第23話 ひまわり
「勉強」という新たな仕事を命じられてから三日目。
昼も夜も本を読んでいるレーダはもう三冊読み終わった。読んでいる途中も、読み終わった後も、彼女は何かを帳面に書きつけている。
この調子だとすぐにページが足りなくなりそうだ。夕食の後、レーダは二冊目の帳面と、もっと難しい内容の本をゾルマに要求した。
ゾルマは怪訝な顔をした。
「えらく早いじゃないか。本当にちゃんと勉強してるのかい? 見せてみな」
レーダが承諾するより先に帳面をひったくる。その中身を読むにつれて、ただでさえ深淵のようなゾルマの眉間のしわがより深くなった。
「何だい、これは」
「読んでお分かりにならなくって? 本の要点と、読み終わった感想をまとめたものですわ」
レーダがこともなげに言う。
「フン、命じられもしないで読書感想文を書くガキがいるとは、おかしなもんだね」
「読書感想文って何?」
すかさずアレックスが尋ねたが、いつものごとく無視された。
「あんたはどうなんだい、アレックス」
もちろん無断でアレックスの帳面も読まれる。
アレックスは恥ずかしくてうつむいた。『花の図鑑』で特に気になった花について、絵を交えて書いたものだ。
字はよれよれで、誤字脱字だらけである。当然レーダのような文章力もない。そのくせ、ページはレーダと同じくらい消費している。
「フン、こりゃひどいね。絵以外は見られたもんじゃない」
ぽいと帳面を投げ返されて、アレックスはさらに小さくなった。
そこにジークが横槍を入れる。
「つまり、アレックスは絵がとても上手だという意味だ! ハッハッハ!」
「余計なことを言うんじゃないよ、この能天気根っこめ」
ゾルマが手を振り上げると、ジークはキャーとふざけて甲高い叫び声を上げた。姉弟は慌てて耳を塞いだ。マンドラゴラに叫ばれると心臓が止まりかねない。
「でも、確かに……」
レーダがアレックスの帳面を開く。まるで「百花」の季節を紙上に写し取ったかのように、どのページにも力強いタッチで花が描かれている。
特にレーダの目を引いたのは太陽の花――つまり、ヒマワリの絵だ。
アレックスが描いたのは、単なる本の模写ではなかった。立ち並ぶヒマワリと、住み慣れたお屋敷。庭で走り回るレーダとアレックス。それを見守る父ハインリヒと母クララ。
「ヒマワリ、うちの庭に咲いてたなって思って、つい……」
これは「勉強」とは関係のない絵で、つまりはページの無駄遣いだ。言い訳じみた口調になるアレックス。レーダもいつになくしんみりしている様子で、黙って懐かしい花の姿を思い浮かべているようだった。
ふたりの間に、ぬっとジークが生えてきた。
「ヒマワリなら、うちの庭に生えているぞ?」
「え?」
姉弟が同時にジークを見つめた。
「さっきヨモギの天ぷらを食べただろう? あれはヒマワリ油といって、ヒマワリの種を絞って採れた油で揚げたものだ。種そのものも食べられるから、この国の貴族は『灰枯』の備えとしてヒマワリをよく庭に植えるんだ」
「本当? 全然、気づかなかったけど……」
「明日の朝、この家を出て左手を見てみるといい。なあ、ゾルマ?」
ジークが頭上の花をぴこぴこと動かした。ゾルマはフン、と鼻を鳴らす。
「明日エーミールが来るはずだ。新しい本や帳面はあいつに頼みな」
「ありがとう、ゾルマ!」
魔女はいつの間にか、姉弟にとって少しも恐ろしい存在ではなくなっていた。
***
青空へ伸び、日輪へ向かって咲く黄金の花々。
翌朝、果たしてそこにヒマワリの一群はあった。昨日までは亡霊のような枯草がしおれて乱立しているだけの場所だったはずだ。
「ゾルマが咲かせてくれたんだわ」
「ゾルマって意外といい人だよね」
姉弟は自分たちよりも背の高い花を見上げて微笑む。
「……ねえ、ゾルマはいったい、どこから来たのかしら?」
ふとレーダが疑問を口にする。
「えーと、宰相閣下のご先祖様なんだよね? 弟のルドルフさんを殺しちゃったって言ってたから、その後ここへ逃げてきたのかなって……僕は勝手にそう思ってたけど……」
「わたくしもそんな気がするわ。でもなんだか……それだけじゃなくて……」
賢いレーダでもぴったり来る言葉が見つけられない。頬に手を当てて考えていると、遠くからゴトゴトと車輪の音が聞こえてきた。
「エーミールだ!」
「新しい本と帳面!」
「あとおいしい食べ物も!」
姉弟は藁売りの馬車に向かって走り出す。――そこに、思わぬ積み荷が載っているとも知らずに。
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