第12話 憧れの人
「ティニーさんはね、文句無しにかっこいいんですよ」
ホテルに到着したルーンたちは汚れた服を着替え、部屋でリュインの話に耳を傾けていた。いや、スティンガーを除いてだが。
「たしかに、リュインさんたちに指示出しする姿はかっこよかったかも…」
「そうなんですよ。あのリーダーシップ性に加えて、二十歳という若さで幻世の七鞘に抜擢された実力も兼ね備えてますし。強魔法である炎魔道士だし、ゆくゆくは幻世の七鞘のリーダーとなるんじゃないかって、軍でも噂になってるんですよ」
「二十歳で幻世の七鞘…」
幻世の七鞘。軍の中でも実力があるとされている七人で構成された部隊だ。そんな部隊に二十歳で抜擢されるなんて、どれほどの強さなのだろうか。しかもティニーはルーンと同じく炎属性の魔道士ときている。ルーンの目がキラキラと輝き始めた。
「あれ?でもたしか、ラタシリア帝国最強の騎士と言われるリアム皇子は七鞘ではないですよね?」
ラタシリア帝国130代目皇帝であるカーマインの長男であり第一皇子であるリアム・ラタシリア。彼は代々引き継いでいる光魔道士であり、帝国最強の異名を世に知らしめているほどの実力者だ。その端正な顔立ちに怜悧さを併せ持った金髪碧眼の皇子は、その一睨みで部下さえもすくみあがらせるという。
「リアム皇子は正確に言うと軍人ではないんですよね。一応戦いの時は軍人たちと一緒に最前線に出ますけど、あの方の本来の職務は軍人ではなく、皇子なので」
なので、騎士というポジションに収まってもらってます。とリュインは言った。
「その幻世の七鞘って、今どんな感じなんですか?ティニーさんが実質解散状態って言ってたんですけど」
「詳しくは話せないですけど、当時七鞘だったティニーさんとシンさんはまだ七鞘として残ってますよ」
「シンさん?」
それまで不機嫌そうに黙っていたスティンガーが尋ねたことで、リュインは些かほっとした様子を見せた。
「シン・バースト。彼もめちゃくちゃ強いです。なんせ他の軍人たちが武器を持って戦う中、彼は素手で戦うので」
「素手で!?」
素手で戦うのに幻世の七鞘入りしている軍人。好戦的なスティンガーの目が輝かないわけがなかった。
「はい。指導中は鬼のように怖いし、訓練中は自由人すぎて行動が読めないし、日頃はどこで言葉を覚えたのかというくらい口も悪いですが、いい人ですよ。顔もリアム皇子に次ぐくらい良いですし。軍人ファンの女性からの人気はほとんどシンさんが掻っ攫ってるんじゃないかなぁ」
「く、口も悪いのに女性人気はあるんですね…」
「もう世の中顔じゃん…。顔ですべてが決まってるんじゃん…」
「馬鹿っぽくみえても実は頭が切れる人だし、その辺のギャップのせいかもしれませんね。ただ道中にも言いましたけど、彼の部下であるアレイスのように、振り回されることがほとんどなのでシンさんの部下になることはあんまりおすすめしません」
シン・バーストの名は耳にしたことがあったが、まさかそんな人とは思っていなかったイリシアは、小さく驚いた。
「ここだけの話、ティニーさんもシンさんも東高にいるんで、色々教わるチャンスはあると思いますよ」
「まじですか!?」
「いいなぁ、おれもティニーさんたち憧れなんですよ。人使いが荒いのが難点だけど……。……あれ、ティニーさんたちの配属先とか言っちゃダメなやつだったかな…。内緒にしといてもらえる?」
「もちろんです!」
ルーンとスティンガーは目を輝かせたまま頷いた。
「じゃあ夜も遅くなってきましたし、休んじゃって下さい!おれはルーンくんたちの部屋の前にいるんで、イリシアさんも何かあったら呼んで下さいね!」
「ありがとうございます」
リュインが部屋を出て行ったのに続き、イリシアも部屋を出ていった。
「なんか、楽しみになってきた」
「そうだな。じゃ、おやすみ」
ルーンとスティンガーはそれぞれベッドに入ると、目を瞑った。寝る体勢になったらすぐに睡眠に入るスティンガーの寝息を聞きながら、ルーンは先ほどの事件を思い返していた。
レニーはイリシア曰く、貴族だったそうだ。アマラントは『4つの器』を探していて、持っていそうな貴族たちを狙っているという話は聞いた。レニーは持っていると思われたから殺されたのだろうか。だとしたら確実に持っているスティンガーはかなり危ないのではなかろうか。ティニーに告げられて以来、あの銀の剣のネックレスは見えないように服の中に隠されているので、服の外に出さない限り見つけられることはない、が。そもそもそれらを身につけていないにも関わらず貴族たちは殺されているのだ。安心するわけにはいかない。
それから、あの物音。ドサッというあの音は、レニーの遺体をあそこに置いた音だったんじゃないだろうか。もしそうだとしたら、あんなに跳ねるほど血液が流れ出ているのはおかしいのではないか。殺してすぐにあそこへ運んだのだろうか。
そして──あの『A』の文字。
(どこかで、見たような……)
どこで見たのか全く思い出せないが、たしかに見たような記憶がある。…もしかしたら、幼少期に友人の誰かが遊びで描いたものを見ただけかもしれないが。
しかし本当に『A』の文字を見たのだとしたら、ルーンはアマラントの事件に遭遇していることになる。
(でもそんな記憶はない…。まさか忘れているとか?いやいや、そんな事件に遭遇したんだったら普通覚えてるはずだろ…)
ルーンはしばらく、うーんうーんと考えていたが、結局なんの答えも見つからず、スティンガーの寝息で睡魔も襲ってきたので仕方なく寝ることにした。
この数分後、ルーンの寝相の悪さによる異音や破壊音を聞きつけたリュインが部屋に突撃し、なおかつそのリュインにルーンが寝ながら回し蹴りを叩き込むという惨事が起こることとなるのであった。
──ガーネットの街。花が咲き乱れる自然豊かなその街には一つの魔法高等部が存在している。城下であるルビーの街や南方のサファイアの街などにも魔法高等部は存在しているが、それらに比べると規模はとても小さく、全校生徒の数も雲泥の差である。小規模かつ少人数、ラタシリア東高等部。ルーンたちはその校門前に佇んでいた。
「…なんでお前いんの…?」
「ハゲじゃねーか」
「なんでとはひどいじゃないか、ルーンくん。まあ僕も君たちと同じ学校になるとは思っていなかったけどね!あと僕の名前はジャスティンだよスティンガーくん!」
「それにしても五人だけって、本当に少数精鋭って感じね」
「今日からみんな同級生だね、よろしく~」
ルーン、スティンガー、イリシアの三人に加えてジャスティンとコスモが揃っていたのだ。一応新入生がルーンたち以外に二人いることは聞いていたが、まさかすでに知り合いとなっていたこの二人とは。
「おいお前たち、いつまでそこに突っ立っているつもりだ?入学式を始めるから早く来い」
「げえ…」
校門にやって来たティニーに、スティンガーが嫌そうな顔をした。それを見たティニーもまた眉間に皺を寄せたが、スティンガーに構っている暇はないと判断したのだろう、くるりと背を向けて体育館の方へと歩き出した。
慌ててルーンたちが後を追えば、そこには通常よりも大きな体育館があり、そして中には。
「やあ諸君。よく来てくれたね。ラタシリア東高等部へようこそ」
だいぶ薄くなった金色の髪にとは対照的に豊かに蓄えられた髭。青い瞳は優し気に細められていて、ルーンたちを迎えるその姿に安心感すら抱いてしまいそうになる。が。この人物を知らぬものなどいるはずもない。
「カ、カーマイン皇帝!?」
「うそでしょ、なんで皇帝がこんなところに…!?」
驚愕の表情を浮かべながら、ルーンたちは並べられた椅子に座る。
「へー、皇帝なんだなこのおっさん」
「スティンガー、お前まじで言ってる!?」
「あなた失礼にもほどがあるわよ!?というか常識じゃない!?」
「スティンガーくん、君は本当にラタシリア国民かい…?」
「カーマイン皇帝を知らない人なんていたんだねぇ…」
さすがに同級生四人から引かれたスティンガーは少々むっとしたらしく、ふい、と顔を背けてしまった。
「まあまあ君たち!今日から同級生としてやっていくんだからそんなにいじめたらダメだぞ!…ではわしのありがたい話を心して聞くように!」
それからのカーマイン皇帝の話はそれはそれは長かった。体育館に入ってもう二時間になるが、終わる兆しを見せないほどだ。
スティンガーにいたっては隠すつもりもないのか堂々と寝ているし、コスモも話を聞いている風を装っているが首が時々カクンカクンしているので寝ていると思われる。もはやつまらなそうにしつつも話を聞いているイリシアと、じっとカーマインの話に耳を傾けているジャスティンの二人だけが相槌を打っている状態だ。
ルーンもなんとか話を聞こうとするのだが、なにせ内容が薄いのですぐに集中力が切れてしまう。これはスティンガーやコスモのように、寝てしまうのが正解だろう。
しかしカーマインのすぐ近くに立っているティニーを見て、そういえば、とルーンはふと思い出したことがあった。
「……おい、なんだこのボロ小屋は…?」
二日前。自宅にいたルーンたちの前に、ティニーが現れた。
「おれらの家ですけど何か?」
「家、だと…?」
相対したルーンとスティンガーは、信じられないものを見る目で家を見上げるティニーに茶を出した。
「粗茶ですが」
「ああ、ありが………ただの水だな?茶の要素はどこにも入っていないように見えるんだが?」
「まあ気にすんなって。つーか飲み物出してやってんだからありがたく思えよ」
「お前らは普段客人に飲み物すら出さないのか…?」
「そもそも客人なんて来ないんで」
ティニーが受け取った水に口をつけるのを見て、スティンガーが呟く。
「本当はその辺の水溜りの水なんだけどな」
「ぐぇっほ、ごほごほごほっ!?お、おま、なんてものを!」
「だ、大丈夫ですよティニーさん!それ、ちゃんとイリシアのとこの水道から出した水なんで!」
「冗談だっての。本気にすんなよ」
べ、と舌を出すスティンガーに、ティニーはチッと舌打ちをした。
「このクソガキ…」
「つーか要件はなんだよ」
「いや、入学式の話なんだが…。それよりこのふざけた家は一体どういうことだ。セキュリティという言葉に聞き覚えはないか?」
「うっせーなぁ。人ん家の事情に口出ししてくんなよなー」
「やっすい大工に超スピード施工してもらったらこうなりました」
「さてはお前たち、バカだな?」
ティニーは切り株に腰掛けた。
「……仕方ない。家くらい建ててやろう」
「まじか!!」
「嬉しいですけど、大丈夫なんですか?」
「問題ない。皇帝のポケットマネーだしな」
「問題大ありでは!?許可取ってないですよね!?今決めたやつですよね!?」
「大丈夫だ。なぜなら皇帝だからな」
「だからなにが大丈夫なん!?」
皇帝のポケットマネーを無許可で使うなど問題でしかないと思うのだが、ティニーがいいと言うならいいのだろう。ルーンとスティンガーは無理矢理納得することにした。
「だいたい『4つの器』の所持者であるにも関わらず最低限のセキュリティすら死んだ場所で暮らすなんて、護衛の一人でもつけないとこちらとしては全くもって安心できないんだよ」
「……スティンガー、お前それどっかの金庫とかに預けとけば?」
「…それはあまりおすすめはできないな」
「え、なんでですか」
ルーンの提案に、ティニーは首を横に振った。
「『4つの器』には武力の神の力が宿っている、という話はしたな。その武力の神の力っていうのは、所有者と器を繋いでいるようなものなんだ。だから所有者でなければ器の持つ武力の神の力は使えないに等しい」
「…あれ、だとするとアマラントはなんで『4つの器』だけを探してるんですか…?所有者も連れてこないと意味ないんじゃ」
「…所有者が死ぬか、正式な譲渡を行うかすれば所有権が他人に移るんだよ。だが正式な譲渡なんて面倒で時間がかかるだけだ。だからアマラントは持ってそうな貴族たちを手っ取り早く殺して回ってるんだ」
だが、とティニーは続けた。
「所有者より先に器が見つかってしまうと厄介なことになる」
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