第14話 思い出の魔法

 気付けば私は、木の椅子の上で弟子の後ろ姿を見下ろしていた。


「ポップコーンとキャンディの魔法か」


 つい先刻まで凍っていた声帯は、まだわずかに凍えていた。それでも、冷えた唇から発せられる声は、確かに私のものだった。


「これは交換の魔法だ、バカ者……」


 魔法というのは、それほど万能なものではない。よほど(それこそ大魔法使いたる私のように)魔力が強くない限りは、火を起こしたり空気を温めたりするのがせいぜいだ。


 それにも関わらず、高名な魔法使いに弟子入りさせればハクがつくからと、無理矢理ここに連れて来られた平凡なウィリアム。


 あまり気乗りしない様子の彼に、私が初めて見せたのが交換の魔法だった。


 乾燥させたコーンと露天の綿菓子を用意して、魔方陣を描く。そして、まるで古のドラゴンでも召喚するかのように、きっと子供なら誰でもワクワクする言葉を使って、仰々しく芝居じみた呪文を唱える。


 すると、コーンが弾けてポップコーンに変わり、綿菓子が元のキャンディに戻る。


 ふたつの状態を交換するというわけだ。


 無からなにかを生み出す魔法と違って、魔力の弱い魔法使いでも使える。


 コツは、細事を気にしないこと。コーンが弾ける温度だの、綿菓子を巻き取る時間だの、そういうことを考えてはならない。


 いい加減で全てが目分量、加えて夢見がちな子供のようなウィリアムが、最も得意とする魔法だと言えた。


 なんの役にも立たない、ただ子供を喜ばせるためだけの魔法だ。


 だから、せがまれても教えなかった。余計なことでこの子の乏しい記憶領域を圧迫するより、火起こしや、夜道を照らす魔法を教えたほうがいいと考えた。


 しかし、ウィリアムは見つけたのだ。あの膨大な資料の中から、こんなどうでもいい魔法のやり方……走り書きのようなものを。


「……お師匠、様ぁ」


《つづく》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る