最終話 師匠の嘘

「前言撤回だ。お前は本当に変わらないな。弱くて、のろくて、自分の力ではなにも成し遂げられず、そのくせ、ずるい。その命、兄のカイルに還してやりたかったが……」


 一言貶めるたびに、オリバーの身体に傷を入れていく。急所こそ外してはいるものの、手足の腱を切ったのでもう動けはしないだろう。


「なにをする気だっ……」


 ゆっくりと距離を詰めていけば、額に脂汗を滲ますオリバーが吠えた。


「お前の命を奪うのさ、オリバー。他になにか思い付くか?」


 微かに笑って見せると、赤く汚れたオリバーの顔から血の気が引いた。


 血を流しすぎて意識を失ったオリバーを引き摺り、弟子の部屋に向かう。


 そして、あのイタズラ小僧が遺した手の込んだ落書きの上に、血まみれの痩身を放り込んだ。


 私は、死に逝く愛弟子に掛けた自分の言葉を思い出していた。


 ──良かっただと? もう取り返しはつかぬのだぞ。


 脅かすつもりだった。


 あの子がおびえて後悔するのなら、その言葉を真実にするはずだった。


「取り返しがつかぬはずはない。お前や、他の何人かの弟子たちがやってみせたように」


 不器用ながらも、私のために必死で描かれた魔方陣が、生者の命と我が魔力で穏やかな熱を帯びる。


 弟子にできたことが、師匠たる私にできないわけがない。わざわざ代わりの命を用意して、するかどうか。そういう話である。


 あの子は、私のために死ぬことを後悔しなかった、唯一の弟子だ。


「……そうだな、ウィル」


 あの子の瞳の色をした淡い光の中で、愛弟子がそっと目を開けた。


《了》

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