第10話 不便なこと
ウィリアムに扉を開けさせて試してみたが、私はこの家の外に出ることは出来ないようだ。
透明なゼリー状のものに阻まれ、前に進めない。窓や煙突も試したが失敗に終わった。この子がここを出るとき、ついていって見守ってやりたかったが、叶わぬようだ。
我ら師弟の別れのときは近い。
「お師匠様ぁ、なんか静かになりましたけどいらっしゃいます? 消えてないですよね?」
『ああ、ここにおる。が、ただ声で話すのとは違うのでな……やはり消耗するのだ。霊体というのは不便なものでな、生きていたときのように回復しないらしい』
「そーなんですか! メシが食えないからですかね? そういえば俺、昼はうっかりふたりぶん作っちゃって……」
『そうか。それはすまなかったな。私は食べられないから、夕食にでも食べなさい』
「はいっ。だからお師匠様の上に置いて冷やしてます! 俺って頭いいですよね?」
そうか。あれは私への供え物ではなかったのか。私は保冷庫の代わりにされたわけか。
生きていたら拳骨をくれてやったところだが、私の肉体は今、椅子の上で膝にサンドイッチをのせて、カッと目を見開いたまま凍っている。
加齢ではなく生まれつき真っ白だった睫毛に、氷の結晶が煌めいて、なかなかに美しいではないか。
少しずつ体を若返らせて生きてきたが、じじいの姿で死ななくて本当に良かった。
こうして自分の姿をくまなく直視したとき、頭が禿げ上がっていたり皮膚に深いしわが刻まれていたりするのは、なかなか辛いものがあるからな。
《つづく》
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