尖った角が男達の方向に向けられる。それでも男達は恐れはしない。布の服しか着ていない村人にとっては脅威だが、自分達は鉄の胸当てを着けている。よほど当たり所が悪くない限りケガもしない。


「どちらが先に仕留めるか競争するか?」

「メンドくせーよ。

 もう暗くなる、夜になる前に仕留めて帰ろうぜ」


「…………?!……」

「…………?!……」


 男は剣を腰の鞘へとしまう。槍を持っていた男も背中の鞘袋へとしまうのである。男達が目を向けるのは村の方角。その間に立ち塞がる柵。



 デレージア・オーディンヴァレーは自宅に居た。家政婦のアニタが夕食を作ってくれる。デレージアは料理は苦手だけど、配膳くらいは手伝おう。


「うん?

 お皿多いわね」

「ハンプティさんの分だーわよ」


「……ああ、うーん。

 あの男いつまで家にいるのかしら」

「お役人さんなんだわ。

 村長も領主さまから頼まれたと言ってたし、

 用件が済むまではずっと家で面倒見るんだと思うんだーわ」


「ええっ?!

 ワタシ、アイツ苦手~」

「そうなのかだわ~

 アニタは構わないんだーわ。

 あの人ハンサムだーし」


 うーん。顔がまぁまぁ整ってるのは分かるんだけど。なんか態度が気に入らないのだ。言葉こそ丁寧だけど、どうも村を田舎と馬鹿にしてる雰囲気が感じられてしまうのである。

 アイツとは逆だな。アイツは言葉こそぶっきらぼうだけど。その裏には気遣いがある……と思う。

 そんな気が勝手にしちゃうデレージアなのである。


 そんな事していたら、家に男が飛び込んできたのだ


「タイヘンだ! ガロレィ村長!

 柵が壊されて!

 モンスターが村に入ってきている。

 一角兎ホーンラビット邪悪犬エビルドッグまで居るんだ」


「なんじゃと!」

「なんですって!」

「なんと!だ~わ!」


 デレージアが村に出ると、大変な騒ぎになっていた。


 村人達が戦っているのである。

 一角兎ホーンラビットの突撃にぶっ飛ばされる村人。こいつは小柄だけど、脚力があって、突進してくるとそれなりの破壊力。さらに鋭く尖った角を持ってる。角で刺された日には村人の身体に穴が開く。


 デレージアも木剣を持って参戦する。

 倒れた村人に追撃しようとするモンスターの身体を剣でぶっ叩く。


「デレージアちゃん?!」

「ケガは無い?」


 と村人を助け起こす。地面に倒されたけど、その身体から血は流れていない。角はなんとか避けたみたい。


「どうなってるの」

一角兎ホーンラビットが数体村に入り込んだ。

 それは大した事無いんだが、邪悪犬エビルドッグまで入って来ちまったみたいなんだ」


「なんですって?!」


 邪悪犬エビルドッグ

 強モンスターとまでは呼べない、なんて人もいるが村人にとっては充分脅威である。狂暴猪マッドボア黒牛ブラックブルのようなモンスターは人間を越える図体で突進してくるだけで、建物を破壊したりする。そこまでの破壊力は無いが、邪悪犬エビルドッグは素早い。人間の攻撃を避け、その鋭い牙で噛みついて来る。その牙は場合によっては鉄の鎧すら貫くと言うのだ。

 村人だけで相手出来るモンスターでは無い。


「くっ……何故?!」

見張り番の杭ヘイムダルパイルによって発生する神々の結界。

 それを利用した柵でこの村は覆われている。

 一角兎ホーンラビットは弱い。

 だが弱すぎる故にか、邪悪なモンスターを寄せ付けない見張り番の杭ヘイムダルパイルの力をほぼ素通りすると言う。

 故に一角兎ホーンラビット見張り番の杭ヘイムダルパイルを抜いて柵を壊し、もしくは地面を掘り返し地下から村に入ってきてしまうのだ!」


「……あの……

 パンプティさん……イキナリ何を解説しだしてるんですか」


「毎日柵を点検さえしていれば、起きない筈の事態だが!

 その一角兎ホーンラビットに乗じて、邪悪犬エビルドッグまで村に入って来たのか!

 邪悪犬エビルドッグは成人男性並みの体長だ。一角兎ホーンラビットの通れる程度の小さな穴や、ちょっとした柵に壊れた個所が出来た程度ではなかなか通り抜けられはしないが、

 絶対に在り得ない!

 とまでは言えない事態だろう」


 デレージアが振り返ると、そこには都から来た役人が拳を握りしめながら大声を出していたのであった。

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