第11話 A

 夕方。入学試験の終わりを告げる放送が入った。それと同時に最後の合格者が別室になだれ込んでくる。


「あら、男子Bじゃない」

「はあ、はあ…。くそっ、お前より後だなんて…!」

「めちゃくちゃ時間ギリギリだけどな」


 ぜえはあ、と息を荒げている男子Bたちはキッとイリシアを睨んだ。


「っていうか、男子Aはどうしたんだ?たしか、レニーって言ったよな」

「まさかレニーはまだ来てないのか?」


 ルーンの問いにきょとんとした男子Bを見て、どういうことだろうかとイリシアを見た。


「……私に負けてプライドへし折られたんじゃないの…?」

「ありそう…。そのまま帰っちゃったのかな」

「ふっ。レニーのことだからきっと家の力でもなんでも使ってお前を負かしに来るだろうな!」

「つまり家の力を使わないといけないくらいレニーは弱いって、あなたそう言ってるのね?」

「はっ!?そ、そんなことは言っていない!!いい加減なことを言うな!!」


 ルーンはなんだか会話をするのが面倒になり、仮眠中のスティンガーとジャスティンを叩き起こすことにした。

 すると部屋の扉が開き、ティニーを含む監督官の軍人たちが入ってきた。


「これにて入学試験は終了だ。どこの学校に在籍することになるかは追って連絡する」


 以上で解散だ、という監督官の言葉に、少々のざわめきが起こる。

 それもそのはず、ルーンたちは「今後のことについて説明する」と言われたためこの場に残っていたのだ。あの一言だけを告げるのであれば、“台座の間”にたどり着いたその時に言えば済む話ではないか。ちょっとしたブーイングが飛び交う中、ティニーが一歩進みでた。


「すまないが、我々に緊急の仕事が入った。これは軍人としての仕事であって、ここの監督官としての仕事よりも優先しなければならないものだ。合格したお前たちなら分かっていると思うが」


 緊急の仕事。おそらくは世間を騒がせているアマラント絡みなのだろう。そう悟った面々は口を閉ざした。


「後のことはこちらからの連絡を待つように」


 そう言われてしまえばもう仕方がなく、ルーンたち合格者は王神の塔から外へ出た。


「じゃあ、またね!」

「僕もこれで失礼するよ!」


 合格者たちがぞろぞろと帰路へ着き、コスモとジャスティンともすぐに別れることとなった。


「……おれ、あれでよかったのかな」

「何が?」

「いやほら、ティニーさん、おれたちの力が見たいって言ってただろ?でもおれは二人と違ってまともに魔力操作もできなくてさ…」


 こんなことで本当にアマラント殲滅部隊となる東高に入学していいのだろうか。ルーンは二人の魔力量や強さを思い返して落ち込んだ。


「……別にいいだろ。多分赤メガネはその辺ちゃんと分かってんだろうし」

「そうよ。たしかにルーンは魔力操作がとにかく下手だけど、それを軍人に鍛えてもらえるんだからむしろラッキーとでも思っておいた方がいいと思うわよ」

「そう、かな」

「そうそう。だいたい100万Rに釣られたのはこっちだし」

「それにクエストの報酬はそのまま貰えるんだから一石二鳥でしょ。そもそもあなたはスティンガーとセットなんだから、いい加減腹括りなさい」


 スティンガーとイリシアにそう言われ、ルーンはむしろ自分は恵まれているのだと感じた。

 魔力操作ができないが故に、進学を諦める者だっているのだ。それを考えれば、ルーンには軍人から教わる機会が与えられているし、何より身近にスティンガーとイリシアという強者がいるのだ。こんなに恵まれておきながら未だに渋っていたら、それこそもったいない。


「そう、だよな。おれも今日から気合い入れ直さないとだよな」

「あーあ、学校か。面倒くせぇなぁ。遅刻とかサボったりしたら留年とかある?」

「スティンガー、あなたねぇ。100万R貰ってるんだからその辺はちゃんとしなさいよ」

「無理かも…」


 ルーンたちも駅へと向かおうとしたところで、あ、とルーンが声をあげる。


「ごめん、ちょっとトイレ行ってきていいか?」

「分かった。オレらはここで待ってるぜ」

「すぐ戻る!」


 ルーンは王神の塔へ引き返すと、一階の端にあるトイレに駆け込んだ。

 そして用を足してトイレから出ようとした時、静まり返った一階のどこかで、ドサ、と物音が聞こえた。


「だ、誰かいるのか…?」


 スティンガーとイリシアも引き返してきたのだろうか。しかし明かりの消えた一階はすでにうす暗くなっていて視界が悪い。

 ルーンは物音の主がスティンガーとイリシアであるという確信が持てず、声をかけぬまま物音の方へと歩き出した。

 おそらく物音がしたのはホール中央の柱のあたりだ。柱の影になった場所で何か黒いものが動いているようにも見える。人影だ。しかしそれは一人分なのでスティンガーとイリシアではない。緊急の仕事とやらに行かなかった軍人だろうか。

 ルーンは声をかけてみることにした。


「あの、何してるんですか…?」


 柱に近づいて声をかけると、その人影は驚いたのかこちらを凝視してきた。フードを深く被っているためその顔はよく見えない。

 もう一度声をかけてみようとルーンが一歩踏み出した時、足元でぴちゃりと液体が跳ねた。黒々としたそれの出所を目で追った時、それは視界に映った。

 柱の影。柱にもたれかかるようにして、人が足を投げ出して座っていた。だがそれは。


「うわあああああッ!?」


 胸部にナイフのようなものが無数に刺さっていた。ルーンの足元で跳ねたのは、その人から溢れ出した血液で。

 驚いてへたり込んだルーンの前に、フードを被った、おそらく犯人と思われる人間が即座に移動してくる。そして容赦なくルーンの腹に蹴りを入れる。


「ぐあっ!!」


 ルーンが何かを考える暇もなく、今度は首を絞められる。


「うぐっ……」


 なんとか魔法で応戦しようとするも、あまりの力の強さに、魔法がうまく出せない。そもそも通常時でもうまく出せないのだからこんな急襲に対応できるはずもない。

 ルーンの意識が白みかけた時、声が響いた。


「おい!!何をしている!!」


 ルーンの白みかけた脳に、その声はよく響いた。第三者の介入により、ルーンの首からぱっと手が離される。


「げほげほげほっ」

「くそっ、おい追え!」


 ルーンの首を締めていた人物が逃走したのか、バタバタと数人が追いかけていく音がした。


「大丈夫か!?」


 抱き起こしてきたその男の顔はつい数分前に見た顔だった。


「ティニーさん…?なんでここに…」


 緊急の仕事とやらに向かったのではなかったのだろうか。そんな意図を含めてルーンが尋ねると、ティニーは立ち上がりながら言った。


「アマラントはどこかで事件を起こした時、別の場所でも起こしているんだよ。むしろそっちのカモフラージュのために別の場所で目立つ事件を起こすんだ。今回はちょうど試験が終わったタイミングでのことだったから、もしかして俺たち軍人をこの場から離れさせたいんじゃないかと思っていたら…」


 ティニーは柱にもたれかかっている被害者を見た。


「まさか本当にそんなことになるとはな。残っていて正解だった」


 ティニーは自身の手にボッと火を灯した。おかげで視界も明るくなったが、その分あまり見たくないものまで詳細に見えてしまう。

 すでに絶命しているらしい、ルーンと同じくらいの少年。彼がもたれている柱には、赤く大きな『A』という文字が書かれている。

 

「ルーン!いつまでかかってるのよ?」

「って、赤メガネまでいんじゃねーか」


 ルーンの戻りが遅いことを心配したらしいスティンガーとイリシアがホール内に入ってきた。


「あっ、お前らこっちには来ない方が…」

「ひっ」


 小さく悲鳴をあげたイリシアが硬直した。


「な、なにがあったのよこれ…」

「……アマラントだ」


 青くなったイリシアの呟きに、ティニーが眉間に皺を寄せながら言った。


「アマラントは事件現場に必ず『A』の文字を残している。ちょうど今俺の部下二人がルーンを襲っていたやつを追っているところだ」

「やだ、ルーン大丈夫?」

「ああ、なんとか…」


 まさかスティンガーの次はルーンだなんて。などと話しながら目を逸らしていたルーンとイリシアだったが、ふとスティンガーが黙っていることに気づき、ルーンは顔を上げた。

 スティンガーは書かれた『A』の文字をじっと見つめていた。


「スティンガー…?」

「あ?」

「どうしたんだ?ずっと黙ってるけど」

「いや、なんでもねえ。ていうかこいつさぁ」


 スティンガーは被害者の前でしゃがみ込むとその顔を覗き込んだ。


「あ、あなたよくそんな直視できるわね!?」

「お前昔からなんかグロテスクな映画とか平気そうだったけど、ここでも平気なの!?」


 スティンガーのあまりに普通な態度に、ティニーがピクリと眉を動かしたが、誰もそれに気付く者はいない。


「こいつ、男子Aじゃね?」

「えええ!?」

「た、たしかに服装はレニーかも…」

「そういえばお前たち、この被害者と試験中にやり合ってたな?」


 ティニーはカーテンを引き裂くと被害者にバサリと被せた。できれば見たくない遺体が視界から隠されたことで、ルーンとイリシアはホッとする。

 そこにバタバタと足音が響いてきた。


「ティニーさん!」

「申し訳ありません!逃げられました!」

「何?」


 ティニーの部下二人はきっちり九十度に頭を下げた。


「なにがあった?」

「は。おそらく奴の仲間が数人待機していたものと思われます。逃走に有利な魔法を使う者が近くにいた模様です」

「ですが一つ、気になることがあります」

「気になること?」

「はい。奴自身は逃走中に魔法を使ってくることがありませんでした」


 その言葉にルーンもハッとした。そういえばルーンも襲われている時、魔法を使われることはなかった。蹴り上げられた時も首を絞められた時も、魔力は感じなかった。


「となると単純に魔法を使えない人間なのか、それとも使ったら特定されてしまうような希少魔法の使い手なのか…」

「……あまり考えたくはないが、魔法を使ったら俺たちにバレる可能性があったのかもな」

「それって…」

「軍人や自警団の可能性があるってことだ」


 はあ、とティニーが大きくため息をついた。


「ルーン。お前、犯人の顔は見たか?」

「いえ、暗かったしフードを被っていたので全く…。でも蹴られた時とか首を絞める時の力からすると男だろうなって感じでした」

「なるほどな…」


 ティニーは少々思案したあと、部下二人に指示を出した。


「リュイン、お前はルーンたちを頼む。ティムは応援を呼んでこい」

「「はっ」」

「……それからアマラントと思しき人物を取り逃がしたお前らはシンのところで鍛え直しだ」

「「げっ…」」


 思い切り嫌そうな顔をした部下の二人は、これ以上ティニーから何も言われないよう、お互いに目を合わせるとすぐに指示された通りの行動に移した。


「えーと、ルーンくんたちには安全な場所にいてもらいます」

「安全な場所?」


 ルーンたちはティニーの部下の一人であるリュインに続き、周りを警戒しながら王神の塔から出た。


「はい。アマラント側は、もしかしたらルーンくんに顔を見られたかもと思ってもう一度接近してくる可能性があります。なので、明日までみなさんを護衛させていただきます!」

「明日まで」

「申し訳ないんですけど軍は現在本当に人手不足でして…。そろそろ勧誘も行う予定なんですけどなかなか入ってくれないし。なので、あまり長時間の護衛はできないんですよ」


 申し訳なさそうに言うリュインを見て、ルーンたちは同情した。


「なんていうか……本当に忙しいんですね」

「私とスティンガーのことは気にせず、ルーンだけ見てやって下さい…」

「オレらは多分どうにかできるしな」


 リュインはドッと涙を流した。


「ああああ、ありがたき幸せぇぇぇ!!もうほんと、忙しくて死にそうでしてね!?特に七鞘の方は忙しさも人一倍って感じなんですけどその分、部下使いも荒くてですね!シンさんとこのアレイスなんてこの前──」


 ルーンたちは安全と思われるホテルに連れて行かれるまで、延々とリュインから軍事情について聞かされるのであった。

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