第25話 キラキラ
姉弟がその訪れを待ちかねていたエーミールは、しかし険しい顔をしていた。
ゾルマがジークとともに家から出てきた。常灰の森の面々に声をかけるより先に、ジークは馬上から背後の荷台へ呼びかけた。
「着きましたぜ、坊っちゃん」
アレックスははじめ、自分のことを言われているのかと思った。しかし荷台の上で藁束がごそごそと動き、中から人間が出てくるのを見て思わず恐怖の声を上げた。
群青に金銀刺繍の服。きらきら光る美しい金髪と、紫の瞳。
宰相ヴァルター・フォン・グローバーだ。
「……宰相閣下がなぜここに?」
レーダは背後にアレックスをかばいながら、ヴァルターを睨みつけた。
彼は服や髪にまとわりついた藁をも払わず、荷台から飛び降りた。その表情に、以前姉弟と対峙したときの余裕はない。
「大丈夫。君たちに危害を加える気はないから」
一言だけ姉弟へ声をかけた後、宰相はゾルマに向き合った。
「ゾルマ、あなたにお話があります」
「話があるならここでしな」
「しかし、子どもたちの前では……」
ゾルマは黙ったまま応じない。ヴァルターはしばしためらった後、深い息を吐いて仕方なく切り出した。
「ハインツ……ハインリヒ・フォン・シプナー卿が、拉致された」
えっ、と声を上げたのはアレックスだ。
ハインリヒは中庭に出ているとき、庭師に変装して城内に侵入していた男に拉致されたようだ。その場で倒れていた騎士団員が、「急にひどく眠くなって、身体に力が入らなくなった」と証言している。おそらく犯人は魔力を持った人間だろう。
ヴァルターは犯人が残していった脅迫状をゾルマに渡した。ゾルマがそれを読み上げる。
彼は預かった。
我々の目的は、宰相ヴァルター・フォン・グローバーの卑劣な暴力によって奪われた王権を、あるべき流れへと取り戻すことである。
宰相自らアレックス・フォン・シプナーを連れて、ガイエルン山上の我々の本拠地へ来い。
期限は三日である。
過ぎれば、彼を亡きフランメル王と同じ方法によって殺害する。
灰枯の狼より
「『灰枯の狼』は、国王派の中でも特に過激な思想を持った集団だ。戦闘に向いた魔力持ちを多数擁していて、僕の騎士団も苦戦している。……ゾルマ、ハインリヒ救出のため、あなたの力を貸してほしい」
「待って」
青ざめた顔でアレックスが声を上げた。
「どうして僕の名前が出てくるの? あなたも僕を殺そうとしてたよね? 王様と僕に、何の関係があるの?」
宰相を見つめる青い瞳が震えている。ヴァルターは答えられない。
「おまえの口から教えてやりな」
ゾルマに促されて、ようやくヴァルターは腰を落とし、アレックスに視線を合わせた。
「……アレックス、君は僕が殺したフランメル王の血を引いている。王家の危機を予知した王妃殿下の願いで、生まれてすぐハインツに託されたんだ」
そんな、とか細い声を漏らすアレックスの手を、レーダが強く握った。
「その『王家の危機』って、あなただったってことでしょう。あなたが国王陛下を裏切って、王子たちまで処刑したのだから」
「そうだよ、レーダ」
間髪入れずにレーダが宰相の頬を打った。一度ならず、二度、三度、何度も。
「何もかもあなたのせいじゃない! あなたが国王陛下を裏切らなければ、私たちはいまもエンペリアで家族みんなで平和に暮らしていたのに、お父様とお母様をお城に閉じ込めておいて、アレックスを殺そうとして、そのうえお父様がさらわれた、ですって? ばかじゃないの、よくもそんな間抜けなことが言えたわね!」
「その辺にしといてやれ」
エーミールが止めに入るまで、宰相は抵抗しなかった。頬が赤く腫れ、口の端から血が流れている。
「そんな脅迫状、無視すりゃいいじゃないか」
ゾルマが冷たく言い放った。
「ほっといたってどうせ『灰枯の狼』もそのうちあんたに屈するよ。これからあんたがこの国を治めるのに何の支障もない。あんたの友達がもうひとり死ぬだけさね」
「わたくしたちのお父様なのよ!」
レーダがすかさず反論すると、ヴァルターも後に続いた。
「僕の友人でもあるんだ。……ハインツはもう、そう思ってくれてはいないだろうけど」
「フン、フランメル王だってあんたの友達だっただろ。でも殺した。もう一度同じことをするだけだ」
「絶対にいやだ!」
ヴァルターが声を荒げた。元から年齢より幼い顔が、より少年の頃に近づく。
「自分が何をしたのかはよく分かっているつもりだ。だからこそ、僕はこれ以上友を失いたくない。これは政治の話じゃなくて、僕の個人的な願いです。……ゾルマ、どうか、どうかお願いします」
いまや国の最高権力者となった男が、ゾルマの前にひざまずき懇願している。彼のことは憎いが、姉弟の願いも同じだ。父を無事助け出してほしい。
「フン……」
すべてはゾルマにかかっている。皆が固唾を呑んで、ただ祈るだけの無力な沈黙を耐えた。
「よく言ったじゃないか、オットーの曾孫。あんたの政治に興味はないが、私のしもべを奪おうというなら
ゾルマは姉弟に対して「お前たちはここに残れ」などとは言わない。彼女の絶対の自信の表れだった。それに、主人が直々に出張るのだから、しもべがついていくのは当然である。
「ありがとう、ゾルマ」レーダとヴァルターが口々に言う。
「フン、礼は全部片付いてからにするんだね」
ゾルマが黒いローブを翻して、一旦家の中に戻っていった。
「アレックス。――わたくしの弟」
呆然と立ち尽くしているアレックスに、レーダが呼びかけた。
「あなたはわたくしが守るわ。絶対に傍から離れないで」
姉に抱きしめられたとき、アレックスは身体の奥から温かくなった気がした。血の気の引いた身体に、再び力が巡る。
「……ありがとう。僕も、姉さんを守るよ」
アレックスもレーダを抱きしめ返して、力強く答えた。
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