第4話 王都にて
「さすがに疲れた…」
「本当、災難だったな…」
あの後スティンガーは馬鹿力を見込まれて列車を最寄り駅まで押して運ぶという重労働を手伝わされ、それになぜかルーンも付き合わされたのだった。
「あいつ風の魔法使えるからってずりぃよなー」
イリシアは一両目のみを自身の風魔法を使って軽々と運んでいたのだ。
「でもこれで後処理した分の恩賞も上乗せされるならラッキーだな」
ルーンはぼふりとベッドに寝転がった。
ここは王都の一つ手前のコーラルの村というところだ。列車に乗って数時間で王都まで行けるはずが、思わぬ事件に巻き込まれたことにより、だいぶ時間がかかってしまった。そのためすっかり夜も遅くなってしまい、急遽コーラルの村の宿に泊まることになったのだ。
「そういや、あのアマラントってなんだったんだろうな」
「なにが?」
「いやほら、最初コソ泥のあいつが、俺は未来組織アマラントの一員だーみたいなこと言ってただろ?でもそれは結局あのコソ泥の嘘で」
あのコソ泥はアマラントという集団を騙ったただの空き巣だった。そして本当のアマラントは列車をジャックしたあの二人だったらしいのだ。
「イリシアによると、アマラントはラタシリアの崩壊が目的だったらしい」
「列車をジャックしてもラタシリア帝国は崩壊しなくねーか?」
「そうなんだよ。どういうことだったんだろうなーと思って」
うーん、と考えてみるが、そもそも今日初めて聞いたワードなので分かるはずもない。
「とにかくもう寝ようぜ。考えたってどうせ分かんねーだろ」
たしかに夕食も取り、シャワーも浴びた今、眠気が襲ってきている。
「んじゃ、おやすみ」
「おー、おやす……って、相変わらず寝るの早ぇな!!」
スティンガーはもう片方のベッドに潜り込んだかと思えば、ものの数秒で寝息を立て始めた。
ルーンは寝付くまで話し相手にしようと思っていたため、ため息をついた。
しかし明日は依頼の報酬と恩賞の受け取りのため、王都に行くのだ。早く寝なければ、と思いながらルーンもベッドに潜り込んだ。
そして翌朝。
「いつまで寝てんのよ!!」
バンっと音を立てて開かれたドア、そして怒りのこもった声に、ルーンはぱちりと目を開けた。
「もう出なきゃ列車の時間が……って、ルーンあなた、何してるの…?」
鳥の声が近い。そして開いた目の前には青空が広がっている。
「どこ、ここ……」
「どこって、ベランダよ。この部屋何かあったの?」
睡魔を振り払って立ち上がってみれば、引きつった顔のイリシアがいた。そして部屋の中は、強盗にでも押し入られたのかというほど荒れに荒れていた。
小さなクローゼットにかかっていたハンガーは全て床に散らばり、テーブルは倒れ、なぜかランプは火が消えたままルーンが寝ていたはずのベッドの上に転がっている。アメニティもそこら中に散らばっているし、カーテンも外れかけている。
「あー……おれ、寝相が悪いみたいで」
「寝相が悪いどころの話じゃなくない!?」
ルーンは欠伸をしながらぐっと伸びをした。背中を伸ばすとあちこちが微妙に痛むので、どうやら昨夜もいつも通り部屋の中で大暴れだったらしい。
「そんな状況でスティンガーもよく寝てられるわね…」
イリシアが呆れながらスティンガーを見ると、彼は微動だにせず、しっかりベッドの上でスースーと寝息を立てていた。
「おれもスティンガーも一度寝たらなかなか起きないタイプなんだよ…。あとは慣れ」
「どうせならそのまま永遠に眠っててもいいわよ」
「え」
イリシアは本気か冗談か分からないような冗談を言うと、時計を見てハッとした。
「ってこんなことしてる場合じゃないのよ!さっさと片付けて出るわよ!」
イリシアはスティンガーを叩き起こし(物理攻撃である)、部屋の中をなんとか片付けると急いで宿を出た。
そして列車に揺られること、約十分。
きらびやかな建物と明るい音楽、にぎやかな都。
ルーンたちはようやく、王都に辿り着いたのである。
金欠貧乏人にとって報酬だとか恩賞だという言葉は幸福をもたらすものである。別に金欠だから不幸かと聞かれればそれは違うと思うが、なんだかんだ言ってこの世は金が全てである、とルーンは思っている。
時に、「愛情は金で買えるのか」とか「命は金で買えるのか」という質問をする人間がいる。それはまあ、一般的には買えないものだろうし、場合によっては買える時もある。しかし「場合によった」時に、金がなくては確実に何かを失うか諦めるかしなくてはならない、とスティンガーは思っている。
つまり、この世は金ではないが金がなければ存在は家畜以下、というわけで──…。
「いや、あなたたち何を言ってるのよ」
「王都に入るのに入場料がいるなんて知らなかったんだよ!!」
「ったく、貧乏人には手厳しいなこの世界はよォ!!」
王都・ルビーの街。ルーンとスティンガーが入ろうとしたところ、門前払いをくらい、そのことをずっと根に持っていたのだ。結局イリシアが三人分の入場料を払ったので事なきを得たのだが。
「家畜の方があなたたちなんかよりよっぽど地位は上よ。知らなかったの?」
「わあ、イリシアさんの毒がすっごい冴え渡ってる」
「スティンガーなんてトリ以下じゃないの」
「それ頭のことだよな?存在じゃないよな??存在がだったらオレもうルーンを道連れに紐なしバンジーするしか…」
「お前、紐なくても生きてそうだよな。……あれ?お前今、おれの殺害予告したってこと!?え、なんでおれ!?」
「はいはい、どうでもいいから騒がないでよ」
くだらない会話をしながら歩いていると、指定された場所に着いた。自警団の駐在所のようだ。
「あ!君たち!」
王都の石造りの道を走ってくるのは、黒髪にピンクメッシュの少女。
「ニナさん!」
「良かった、来てくれて。ここで受付したら恩賞がもらえるはずよ。話はもう通ってるから」
ニナは眩しそうに、大きな駐在所を見上げた。
「君たちは、王都に来たことある?」
「私は何度か。ルーンたちはないみたいですけど」
ルーンとスティンガーはイリシアの言葉に頷いた。
自警団の駐屯地の向こうにはレンガ造りの時計塔が建っており、そのさらに向こうには大きな建造物の影が見えた。城だ。
「すっげぇ、城じゃん」
「初めて見た…」
ルーンとスティンガーの反応を見ていたニナは時計塔を見て、時間が迫っていることに気が付いた。
「ほらほら、恩賞貰ってきなって!時間、過ぎたら貰えなくなっちゃうかもよ〜?」
そんなニナの言葉に、ルーンとスティンガーは顔を蒼くさせた。
「やべっ、行くぞ!」
「これでオレたちも貧乏からおさらばだぜ!」
「ちょっと、あなたたち失礼がないように気をつけなさいよ!?」
駐在所に駆け込んでいった三人の背中を、ニナは黙って見送った。
「ニナ」
そんな彼女の背後から声がかかった。その遠慮のない、どこか硬派な声に、ニナはとても聞き覚えがあった。
「あれがそうか?」
振り返ると、先日の列車での連れが来ていた黒いローブを纏い、深々とフードを被った黒縁眼鏡の男が立っていた。
「多分。あたしは分からないけど、ティクス先生が言うならそうだと思います」
「なるほどな。しかしなぜあれを…?」
「さあ…。でも、アマラント側は気付いてなかったみたい」
ニナの答えに眼鏡の男はそうか、と短く返事をすると、三人の入って行った駐在所を見ながら呟いた。
「まさか、このタイミングで見つかるとはな…」
数十分後、恩賞と依頼の報酬を受け取って駐在所から戻ってきた三人は、ベンチに一人腰掛けているニナを見つけた。
「ニナさん、待っててくれたんですか?」
「うん。ちょっと話しておきたいこともあったしね」
「話しておきたいこと?」
ルーンたちは近くのカフェに移動すると、ニナの話に耳を傾けた。
「君たちが昨日一緒に捕まえてくれた二人組だけど、あたしが戦った方が火の魔法、あたしの連れが戦った方が睡眠魔法を使う奴らだったのね」
「睡眠…」
おそらくその魔法で車掌を眠らせたのだろう。
「そして睡眠魔法の女は鉄魔法が使えるようになる魔薬を飲んでいた」
「あの裏市場でどうのこうのってやつですよね」
「うん。あの女、どうやらすごく興味深いこと言ってたみたいじゃない?」
── あたしたちの目的はラタシリアの崩壊だもの。
「あっ、そういえばあれって、どういう意味なんですか?」
「…実は、今ラタシリア帝国と敵対している組織があってね。アマラントって言うんだけど」
「アマラントって……たしかあのコソ泥も言ってたな」
「アマラントはラタシリア帝国を大陸一の武力国家にしたいらしい集団なんだけどね…」
カーマイン皇帝の時代になってから、ラタシリア帝国は平和が続いている。ラタシリア帝国を大陸一にしたいアマラントはそれが気に食わず、カーマイン皇帝陣営と敵対する事態となっている。
「昨日のトレインジャックはその例ってことよ」
「ラタシリア帝国を作り直そうとする意志の表れってことか…」
「その程度ならまだよかったんだけど…」
「何かほかにまずいことがあるんですか…?」
「……ううん、なんでもない。ところで、君たちは魔道士なんだよね?」
「まあ、一応……」
「じゃあちょっと、依頼を受けて欲しいんだけど」
依頼。その言葉にルーンとスティンガーの目が輝き出したのを見て、イリシアは小さくため息をついた。
「ほ、報酬はおいくらで!?」
「金額によっては即決させていただきますけど!?」
「100万
「「お引き受けします!!」」
イリシアは深く、長いため息をついた。
「じゃあ決まりね!三人ともこれにサインしておいて!あと、明日ちゃんと依頼人から説明があると思うからよろしく!」
「え、ちょ、ニナさん?」
じゃあね!と笑顔で手を振ったニナは、そそくさとカフェを出て行った。
「……なんか最後、慌ただしくなかったか?」
「……まるで逃げるように出て行ったなぁ」
「……まさか変な依頼でも掴まされたんじゃ…」
でも報酬100万って相当な難易度なんじゃないの、とイリシアが言いながらもらった書類を見た。
「……ん?」
「…んんん?」
なんだか通常の依頼書とは違う。
「なあスティンガー、おれ、字が読めなくなったみたいだ。これはもしや老眼かな。それとももしかして眼球取れたのかな」
「奇遇だなルーン。どうやらオレの眼球も取れたみてーだ」
「何言ってるのよ二人とも。ちゃんと現実を見て」
それには、入学願書、と書かれていた。
「ちょっっっと待ってよ!?おれらそもそも中等部を中退してんだけど!?」
「入学ってなんだよ、どこにだよ!?中等部からやり直せってことか!?」
「……ラタシリア東高等部って書いてあるわね」
つまり、ラタシリア東高等部とやらに入学すれば100万Rが手に入るらしい。
「ラタシリア東高等部なんて聞いたことないんだけど…?」
「中央高等部は有名よね。名門校だし。東にも出来たってことかしら」
「新設ってこと?じゃあそれの新入生勧誘ってことか…?」
よく分からない。よく分からないが、そもそもルーンたちは中等部を出ていないのだ。
この国ではだいたい六歳頃になると魔法が発現するようになり、魔法を使える人間を魔道士と呼ぶ。その後魔道士は魔法学校に入学することができ、ほとんどの子供が中等部までしっかり通うこととなる。中等部を卒業した魔道士は、だいたいが魔法高等部か一般高等部に進学する。腕がよければ軍人になれたりもする。高等部を卒業したら一般就職をするか軍人になるかのどちらかの道を歩むことになる。
だがしかし、それはあくまでも中等部をしっかり卒業した場合の話だ。中等部を中退しているルーンたちは進学できないはずなのだ。
「入隊願書ならまだ分かるんだけど…」
ラタシリアには魔法高等部が四つ存在している。北高、西高、南高、中央高だ。東高だけは聞いたことがなかった。
「勉強なんてしたくねぇ、けど報酬が」
「そもそも学校に通うメリットがなかったからおれたちすんなり退学になったんだもんな。でも報酬が」
「とにかく、明日になったら依頼人から説明があるみたいだし、それをちゃんと聞いてみましょう」
イリシアの一言で、ルーンとスティンガーはそうだな、と椅子に座り直した。
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