第12話 すいか

 エーミールが仕入れてきた食材の中に、レーダとアレックスにとって見慣れないものがある。

 緑と黒の縦縞の、大きな球体。かぼちゃに似ているが、もっと丸い。

「これはね、『スイカ』という食べ物だよ。この国ではあまり栽培されていないんだ。舶来物だね」

 ジークが自分の身の丈ほどもあるスイカを持ち上げ、まな板に載せた。大きなナイフですぱっと半分に割る。

 みずみずしい真っ赤な果肉に姉弟は驚いた。まばらに散る黒い種との対比が目にも鮮やかだ。

「これは果物ですの? それとも野菜?」

「ハッハッハ、スイカはスイカだよ。果物か野菜かなんて、大した違いじゃないと思わないか?」

 要するに知らないのね、とレーダは思ったが、かわいいジークのために言わないであげた。

「スイカは外で食べたほうが楽しいぞ。庭で待っていたまえ」

 理由が分からないまま、姉弟は庭へ出て枯芝の上に腰かけた。

 間もなく、ジークがスイカを食べやすい大きさに切り分けて持ってきてくれた。甘くてみずみずしくて、しゃくっと音を立てる歯ごたえが心地いい。

「種は吐きながら食べるといい。唇を尖らせて、ぷぷぷ、とやるんだ」

 そう言うジークには顔がないので唇がない。レーダは下品ではないかと戸惑っているが、アレックスは言われた通りにやってみた。

 ぷっ。ぷっ。ぷぷぷ。

 黒い種が弾丸のように飛び出す。「上手だぞ」とジークが手(側根)を叩いて褒めてくれる。楽しくなって、アレックスはもう一切れ手に取った。

 弟に負けてなるものか。レーダも意を決して、種をぷっと吐き出してみた。唇の上で弾ける感覚が小気味いい。

「アレックス。どっちが種を遠くまで飛ばせるか、勝負よ」

「ま、負けないもん!」

 姉弟の種飛ばし対決が始まった。審判はジークが務める。

 ぷっ。ぷっ。ぷーっ! ぷーっ!

 第一回戦は思いきりのいいアレックスが勝った。第二回戦は恥じらいを捨ててコツを掴んできたレーダが勝った。第三回戦は両者とも種が口元にへばりつくというミスを犯したので引き分けだ。

 幼稚な遊びだが、意外に盛り上がった。常灰の森に来てから、ジークを愛でるほかには娯楽のない生活を送っていたせいだろうか。

「こらガキども、ぎゃあぎゃあうるさいよ」

 ゾルマがうんざりした顔で家の中から出てきた。

「ゾルマは食べないの? おいしいよ」

「フン。私はスイカが嫌いなんだよ。エーミールのやつめ、いつもそう言ってるのに」

 ゾルマは素っ気なく答えた。

 大きなスイカだ。姉弟だけでは半玉も食べられない。

「なあに、食べ残しても大丈夫だ。残りは煮詰めてスイカ糖にすればいい」

 料理番のジークは、自分では食べないのに実に頼もしい。

「スイカ糖って?」

「保存食さ。ジャムや蜂蜜みたいに、パンに塗って食べるんだ」

「それもおいしそうですわね! さすがですわ、ジーク!」

 レーダが瞳を輝かせる。それにはアレックスも同意するが、それでもやはり生の果実の新鮮さは特別だ。

「ゾルマ、少しだけでも食べてみない?」

 思い切って、いちばん小さなひと切れを差し出してみる。せっかくエーミールが仕入れてくれたスイカだ。一口も食べないのはもったいない。

「……フン」

 ゾルマはアレックスの手から乱暴にスイカをひったくると、がぶりと噛みついた。一口どころか赤い部分を綺麗に食べきり、種を連続で吐き出して残った皮をぽいと放り投げる。ジークがそれをキャッチした。

「食べ終わったら水汲みとハゼラン採りだよ。いいね」

 嫌いな割には見事な食べっぷりを見せたゾルマは、背を向けて家の中へ戻っていった。

「今すぐじゃなくていいんだ……?」

 魔女の命令にしては、ずいぶん甘かった。




***




 黄金色の砂浜に、透き通った波が寄せては返す。

 砂の上に鎮座する丸いスイカと、白い手ぬぐいで目隠しをして長い木の棒を握った少年。


 こっちこっち、もっとこっちだって!

 もうちょっと奥、いや、それは行き過ぎ!


 闇雲にスイカを狙っては空振りする少年。その両親と、少女が笑いながら盛んに声をかける。


 そこだ! いけーっ!


 少年が棒を振り下ろしたとき、目が覚めた。

 どうやら居眠りをしていたらしい。

 ――だから嫌いなんだよ、スイカは。

「さあ、夕食ができたぞ! 今日はハゼランと塩漬け鶏の醤油炒めだ」

 赤い扉の向こうでジークが言い、次いで子どもたちの歓声が上がった。

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