異世界転生ファミリー

くろねこ教授

第1話 とある一家前編

 辺境の村にとある家族がいる。

 王都から離れ、蛮族の地にほど近い開発中の土地。まだ住む者も多くない、発展途上の村。

 その村はずれで一家は生活していた。



「お邪魔してよろしいですかな」

「あらっ、村長のガロレィさん。

 どうしたんですの」


 村長は胸を高鳴らせていた。

 既に60を越えるジジイになったと言うのに。未だに美しい女性と逢う時は胸が高鳴る。

 ここの奥さんは村一番の美人だと言っても、10人の男性村人のウチ10人が賛成してくれるだろう女性。その家を訪れるのだ。ジジィが少しばかり胸をときめかしてもいいだろう。


「アリスさん、実は王都から新たに役人が来ておりまして、その紹介に来たんですよ。

 さぁ、ハンプティさん」

「御婦人、このオーディン・ヴァレーの調査に伺ったハンプティ・ダンディと言う者です。

 なんとこれはお美しい。

 ガロレィ村長から、ここの御婦人は村一番の美人と聞いてはいたんですが、まさかここまでの美人とは」


  ハンプティの前に居たのは、柔らかなブラウンの長髪、美しい白い肌の女性。

 聞いていた話ではそれなりの年齢の筈だが、とてもそうは見えない。20歳です、と言われても信じてしまいそうだ。

 さらに男の目を引き付けるのは、簡素な服装の前面を押し上げるバスト。たわわな膨らみが服の上からもくっきり見えている。注意して顔がニヤケてしまうのを包み隠すハンプティダンディである。



「まー、お世辞が過ぎますわ」


 なんて言いつつ、アリスはその場で右足を上げてバレリーナのように回転してしまう。

 奥さんになっても、母親になっても、男性に美人と褒められるのは良いモノよね。


「あら、いけない。

 どうぞおあがりになって。

 アーサーは出かけているんですが、すぐ戻ると思います。

 お茶でも飲んでいてください」



 アリス・マーティンはごく平凡な主婦である。

 

 しかし彼女には秘密があった。

 彼女は日本と言う島国で産まれ育ったOLで、恐ろしく大変な人生を歩み、結果その命を失いここに生まれ変わったのだ。その後、農業の革命を起こしたり、料理界に衝撃を与え都のレストラン全てを作り変えたりしたのだが、それは別の話で語られる事もあるかもしれない。

 とにかく!

 現在はタダの辺境の主婦なのである。



「あー、相変わらずアリスさんの煎れるお茶は美味いですなぁ」

「…………!……

 こっ、これは?!」


 ガロレィ村長はズズズっとお茶を飲み干す。

 ここの奥さんはお茶の葉も自家栽培してたっけな。これなら売り物にしても良いくらいの美味しさじゃないか。


「バ、バカな。

 香りがよすぎる。

 鼻腔を抜けて行くこの馥郁たる香り、複数の茶葉をブレンドしているのか!

 しかも飲んだ後の舌に残る苦みが全く無い。

 有るのは爽やかさのみ。

 茶葉だけでは在り得ないっ!

 柑橘系のフルーツ!

 その果汁を使用しているっ?!」


 ハンプティ・ダンディは冗談では無く目をまん丸にしていた。


「……こんなレベルのお茶、王都のレストランを幾つ探し回った所で飲めるものか。

 もし在り得るとしたならば。

 王家御用達のブランド物!」

 


「ハンプティさん、独り言の多い方ですわね」

「うむ、若いのに優秀と聞く役人じゃ。

 優秀と呼ばれるヤツは変わったヤツが多いからのう」


 

「奥さんっ!

 いや、奥様っ!

 茶葉は自家製と仰いましたか?」

「……は、はい。

 そうですけど……」


 ハンプティはアリスに詰め寄っていた。


「その茶葉、お譲りいただけませんかっ?」


 これは場合によっては売れる。上手く売り込みさえすれば一財産手にするのも夢ではない。ハンプティはすっかり我を忘れていた。


 その瞬間。

 ハンプティの喉元に何かが当てられていた。

 薄くて固いナニカ。

 彼の背後に恐ろしい何者かが居た。凄まじいまでの殺気。心臓が縮み上がる感触。呼吸が出来ない。人間の意識で動きを止める事の出来ない心臓だが、動きを止めようとしているのかもしれない。

 ハンプティが恐る恐る自分の首を覗いてみると、そこには煌めく刃物、ナイフが自分の首元に突きつけられていた。



「やあ、ナイトくんじゃないか。

 元気そうだね」


 ガロレィ村長が空気を全く読まない、素っ頓狂な声を上げる。


「まぁナイト、手は洗ったの?」

「……まだ」


「ダメじゃないの!

 家に帰ってきたら、まず手を洗いなさい、っていつも言ってるでしょう」

「……母さん、この人誰?」


 ハンプティの首筋から刃物は消えていた。

 見ると背後に居たのは少年である。

 この少年が?! 

 自分に刃物を突き付けたのか。まだ10歳になるかどうかと言う年齢の子供だぞ。

 しかし……先程の殺気は本物だった。

 ハンプティ・ダンディは本気で自分の死を意識したのだ。

 

「この人は王都から来た役人さんなんだって」

「役人……」



「ナイトくん、学校は終わったのかね」

「ああ、ちょうど今帰って来たところだ」


「ハンプティさん、彼は優秀な子供でね。

 まだ8歳だと言うのに、すでに子供達のリーダーなんだそうだよ」


 ガロレィ村長が言う。

 8歳にしては少年は大人びている。すんなり伸びた手足は鍛えている様だ。薄い筋が見える。バリバリに筋肉の鎧を付けている訳ではない。猫科の獣のように細いがしなやかに動く筋肉。


 少年がハンプティに近付き囁く。


「オマエ、母さんにセマろうとしていたな。

 今後、不用意に距離を詰めようとしてみろ。

 僕がオマエを殺す」

 


 ナイト・マーティンはごく普通の少年である。

 辺境の村の平凡な夫婦の間に産まれた男の子。

 

 であると同時に彼は誰にも語れない過去があった。

 彼は紛争地帯で産まれ恵まれない環境で育った。少年兵として戦いのみを教わって生きて来た。無邪気な子供の振りをして、敵兵に近付きその首をかき切る。彼が初めて他人を殺めたのは3歳の時であった。そこからイロイロあって不遇な人生を終えて、この辺境に生まれ変わったのだ。彼はこの村で両親の愛を初めて知ったのだった。

 ゆえに!

 彼は転生者と言う事は秘密にしてるのである。

 現在はタダの子供に過ぎないのだ。

 そうなのだ。

 どう見ても普通の8歳じゃ無かろうがなんだろうが。

 普通の少年と言ったら普通の少年なのである。



「まぁ、ナイトったら……オマセさんなんだから。

 セマるなんて。

 確かにハンプティさん、割とハンサムだし、都会の人っぽく着てる服もオシャレだけど。

 でも、そんな事で母さんが父さん以外の男の人にヨロメク筈無いのよ」


 アリス・マーティンはなんだか身体をクネらせている。

 ハンプティは呆れている。

 いや、あの少年が言ったのは……そんな昼下がりの人妻と内緒で訪れた男がどうこうするみたいな平和な内容の話では無かった様に思うのだが。



「お母さん、村長さんたちとまだ話があるから。

 ナイトはソフィアをみてあげて」

「分かった」


「おお、ソフィアちゃん。

 もう何歳になったんですかな?」

「まだ1歳になったばかりですわ、村長さん」


 ハンプティが見るとナイト少年はベッドの方に行き、赤子を抱きかかえている。

 ピンク色の可愛らしい毛布に包まれた赤ん坊。女の子なのだろう。

 信じられないような殺気を見せたナイト少年も顔をほころばせて乳児を抱いている。


「ソフィアってばナイトが大好きなんですの。

 フツー赤ちゃんって、何よりまずお母さんが好きでしょ。

 なのにあの子、私が抱き上げるよりナイトに抱かれる方が嬉しそうなの。

 ママとして自信無くしちゃいます」


「はっはっは。

 それは気のせいでしょう」

「ええ、たまたまそんな風に思えるだけです。

 赤子には他人の区別なんてまだそんなについていないモノですよ」


 とりあえずハンプティはそう言ったが、確かに乳児は少年に抱かれてやたら嬉しそうだ。

 その目がナイト少年の顔に吸い付いて、食い入るように見ている。

 そんな風に見えてしまうのだ。



 ソフィア・マーティンはごく普通の赤ん坊である。

 

 そして彼女には家族にも話せないヒメゴトがあった。

 日本のごく普通でノーマルな女子大学生のように見せかけていたが、彼女は生粋のオタク、マニア、腐女子であった。高校一年生にしてコ〇ケに自作の二次創作美少年本を持ってブース参加してしまったくらいにその道を突き進んでいた彼女。しかしそのイベント会場の熱気に当てられてヒトッコトも話せなかったのだ。お客さんに声をかけられても必死で下を向くだけで何も言えなかった。黒歴史である。思い出すだけで精神がガリガリ削られる真夏の悪夢。

 だが!

 産まれ変わって彼女は天国にいた。

 夢に見たような美少年が彼女を抱き上げるのだ。

 他の人間達には鋭く暗いマナザシを投げる少年が彼女にだけ、優しい愛の籠った視線を投げるのである。

 こここそが夢に見た『ぱらいそ』か!

 しかも。

 今日は美青年まで家にやって来た。

 出来るサラリーマン風の美青年に美少年の兄が背中から手を回していた。

 アレは!

 もしや噂に聞く、バックハグ!

 しかも攻めてるのは年下男子!!

 魔性の美少年に迫られた美青年はその瞬間こそ怯えていたが。現在は取り憑かれたように少年を視線で追っている。

 ムヒョ〜。

 たまらん。

 その口から変な笑いがこぼれてしまうのである。


 そんな訳で彼女が転生者とゆーのは誰にも言えない。相手が家族であっても、いや家族だからこそ何を考えてるか知られたら生きていけないのである。


                           後編に続く

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