第3話 列車道中・2

 列車はスピードを落とすことなく王都方面へ向かっている。このままでは終点の王都へ着いた瞬間に乗客はみんな死んでしまうだろう。


「君たち、魔法は使える?」


 彼女はルーンたちにそう尋ねた。この国の魔力所持人口はおよそ二分の一。この車両の乗客はおそらくほとんどが魔法を使えない者たちだったのだろう。


「えっとぉ、一応は使えるんですけど、その、おれたち…」

「なら問題なしね!」


 実はルーンとスティンガーは魔法を使用するにあたって色々と問題があるのだ。しかし説明しようとしたルーンの言葉は、彼女によって遮られた。


「あたしはニナ・レディア。とりあえずあたしを信じてね」

「へ?」

「うーん、茶髪の君より……うん、君だな」

「え、何が…」


 ルーンはいきなり、自分よりも二十センチは低いだろうニナに首根っこをガシッと掴まれた。


「あ、あの!?」

「君なら大丈夫だよ、多分!」


 彼女は可愛い顔でにっこり笑うと、突然バンっと運転席に繋がるドアを開け放った。

 そして有無を言わせずにルーンを放り込み、バタンっとドアを閉じた。


「……?」

「……?」


 運転席には冷や汗をダラダラと流す運転手、その横には涙目の女の子を抱え、銃口を女の子の頭に突きつけている、目つきの悪い男が一人。

 突然のことすぎてお互いぽかんとしてしまったが。


「てっ、てめえ何しに来やがった!?」

「うわぁぁぁぁ!?」


 銃口がルーンを向いた、その瞬間だった。


「その瞬間を待ってたのよ!」


 運転室と車両を隔てる壁が一閃され崩れ落ち、飛び込んで来た彼女は両手に持った拳銃のようなものを男に向けた。


「桜砲!!」

「クソッ」


 バキュンっと放たれた、桜型をした弾丸が男の持っていた銃を跳ね飛ばした。


「あんたを自警団に連行させてもらうから!」

「や、やれるもんならやってみやがれッ!!」


 男がニナに注意を向けた隙に女の子を奪還すると、ルーンは一両目へと駆け戻った。


「なんだルーン、生きてたのか」

「いや生きてるよ!死ぬかと思ったけど!!」


 どうやらスティンガーは運転室の壁を一閃して崩したあと、一両目にいた乗客を二両目以降に避難させたらしい。   

 奪還した女の子を二両目の母親の元へ放り込むと、悠々とした態度で一両目と二両目の境目であるドアに寄りかかった。

 運転室の方ではニナが男と応戦しているが、その俊敏な動きといい、堂々と立ち向かって行く姿勢といい、並みの魔道士でないことが窺える。


「言っておくが、ここで俺を倒しても無駄だぞ!!」

「へえ、なんで?」

「後方車掌室に仲間が爆弾を仕掛けたはずだからな!この列車は終点の王都に着く前に爆発するのさ!」

「「ば、爆弾ッ!?」」


 ルーンとスティンガーは男の言葉に驚き、後方へ向かおうとした。しかしそれよりも早く、ニナの声が聞こえて来た。


「爆弾でこの列車が吹き飛ぶって、あんたは本気でそう思ってるの?」

「なんだと?」

「残念だなぁ。この車両にいたのはあたし一人だったけど、あたしだってあんたと同じように仲間を連れて乗り込んだのよね〜」

「何!?いやしかし、俺の仲間が倒れたところで爆発は止められない!!」


 ニナは桜砲を一発撃つと、男に最高にいい笑顔を向けた。


「どうかな。あたしの連れ、水の魔法を使うのよ」






 一方イリシアはコソ泥男を引きずりながら、スティンガー曰く床で昼寝しているという車掌の様子を見に行っていた。


「あの茶髪の男は天然なのかっ?」

「ちがうわ。アレは馬鹿なのよ」

「そうか」


 本人のいないところで酷い言われようだが、コソ泥男はすぐに納得した。

 四両目に入るとすぐに、その混雑さに驚くこととなった。


「何よこれ、何かあったのかしら」


 やはりスティンガーの言っていた車掌は具合が悪いとかそんなものではなかったのだろう。スティンガーのビンタでも起きなかったということは、なんらかの魔法にかけららている可能性が高い。イリシアはとりあえずコソ泥男を近くの椅子に縛りつけた。


「逃げるんじゃないわよ」

「こんな密閉空間で逃げられるかァ!!」


 五両目に続くドアをスライドさせて開けると、誰もいなくなった車両の通路に、黒いローブを来た人物がこちらに背を向けて立っていた。フードもかぶっていて性別が判断しづらいが、170センチあるイリシアよりも低い身長、そしてローブから覗く細い足を見る限り、女と見て間違いないだろう。

 そしてそのローブの女が対峙しているのもまた女であり、そちらはサングラスをかけていた。


「あらぁ?お嬢ちゃんどうしたのかしら、こんな所に来ちゃって」


 サングラスをかけた女の赤い唇が、にんまりと弧を描いた。

 この女は敵だ。イリシアは直感でそう判断するとサングラスの女を睨みつけた。


「…あなた、もしかして魔法使える?」

「え?ええ、風の魔法を…」


 ローブの女から突然そう聞かれたイリシアはその背中に答えた。彼女はこちらを振り向くことなく、そう、と返事をするとふふっと笑った。


「風ならちょうどよかったわ。この人とその仲間が列車を乗っ取って爆発させようとしているみたいなの。それを阻止しなければこの列車は無事に王都には辿り着けない…。手伝ってもらってもいいかしら?」

「は、はい、もちろん!」


 どこかやわらかく、温かみのある声。落ち着く声質に一瞬安堵しながらも、イリシアはいつでも魔力を放出できるよう集中した。


「あっはははは!!何人増えても無駄よ!言ったでしょう、黒ローブのお姉さん。あたしは属性二つ持ちなのよ!」

「属性二つ持ち…!?」


 本来魔法は一つの身体につき一つの属性しか持つことはできないはずだ。


「どういうことなの…!?」

「あらお嬢ちゃん知らないの〜?王都には裏市場ってとこがあるのよ」


 裏市場。それはイリシアにも聞き覚えがあった。正規の市場では売っていない魔道具や魔薬なんかを違法で売買しているのだ。自警団も取り締まりを強化しているのだが、何せ裏市場は一日で場所を移動してしまうのでなかなか捕まえることができないという。


「もしかしてそれで別の属性を買ったってこと…?」

「そうよ〜。ま、魔薬だから効き目は一日限りらしいけどねぇ」


 事を起こすのには十分の効き目でしょう、とサングラスの奥の瞳を卑しく歪めた。

「裏市場で買う属性はだいたい威力が本来のものより強いのよ。だからお嬢ちゃんが増えたところであなたたちに勝ち目はないわ!あっはははは!」

「そ、そんな…!」

「爆弾は車掌室に仕掛けたの。あと五分もしない内に爆発するわ!」

「あなたも死ぬわよ!?」


 赤い唇から紡がれる言葉の数々にイリシアは絶句するが、サングラスの女は相変わらず強気の笑みを浮かべたままだ。


「別に構わないわよ〜?あたしたちの目的はラタシリアの崩壊だもの。そのためならあたし一人の命なんて安いものよ!」

「ラタシリアの崩壊…?」

「……やっぱりあなたたちは自警団ではなく軍に突き出すべきね」


 ローブの女は腰から短剣を二本引き抜いた。


「無駄だって言ってるじゃないの」

「あなたは車掌室の爆弾を見つけてきてもらえる?」


 ローブの女はサングラスの女を無視してイリシアに声をかけた。


「はい!」

「見つけたところでどうにもならないと思うけどね〜」


 イリシアが車掌室に駆け出すのを見て、ローブの女は薄く笑んで両手の短剣に力を込めた。


「所詮偽物は本物には勝てないわ」

「は?」

「自分の力でないモノは、どれだけ強くてもオリジナルには勝てないのよ」


 ローブの女は短剣を構えてにっこり笑った。


「証明してあげましょうか?」

「な、なんですって、この黒女ァ!!」


 弧を描いていた赤い唇が歪み、ギリっと噛み締められたところで、ローブの女はサングラスの女に向かって駆け出した。それと同時に、短剣から生える翼のようなもの。どうやらそれは水でできているようだった。

 それを見たサングラスの女もとっさに壁に手をついた。手をついた壁から生えてくるのは、針の山。


「串刺しにしてあげるわ!!鉄針刺し!!」

「私に勝てると思わない方がいいわよ。……水翼交差!!」


 水の翼を纏った短剣は、鉄でできた針の山をいとも簡単に斬り砕いた。


「なっ、どうして…!」

「だって私の魔法は、本物だもの」


 ──偽物に、負けるわけがない。






 ルーンとスティンガーは椅子の陰に隠れながら、ニナと男の戦いを見ていた。


「すげぇな…。彼女絶対只者じゃないと思う」

「まあでもこの分なら運転手に被害はいかなそうだな」


 ニナは桜砲だけでまるで舞うように戦っている。無駄のない動きで的確に相手に攻撃を叩き込んでいるところを見る限り、彼女は平均より上の強さを誇っているに違いなかった。男も手で銃の形を作り、指先から火の粉を出してはいるが、もともとの魔力量が少ないのか戦闘慣れしていないのか、一回りも年下であろう彼女に圧倒されていた。

 そして、ふと窓の外を見たルーンは気がついた。


「まずい!カーブだ!」

「なに!?ちょ、運転手!!ブレーキかけろ!」

「駄目ですぅ!!ブレーキ壊されましたぁ!!」


 ブレーキの修繕はどう考えても間に合わない。ニナは男と戦っているのでそれどころではないし、自分たちがどうにかしなければ列車は脱線し、最悪の場合爆発する前に死ぬ。


「チッ、おいルーン!斬るからな!!」

「えっ!?何を!?何を斬るつもりなの、まさかおれ!?」

「二両目以降を切り離すんだよ!!幼馴染みだろ、理解しろよ!!」

「幼馴染みに幻想を抱くんじゃねぇ、お前のことなんでも分かってるとか思うなよ!?まあ分かってるけど!!」

「よし、じゃあイリシアに怒られる時は共犯な!」

「あっマジか」


 スティンガーは片手に持っていた大剣を振り上げると、連結部分に一気に振り下ろした。反動でスティンガーの首にかけられている剣を模した銀のネックレスが跳ね上がる。

 ガキィン、と音を立てて二両目以降が切り離された。


「ったく、あの野郎。ブレーキ壊すなんてとんでもねぇ野郎だぜ」


 切り離したおかげで二両目以降は遠ざかり、ルーンたちの乗る一両目は錘をなくしたおかげで地獄行きの超高速列車に早変わりだ。


「ああなんてこった、死ぬその時までスティンガーと一緒だなんて…」

「キモいな」

「本当にな」


 そして、カーブに差し掛かる。ルーンはぎゅっと目を瞑った。


「もう。諦めるの早いよ!」


 え、と思い目を開けてみれば、窓の外は一面桃色に染まっていた。


「何だこれ…」

「これは……桜の花びら?」

「そう!綺麗でしょ、あたしの桜吹雪」


 ニナは得意げにそう言って笑った。彼女の魔法である桜吹雪が列車を包み込んだことで、列車の勢いが弱められたらしい。

 そんな彼女の傍らには、桜まみれになって転がっている男が。


「い、いつのまに…」

「さて、と。こっちは制圧したし、そろそろあっちも終わってるはずなんだけどな」


 ニナは運転手の無事を確認し、完全に意識を失っている男を引きずって、やがて停止した列車から降りた。

 向かうのは、遠く離れて止まっている二両目以降。


「はっ、そうだあっちにはイリシアが!」

「そういやコソ泥も一緒だったな!?」


 ルーンとスティンガーは慌ててニナの背を折った。




 二人が二両目以降の車両に辿り着くと、すでにイリシアが外に出て来ていた。足元にはコソ泥男が転がっている。


「ルーン、スティンガー!無事だったのね」

「まあ一応な。イリシアも無事みたいで良かった」

「なあ、そっちに爆弾仕掛けられてたんだよな?それはどうしたんだよ?」


 スティンガーが聞くと、イリシアはあっち、と示した。

 ルーンとスティンガーがそちらを見ると、ニナと、黒いローブを着た女が手に爆弾を抱えていた。しかしそれは魔法によって水の膜で覆われており、ブスブスと煙を出しながら停止させられていた。


「あ、君たち!」


 視線に気付いたのか、ニナとローブの女が近づいてきた。


「あなたたちのおかげでとても助かったわ。ありがとう」

「いえいえ!私は爆弾探しただけですし…」

「こいつらは今呼んだ自警団に軍の方まで引っ張ってもらうの。で、こいつらの確保に貢献した君たちに恩賞が与えられると思うんだけど…」

「えええ!?いやあの、スティンガーはともかく、おれはマジで何もやってないですから!」

「おいおい、恩賞くれるってんなら貰っとこうぜ?オレら遠慮なんてしてる場合じゃねーんだから」

「ええ…」


 ローブの女はやがてやって来た自警団にジャック犯と爆弾を引き渡すと、イリシアに紙切れを渡した。


「明日、王都にあるこの場所に必ず来て。待ってるわ」

「じゃあまたね!今日は助かったよー!」


 去り際にローブの女が微笑み、ニナが手を振ったところで、イリシアがあの!と声をかけた。


「このコソ泥も一緒に引っ張ってってもらえませんか!」


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