第10話 入学試験・4
男子Bと二人の男子が逃げ出した部屋にはルーン、スティンガー、イリシアの三人が取り残された。
三人はこの階にも“台座の間”もそれに繋がるヒントもないことを確認すると下の階へと降りていく。それをひたすら繰り返して現在92階。
「あ、朝日だ」
明るくなった空。暗がりの塔の中に日の光が差し込んできた。
「やべーな。このペースだと多分間に合わねーぞ」
まだ結構受験者たちは残っているようで、疲労困憊しながらも“台座の間”をひたすら探していく姿をよく見かけた。
「……あの、間違ってたらごめんなんだけど」
「なんだ?」
「何か分かったのか?」
イリシアが歩き回っていた足を止めて呟いた。それにルーンとスティンガーもまた足を止めた。
「最初にレ…男子Aたちとすれ違ったのが110階よね」
「いやそこはレニーって言ってあげろよ」
「なんでわざわざ男子Aと言い換えた?」
「……レニーたちと交戦したあと、私たちはどんどん下に降りて行ったけどまた別の人たちとすれ違ったわよね?」
レニーたちと戦ったあと、たしかに上へ行く受験者たち何人もとすれ違った。ルーンはそうだな、と相槌を打った。
「あのね、レニーたちがどれだけ部屋を適当に確認しながら上へ登ってきたんだとしても、後から続く別の人たちが全員適当にしか確認しないなんてことないと思うのよ」
「えっと、つまり?」
「つまり、5階から120階に“台座の間”は存在していない」
「ええええ!?」
「いやそんなわけないだろ!?だってこの塔は120階建てで…」
「ここの王神の塔についての情報を思い出してみて」
この王神の塔は高さ約500メートル、およそ120階建て。およそ、というのは階によってはさらに上下に分かれている部屋もあるから。1階から4階はホールのようになっているのでそこに“台座の間”はない。4階から下の階段はスティンガーが破壊した。
「いや、全然分かんねー」
「おれも。………あれ、ちょっと待てよ」
何かがルーンの脳に引っかかる。
「……1階から4階はホールになってるから、“台座の間”はないんだよな?」
「監督官はそう言ってたな」
「でもこの塔って、部屋によっては上とか下にも部屋があったりするんだよな?」
そして、5階から120階の間に“台座の間”はない。
「なるほど、そういうことか」
「は?どういうことだよ」
「私たちが探していない場所が一つあるわ」
「これはたしかに盲点だったな」
「?」
全く分からず首を傾げるスティンガーはしばらくしてようやく、あ、と声をあげた。
「4.5階か!!」
4階より上で5階より下となればもうそこしかない。つまり、4階のどこかにある上の部屋。
「一階ずつ確認してみたけど、上と下の両方に部屋がある階はなかったのよ。あるとしたら必ず上か下のどちらかだったわ。だからその上下の部屋を数えるのであれば0.5として数えるしかないはず」
イリシアはそう言うと、ルーンとスティンガーを見た。
「どうする?合ってるかは分からないわ。もし違ったらかなり大幅な時間ロスになる」
上に登ってくるときはイリシアの竜巻で楽に行くことができたが、下に降りるとなるとそうはいかない。それに、自力で行くならその分時間もかかる。もしも4.5階が間違っていたら、かなりのタイムロスだ。
「そりゃあ…」
ルーンとスティンガーは顔を見合わせてニッと笑った。
「「行くに決まってんだろ!」」
イリシアはその言葉に一瞬目を見開いたが、すぐにプッと吹き出した。
「もう、ちゃんと考えたの?」
「イリシアがいる時は頭使うのはイリシアに任せてるし」
「それにイリシアが間違ってたことなんてほとんどないしな」
「そんなことないと思うけど、ありがとう」
イリシアは、でも、と続けた。
「本当に違うかもしれないわよ」
「そん時はそん時だって!」
「大丈夫大丈夫、オレら行き当たりばったりで生きてるようなもんだから」
「……妙な説得力があるわね」
「ま、とりあえず行ってみようぜ!」
ルーンたちは部屋を出ると階段を駆け降りた。
「あ」
4階のホールまで来ると、どうやらイリシアと同じく4.5階を探しに来たらしい少女がいた。ルーンたちは彼女のその容姿に目を瞬かせた。桃色の長い髪をツインテールにした少女の頭からは猫耳のようなものが生えていたのだ。
「あ、あの…?」
「うん?」
壁をぺたぺた触ってみたり、床を踏み鳴らしたりしていた猫耳少女はルーンを振り返った。それと同時に、猫耳少女の背後に大きな影が現れる。
「!?!?」
「ま、魔物か!?」
「こんなところに魔物なんて出ねえだろ!!」
「ちょ、猫耳さん!!あなたやばいもの憑いてるわよ!?」
「えっ、そっち系!?エクソシスト呼ばなきゃ!?」
得体のしれない化け物の出現に、ルーンたちはわあわあとパニックに陥る。
しかし、そんなルーンたちを見た猫耳少女は不思議そうに言った。
「この子はコスモのにゃんにゃんだよ?」
「ふぁっ?」
「……コスモの、にゃんにゃん?」
「にゃんにゃん……?」
コスモのにゃんにゃん。
つまり猫耳少女の名前がコスモで、にゃんにゃんとは猫のことだろうか。
「……猫?」
「いやいやいや!!サイズ感おかしいって!!」
「猫じゃなくてネコ科の間違いよね!?」
猫耳少女の背後に佇むシルエットはどう見ても化け物にしか見えない。目つきは凶悪で、体躯は熊と遜色ないレベルだ。
「もー!失礼だなぁ。コスモのにゃんにゃんはにゃんにゃんだよぅ!!」
ここが耳でー、ここが尻尾でー、と指で差しながら説明しだす猫耳少女の指先を見ればなんとなく猫っぽい気がしないでもない。
「ていうか、そのにゃんにゃんは何なんだよ…」
「コスモの魔法だよ?」
「魔法」
スティンガーの問いに答えたコスモは首にかけたスケッチブックを見せた。
「これ、ここににゃんにゃんを描くの。そしたら具現化できるの。それがコスモの魔法だよ!」
「…なるほど、具現化魔法ってことね」
「モード:猫だよ!」
猫耳少女は、あ!と言うと、ルーンたちを見た。
「コスモはコスモ・ランガリアだよ!よろしくー」
邪気のない顔でにぱっと笑った彼女は、今度はイリシアを見た。
「4.5階に“台座の間”がある可能性があるんだよね、イリシアちゃん!ちょっと手伝ってもらえる?」
「…ちょっと待って、まだ名乗ってないのにどうして私の名前を知ってるのよ」
一瞬同じ中等部かと思ったが、こんな子はいなかったと思い直す。
「コスモのにゃんにゃんとコスモの猫耳は繋がってるの!」
「繋がってる?」
「あのね。コスモはにゃんにゃんたちをいろんな階に行かせたのね。するといろんな受験者たちが“台座の間”についての考えを口に出したりするでしょ?それをにゃんにゃんたちに聞かせると、コスモの猫耳に伝わってくるっていう仕組みなの」
「へ、へぇ…。つまりオレらの話もダダ漏れだったわけだ…」
「なるほど、攻撃系の魔法じゃなくても使い方を工夫すれば十分合格の可能性はあるのか…」
「それはそうと、コスモ。あなた、自分の魔法のことそんなにペラペラ話してしまってもいいの?」
イリシアの言葉に、コスモはまたにぱっと笑った。
「大丈夫だよ!だってイリシアちゃんたち、入学が決まってるんでしょ?」
「そこまで聞いてたの!?」
「というよりどこから聞いてた!?」
「…やられたわね。まさか一番の強敵が攻撃系の魔道士じゃないなんて…」
この分だとおそらくルーンたち三人の会話はほとんど筒抜けだったということになる。
「だから三人はコスモの敵じゃない。むしろ、先を行ってるんだもんね。コスモも追いつかなきゃ!」
「ポジティブかよ」
「純粋だなぁ」
「で、コスモ。私たちは何を手伝えばいいの?」
先ほどコスモは手伝ってほしいと言っていた。そのことをイリシアが口にすると、コスモはスケッチブックを閉じた。それと同時に背後のにゃんにゃんも消えたので、彼女の魔法はスケッチブックを開いている間に発動するものらしい。
「ここにさ、踏むとちょっと沈み込む床が三箇所あるの」
「えっ、そうなの!?」
「すげぇ!!」
コスモが指し示したうちの一つにルーンが立つと、確かにガコッと沈み込む。しかし何が起こるわけでもない。
「多分、三箇所同時に踏まないといけないんだと思うの。コスモのにゃんにゃんたちじゃ反応しなくてさぁ…」
「魔法じゃダメってことね」
「つまり最低でも三人はいなきゃいけないのか」
「ってことはこれ、最終的には協力プレイってことなんだな」
イリシアはちらりと天井付近に揺蕩っている撮影魔道具を見た。あの撮影魔道具がここにあるということは、どうやらこの付近に“台座の間”があるとみて間違いないだろう。
「ルーン、スティンガー、任せたわよ」
「あっ、ハイ」
「うん、だろうなと思ってた」
「すごいなぁ、三人の力関係が今よくわかったよ!」
「…言っておくけど私は何か起きたときのための対処要員だからね?」
コスモが沈む床の上に乗ったのを見て、ルーンとスティンガーも床へと乗った。すると数秒もしないうちにガタンっとどこからか音がした。
きょろきょろと辺りを見渡すが、変わった様子はない。
「あ」
「どうした?」
スティンガーの目線の先を辿ると、本棚があった。その、ちょうど上に。
「なんであんなところに階段が現れるのよ!」
「壁に見せかけた扉が開く仕組みかぁ」
「この入学試験、実はすごく面倒くさいのでは」
本棚を足掛かりにしてなんとか階段まで上がると、ルーンたちは顔を見合わせた。
「とりあえず、ここが“台座の間”だと信じよう」
「うんうん!三人ともありがとう!」
「お互い様よ。私たちもヒントを探す手間が省けたわけだしね」
「じゃあ行くか!」
ルーンたちは階段を駆け上がった。
「ずいぶん遅かったな?」
「……遅かったですか?」
石造りのその部屋には台座のようなものと、そしてティニーが待ち構えていた。
「まあいい。ここが“台座の間”だ」
「てことは」
「ルーン・フレイム、スティンガー、イリシア・ウィンドミル、コスモ・ランガリア。お前たちは合格だ」
「やったー!」
わーいわーい、と喜ぶコスモを尻目に、イリシアがティニーに尋ねる。
「私たち、何番目くらいだったんですか?」
「ざっと数えて100番くらいだ。早いやつは昨日のうちにここに辿り着いたみたいだぞ」
ここで待つのは交代制だからどんなやつか俺は見てないが、とティニーが言う。
「ま、午前中の内に辿り着けたんだからいいだろ。時間ギリギリってわけでもないしさ」
「そうそう。で、オレらはこれからどーすんの」
スティンガーが聞くと、ティニーは一つの扉を指さした。
「夕方まで別室で待機。時間になったら今後のことについて説明するからだらだらしてろ」
「はぁい」
「くれぐれも、問題ごとは起こさないようにな?」
ティニーに念を押されたルーンたちは大人しく示された部屋へと入った。
その部屋には仮眠をとる者、用意された食事に手をつける者、暇を潰そうと談笑している者など、様々な同年齢の男女がいた。コスモはお腹が空いたのか、さっそく椅子に座り、テーブルの上に置かれた果物に手を伸ばし始めた。
「おや、誰かと思えばルーンくんたちじゃないか」
「げっ」
ルーンたちがどこに座ろうかと室内を見渡していると、スキンヘッドが近寄ってきた。
「げっとはなんだ。失礼ではないかな?」
「そんなことより、ジャスティン。あなただいぶ早かったのね」
「いやいやそんなことはないよ。僕がここに辿り着いたのは一時間前さ。たまたま見つけられてね」
「ふーん」
ルーンたちは近くのテーブルに座ると、置いてあったお菓子をそれぞれ手に取った。
「まあ僕は優秀だからね!そもそも数時間あれば辿り着けるものさ。なぜなら僕は優秀…」
「お、スティンガー。チョコレートあるぞ」
「ん」
「こっちにもあるわよ。はい」
「おーさんきゅ」
「君たち僕の話を聞いていないね!?あとスティンガーくんはチョコレートが好きなのかな!?あげるよ!!」
「へえ、ハゲお前いいやつだな」
「ハゲではないぞ!スキンヘッドだ!」
ルーンたちは別室で寛ぎながら、夕方までの時間を過ごした。
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