第13話 切手
常灰の森にやってきてから――つまり姉弟がゾルマのしもべになってから、もう十日以上が過ぎた。
当初は戸惑っていたアレックスも、だんだんこの生活を楽しめるようになっていた。
初めは嫌だなと思っていた水汲みや野草採集も、もう慣れた。井戸での水汲みはフリーゼ王国の庶民として生まれた子どもには定番のお手伝いだし、ゾルマのおかげで野草の名前を知ることができるのもなかなか楽しい。
それに、最近は食事が少し豪華だ。エーミールが仕入れてきた食材を、ジークが上手に料理してくれる。味つけは醤油や味噌といった、これまで食べ慣れていなかった外国の調味料を使うことが多いが、なかなか悪くない。
もちろん、両親のことを忘れたわけではない。毎日眠りに就く前には必ず、アレックスは「今日もお父様とお母様が無事でいますように」と祈る。それくらいしかできることがない。
理由は分からないが、姉弟は宰相によって指名手配されているらしい。レーダが言った通り、いま両親に会おうとするのは危険だ。会いたい気持ちが募ってどうしても眠れない夜は、ジークが寄り添ってくれる。
(僕、ずっとここで暮らしてもいいな)
楽しみと慣れと、諦めが入り交じった気持ちで、アレックスは常灰の森の生活を受け入れようとしていた。
(姉さんも同じかな?)
レーダはアレックスよりも早くこの生活に慣れているように見える。ジークのことを真っ先にかわいいと言い出したのもレーダだ。
何より、この森に来てからレーダのアレックスに対する態度が柔らかくなっているような気がする。「ばか」と叱られることも減った。
(姉さんも、同じだといいな)
アレックスはもう、以前ほど姉に対して苦手だと思わなくなっていた。
***
「ねえジーク、エーミールはいついらっしゃるのかしら?」
夕食時にレーダが尋ねた。ちなみにこの日の夕食は、白ご飯と味噌汁とゆでたハゼラン、そして魚の干物を焼いたものである。
「明日か明後日には来ると思うよ。君たちが食べる分をたっぷり仕入れてくるって息巻いていたからね」
「僕たちのために、余計なお金がかかってないかなあ」
魚の干物はよく脂がのっている。醤油をかけて白ご飯と一緒に食べると、口の中で脂と白ご飯の甘さが混ざり合って一段とおいしくなる。こんなにおいしいものは、高価なのではないだろうか。
「なあに、気にすることはない。お腹いっぱい食べるのも、しもべの仕事のうちさ」
ジークはそう言ってくれるが、アレックスは少し気がかりだった。
(水汲みや野草採りのほかにも、何か手伝えることはないかな?)
アレックスが口にする前に、レーダが口を開いた。
「エーミールは、もしかしてパルメア港で商売をしていらっしゃるのでは?」
「よく気づいたね。レーダは賢いな」
賢い、というほどのことでもない。王都エンペリアの南東側は海であり、貿易船や旅客船が行き来する港がある。それがパルメア港である。エーミールが外国の食材を仕入れてくるなら、パルメア港だということは容易に想像がつく。
「レーダは港に興味があるのかい?」
「いえ、昔近くまで行ったことがあるだけよ。ねえアレックス」
「うん」
昔ハインリヒに連れられて、家族みんなでパルメア港のそばまで行ったことがある。その近くにあった母クララの生家を訪ねたのだ。エンペリアの中心街にはない潮の匂いを感じたことをアレックスはよく覚えている。
「パルメア港に出入りするには、許可証が必要なのよね?」
「通り切手というやつだね。商人のエーミールなら持っているだろう」
この国では密入出国や密輸を取り締まるために、許可がなければパルメア港の関門を通過できない決まりになっている。港で商売をする商人は、王城に出向いて許可証の発行を申請するのだ。
「なるほどね」
レーダのつぶやきが、アレックスには妙に意味深に聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます