第2話 列車道中・1
「「イリシア!!」」
「えっ?」
若草色の腰より長いポニーテールの背中が見え、思わず声をかけた。彼女の背後に標的が迫っていたから、注意喚起をしようと思って。
しかし、タイミングが悪かった。イリシアはなぜか長い竹笹を持っていたのである。それを持ったまま彼女は後ろを振り返ってしまった。
ゴチンッ
標的は見事にイリシアの竹笹で頭を殴られ、気絶して倒れてしまった。
「えっ?なに、この人誰よ?」
「ま、まじかよイリシア…」
「わ、私なんかまずいことしちゃった??」
「まずいどころじゃねぇよイリシア…」
ルーンとスティンガーはよろよろとイリシアに近づくとその場で打ちひしがれ始めた。
「や、やだもしかして死」
「無慈悲だ…。無慈悲だよイリシアさん…!」
「鬼畜だ、鬼畜だよお前は…。オレたちの標的だったのに…」
「なんだ標的だったの。ならいいじゃない」
びっくりした、とイリシアが言うと、ルーンとスティンガーはシクシクと泣き出した。
「イリシアの迷惑になってばっかだからどうにかしようと、スティンガーと二人で依頼受けて…」
「それなのにお前が仕留めちまうなんて…!」
「えっ、ご、ごめんなさい??」
イリシアはどよーんとして地面に「の」の字を書き始めた二人の気落ちした様子を見て、慌てて謝罪した。
「せっかく…!せっかく30,000Rも稼げる依頼だったのに…」
「結局イリシアの手柄になっちまったんだもんな…」
「ええ!?いいのよ私は別に!依頼を受けたのはあなたたちであって、その、私はたまたま最後に関わってしまっただけで…。報酬はあなたたちで貰いなさいよ。あなたたちがここまで追って来たんだから…」
「そんなことしたらおれたちのプライドがぁ…」
もはやいじけて拗ねた子供である。過去の経験上、彼らがこうなった時は非常に面倒くさい。かつてイリシアが「子供か!」と一喝したところ、「おれたちは一生少年じゃ!!」と逆ギレしてきたくらいだ。
「もう、あなたたち十六歳になるんでしょう…」
「プライドに年齢なんか関係ないもん…」
「ちゃんとオレたちが仕留める気だったもん…」
「もん」とか言うな、とイリシアは思ったが、ここでそれを口にするとさらに面倒なことになるので、イリシアはため息をつくことで我慢した。
「で?どんな依頼受けたのよ」
イリシアがそう尋ねると、ルーンはポケットからくしゃくしゃになった依頼書を取り出した。
「……なるほど、空き巣の確保ね。……あら、これ王都まで引き渡しに行かなきゃ報酬貰えないじゃない」
彼らには王都まで行く財力など全くない。
イリシアはまだ陰鬱とした雰囲気を醸し出している二人を見て、大きくため息をついた。
「分かったわよ!私が王都まで連れて行ってあげるから、さっさと復活しなさい!じゃなきゃ私が報酬受け取るわよ!?」
「ぜひ連れて行ってくださいイリシアさん!」
「よろしくお願いしますイリシアさん!」
一瞬にして目を輝かせ始めた二人を見て、イリシアはまったく、と呟いた。
「いい?王都についたらちゃんと私についてきてよ。王都で迷子になっても私、知らないからね」
「どこまでもついて行きますイリシア姐さん!」
「一生ついて行きますイリシア姐さん!」
「一生はついて来なくていいし、その呼び方やめてもらえる!?」
そして一行は一度カフェへ戻ったあと、王都へ向かうため駅へと向かった。
「私いま、ものすごくあなたたちを殴りたい衝動に駆られているわ…」
王都へ向かう列車の中。向かい合った席に座ったイリシアは列車が発車してすぐにそう言った。
「えっと……イリシアさんは更年期かなんかなの?」
「実はなんかやべぇもんキメてたりして……」
ルーンとスティンガーの言葉に、イリシアはにっこり笑った。
ドスッ バキッ ドカッ
「あなたたち、何か言うことがあるわね?」
「「すみませんでした……」」
列車の中で顔を腫らせた二人は、目の前で微笑みながら青筋を浮かべているイリシアに謝罪した。
「森の木をあんなことにして…。怒られるわよ、村長さんに」
「いやいやいや!!元はと言えばこいつが森の中を逃げ回るから…!」
スティンガーは慌てて標的を指差した。
「そういえば、あなた名前は?」
イリシアは縛られて床に転がされた男に尋ねた。
「だ、誰が教えるかッ!」
「あんた、王都で空き巣に入ったんだって?よく自警団から逃げられたな」
ルーンがそう言うと、男はキッとルーンたちを睨んだ。
「当たり前だ!俺は未来組織アマラントの一員だぞ!自警団ごときに捕まるわけがないだろうッ!」
「一般魔道士の私には捕まったのに?」
「ところであの竹は一体」
「もらったの。資材にでもするわよ」
「てか未来組織アマラントってなんだよ?絶妙にだせぇけど」
「馬鹿にするな!組織の通称はアマラントだ!」
「はいはい…」
なんだかよく分からないが、面倒くさそうなので早く王都の自警団に引き渡そう。ルーンたちがそう思っていると、男はイリシアを見た。
「何よ?」
「お前は一体どんな魔法を使うのだ?そこのオレンジが下手なのはもはや佇まいで分かるが」
「佇まいで分かるってどういうこと!?おれそんなに魔法ド下手オーラ出てんの!?」
「落ち着けよルーン。大丈夫、お前からはなんのオーラも出てないぞ」
「それはつまり魔力すら感じられないということでは!?」
イリシアはルーンたちを無視すると、足元に転がる男を見た。
「なんであなたにそんなこと教えなきゃいけないのよ」
「この俺が竹笹にやられるなんてあってはならないことだ!!実はお前、魔法を使ったんじゃないのかッ!?」
「失礼ね、私の魔法は風よ。こんな風にね」
イリシアは片手をスティンガーの方へ向けた。
「暴風:荒波」
「それ二回目なんだけどーーー!?」
通路側に座っていたスティンガーはイリシアから放たれた魔法によって、車掌室方面へと吹っ飛ばされていった。
「スティンガー…。棺桶は用意しとくぜ…」
「す、すげぇ…」
「でしょう。あなたもドアを勝手に回転扉に付け替えられたらやるといいわ。まあ、自警団はそんなことしないと思うけどね」
「か、回転扉…?」
イリシアの口から出た『回転扉』という単語に、男はなぜ?という顔をしたが、ルーンにはとてもよく覚えがある。実際に改造したのはスティンガーだが、スティンガーに助言をしたのはルーンだ。イリシアの怒りの矛先が自分に来ませんようにと、ルーンは冷や汗を流しながら祈った。
「まあでも回転扉は斬新なアイデアで良かったと思うわ」
「良かったのかよ!!」
だったらスティンガーが吹っ飛ばされた意味とは、と思ったが、彼に言わなければそもそもイリシアの気まぐれで片付く話なので、ルーンはスティンガーには黙っていることにした。
田舎の自然豊かな風景が通り過ぎて行く中、転がされている男はどうやらイリシアと同じく風の魔法を使うようで、暇つぶし代わりに会話を続けている。
「……だから逃げる時は俺の周りだけ追い風にしてだな」
「へえ、なるほど。そうやってここまで逃げて来られたのね。でもそんなこと私に話しちゃっていいわけ?」
「別に構わない。俺は自分の手の内を晒したって逃げられるからな!それに、自警団の奴らにはとっくにバレている」
「へえ」
ルーンが一人、車窓から外の風景を眺めていると、ようやくスティンガーが戻ってきた。
しかし、どこか様子がおかしい。
「スティンガー?どうした?」
ルーンがスティンガーに尋ねると、スティンガーはうーん、と考え込んで言った。
「車掌室まで行ったらよー、なんか車掌、昼寝してたっぽくて」
「は?昼寝?」
「おう。床でな」
「床で!?」
それはもしかして昼寝ではないのでは。いや、もしかしなくても昼寝などという暢気なものではないだろう。
ルーンはスティンガーの肩に手をかけガクガクと揺さぶった。
「もちろん起こして来たんだよな!?」
「いや、それがな。オレが軽く叩いてもビンタしても殴っても起きねえから、めちゃくちゃ疲れてんのかなーって思って、放置してきた!」
「サムズアップしてんじゃねえよ!!てかその人死んでない?お前のビンタとかパンチとか食らったら死ぬんじゃね??スティンガーお前、自分が実はヘビー級の魔物だってこと理解してる??」
「いやオレずっと人間として生きてるし魔物じゃねーからちょっと理解できねぇわ」
そんなことより、車掌だ。具合が悪くなって倒れたのか、それとも……。
「ねえ…。この列車って各駅停車のはずよね?」
突然イリシアが窓の外を見ながら不思議そうに言った。
「乗る時にそう確認したろ?」
「そうよね…」
「どうした?」
「さっき、二箇所くらい駅をすっ飛ばしたわ。止まる気配もなかったけど」
「えええええ!?」
ルーンが周りを見ると、他の乗客たちは不安そうな顔をしているだけだった。誰も騒いでいないということはたまたま降りる客がいなかったからなのだろう。
「ちょっとスティンガーと一緒に運転手のとこ行ってくる。イリシアはそいつ見ててくれ」
ここは五両編成の三両目だ。目指すは一両目の運転室。
スティンガーが大剣を手に取ったのを見て、ルーンもいつでも抜刀できるよう愛刀の柄に手をかけた。
「運転手も昼寝してるってことか?」
「さぁ…。昼寝中にしろ体調不良で倒れてるにしろ事件が起きてるにしろ…、このままじゃ絶対まずい」
「オレ運転席破壊しちゃうかも」
「それだけはやめてくれよ?おれら王都まで歩くとか絶対無理だからな?イリシアにぶっ飛ばされて死を迎えるぞ」
「ルーンは死ぬだろうな」
「え?なに、おれだけ死ぬの?何その予言??いいよそしたらおれはお前を盾にするわ」
どこか気の抜けたような会話をしながら二両目に進み、一両目に続くドアを開けようとした。すると一両目の通路に一人の女が腕を組んで立っているのが見えた。
その女はどうやら運転席の方を見ているようで、ルーンたちには背中を向けている。肩より少し長い、サラサラと流れるような黒髪。一部が桃色に染まっているのは生まれつきか、それとも染色のためか。どこかの高等部の制服を纏っているので、年齢はルーンたちと近いはずだ。
ルーンとスティンガーがドアを開けたことで、彼女もこちらに気付いたようだった。
小柄な彼女が、こちらを向く。
「……どちら様?」
「乗客です。各駅停車なのにいくつか駅をすっ飛ばしてるみたいなんで、運転手の様子を見に来たんですけど…」
ルーンが彼女と話している間にスティンガーは周りを見た。
乗客たちは何かに怯えている。しかし彼女に対してではない。では、一体何に怯えているのか。
「ちょうどよかった。一人じゃどうにもならなくて困ってたんだよね」
ぱっちりした二重の瞳が、ルーンに微笑みかけた。
「えっと、運転手は…」
「あの中。でも一人じゃない」
「一人じゃない?」
「うん」
ルーンはちらりとスティンガーを見た。彼はどうやら乗客たちの様子から状況を理解したらしく、眉間に皺を寄せていた。そしてルーンは一つの可能性にたどり着いた。
「ジャック、か」
「誰それ」
「人の名前じゃねぇよ!!スティンガーお前、ほんと頭トリ以下だな!?ジャックは人名じゃなくて、乗っ取られてるってこと!………いや、起源は人の名前だからあながち間違いでもないのか…?」
「…ジャックの語源は多数あるけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないんだよなぁ」
この通路から運転室内部の様子は分からないが、アイオライトの村の次の駅から乗って来た男が、急に運転室へ押し入ったらしい。その際、乗客であった一人の女の子を人質にとって。
「つまり手出しが出来ない、と」
「……ああ、じゃあ仲間がいるってことか」
「え?」
突然スティンガーがそう言ったため、彼女は驚いてスティンガーを見た。
「あー、さっき車掌室の方行ったら車掌がぶっ倒れてたんで。何しても起きなかったから、死んでるか無理矢理眠らされてるかのどっちかだなって。オレたち三両目の後方に乗ったけど、オレたちが乗ってる間に四両目の方に行こうとした客はいなかった」
「ええ……スティンガーがまともなこと言ってる…」
「なるほど…。つまり一両目に乗り込んで来た男とは別の人間が四両目か五両目に乗り込んでたってことか」
トレインジャック犯は最低でも二人。
「まずいな…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます