第10話 通学路を行くナイト
ナイト・マーティンは村の道を歩いている。
アスファルトで固められてはいない、人の足で踏み固められた道。道の脇には畑や果樹園が広がる。
牧歌的で平和な光景。
しかし。
ナイトは服の裏に隠したポケットのナイフから手を離しはしない。危険とは人が油断した時にこそ訪れるモノなのだ。その思考が身に着いている少年なのである。
「やぁ、ナイト」
「…………
なんだ、ジーフクリードか」
「なんか、今間があったよ!
僕がナイトに挨拶してから、ナイトが僕に返すまで!!
不自然な凄く恐い間があった気がするよ!!!」
「ほう、ジーフはカンが良いな。
後ろからイキナリ声をかけられたので、ついナイフで刺そうかと思ってしまったんだ」
「なんで?!
ねぇ、なんで?!
なんで僕、同じ学校に通う友達に声をかけただけで、ナイフで刺されないといけないの?!
ヤメテ。
死んじゃうからホントにヤメテね」
ジーフクリードは彼と同年齢の学友である。通称ジーフ。前髪を切り揃えた気の良さそうな男の子。この村の半数以上は農作業に従事しており、彼もそんな農家の子供である。
すでに二人の行く手に学校が見えてきている。
子供達は学校と呼んでいるが、村の教会の裏部屋。教会の助祭が子供達に基本的な読み書き、計算を教えているのだ。
「助祭様もタイヘンだよね。
年齢も違う村の子供達全員預けられて面倒みるなんてさ。
ウチの母さんなんてすっごく感謝してるよ」
「フン。
教会としては幼い子供に
そんな計算だろう」
「ナイト、クールだねー。
さすが学校一の天才」
「天才……オレはそんな風に呼ばれてるのか?」
「そうだよ、この前のテストも全問正解だったんでしょ。
助祭のヤコブタさんも驚いてたじゃない。
『間違えて高等学校向けの問題も混ぜてしまったのに、正解だって?!』
ってメッチャ叫んでたよ」
「そうか。
……適度に間違えるべきだっただろうか」
「なんで?!
なんでわざと間違えないといけないの!
テストの意味無いじゃん!!
え、え、ナイトくんテストに価値見出して無いの。
学校のテストなんかで俺達の何が分かるんだよ、的な反抗期なの?!」
「いや、あまり目立ちたくはない、と思っているだけだ」
ジーフクリードはそんな事を言いだす学友を見つめる。
自分と同じ8歳の筈なのに頭一つ背が高い。日焼けした浅黒い肌と手足の長い細身の少年。だけどやせっぽっちとは誰も思わないだろう。
動作が常に俊敏なのだ。服の下に鍛えられたしなやかな筋肉が隠されている。
短く刈られた髪の毛の下には形良い眉毛と鋭い目。
美少年なのだけど、どこかお坊ちゃんじみていない。野生の獣を感じさせる。オオカミやヒョウの様な暗がりから獲物を狙う肉食の獣。
ナイト以外の子供たちはこんな気配を漂わせてはいない。開拓の村、住人は農業を営む者が多く、争いに慣れていない。子供の頃から農作業の手伝いをして体格が良かったり、力の有る者もいるが、隣を歩く美少年はそんな連中とはケタが違う。そう感じさせるナニカがナイト・マーティンにはあるのだ。
「無理じゃないかな。
ナイトくん、カッコいいし、目立つもの」
「そうか、俺カッコいいのか。
なら……ジーフの真似をしてみるとカッコ良く無くなるだろうか」
「それどういう意味?!
僕、ナイトくんの中でもしかしてカッコ悪いの代表なの?
そんな風に思ってたの!
ショックだよ、僕ショックだよ!!」
「いや、カッコ悪いとは思ってない。
ジーフはフツーだ」
「フツー?!
その場合のその言い方のフツー、って!!
良い処も悪い処も無い、なんにも無い、なんとも思われてない、フツー?!?!
ショックだよ!
それ充分ショックだよ!!
むしろカッコ悪いと思われてるよりショックかもしれないからね!!!!」
教会の裏部屋に入って行くナイトとジーフである。
「来たわね、ナイト。
アンタ、この前のテストでワタシより成績良かったからって調子に乗るんじゃないわよ。
アレは助祭様が問題を間違えたせいよ。
次回はワタシが勝つんだからね」
「そうか。
デレージアは頭がいいからな。
次は結果が出せるだろう」
ナイトが入って来るなり挑戦的な声を上げる少女。村長の孫娘のデレージアである。年齢はナイトやジーフより二つ上。金髪を後ろで纏め、整った顔立ちを表に晒している、人目を引く容姿の少女。
少女を軽く躱してナイト・マーティンは自分の席に着く。
「デレージアさん、今日もキミに絡んできたねー。
よっ、人気者!」
「皮肉を言うな。
彼女の祖父はこの村の村長だし、彼女自身も子供達の代表格だ。
俺としては上手くやっていきたいのだが……
人間関係とはナカナカ難しいな」
「いや、どーみても彼女ナイトに惚れてるからね。
アカラサマに気があるからね!
それに気が付いてないの、ナイトくん本人位だからねっ!!」
椅子に座ったナイトに小さな声で話しかける人物がいる。ナイトやジーフと同年齢の少女、アンネトワットである。
真っすぐな髪を伸ばし、眉を前髪で隠した大人しそうな容姿の少女。
「あの……ナイトくん。
今日、わたしとナイトくんが当番なの。
だからよろしくね」
「ああ、昼当番だな。
分かった、アンネ」
食べ物自体は村人達が子供のため、差し入れてくれている。当番はそれを公平に子供達に配るための役割だ。
ナイトが目を向けるとアンネは顔を伏せて行ってしまった。
「朝から昼の事に関して釘を刺しに来るとは。
よっぽど俺は信用が無いらしいな」
「いや、違うよ。
多分アンネトワット、ナイトくんと話したかっただけだからね」
「そんな事は無い。
俺の顔は女子から見ると怖いらしいからな。
今も怖がって目を伏せて逃げて行ってしまった」
「だから違うって。
照れてたんだよ。
アンネ、頬を真っ赤にしてたからね。
気付いて無いのナイトくんだけだからねっ!!」
クールに窓から外を眺め自虐的につぶやくナイト・マーティンなのである。
「ジーフは女の事を知らないな。
彼女達は暴力的な現場を嫌う。
俺は暴力的な雰囲気を纏っているからな。
恐れられるのも自業自得と言うモノだ」
「……今ナイトくん、僕のコト女性を知らないって言った?
一番女心分かって無いのキミだからね!
モチロン僕たちまだ子供だし、女心なんて分かんないけどさ。
間違いなく僕よりナイトくんの方が分かって無いからね!
学校でブッチギリで女の子のコト分かって無いからね!!
ナイトくん、暴力的と言うか、危険な雰囲気があって人を惹きつけてるからね。
僕だってそこに惹かれてるし、女の子達もみんなナイトくん憧れの目で見てるからね!!」
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