第9話 入学試験・3
「私を天下の風魔道士様と揶揄っておきながら挑んでくるなんて、相当な物好きのようね」
「なんとでも言え。軍の推薦を蹴った上に中退したような奴に進学する権利はないし、おれが負けるはずがない!」
少し離れたところでその様子を見守っていたルーンはなんとかその男子の名前を思い出そうとしていた。
「たしか、ずっと二位だったやつなんだよなぁ…」
「ふーん?オレは全く知らねーけど」
「まあお前は座学の成績には興味ないよな…」
あの男子を仮に男子Aとしよう。プライドが高いらしい男子Aはどうやら在学中にイリシアに一度も勝てなかったことがとにかく許せないようだ。たしかに校内に張り出される上位十名の中、彼はずっとイリシアの下に付けていた。
「可哀想だな、男子A」
「え、お前そんなこと思う奴だったっけ」
「ルーン、お前はオレをなんだと思ってんの?オレだって同情くらいする」
ルーンはスティンガーがそう言ったことに驚いた。あまり他人のそういう気持ちには縁がないような奴だと思っていたのだ。
「だってあいつ、今からイリシアにぶっ飛ばされるんだろ?」
「………へ?」
男子Aが、イリシアにぶっ飛ばされる。いや、そんなこと分からないじゃないか。もしかしたら男子Aも相当頑張ってきたかもしれないし、イリシアの中退でなおさら強くなったかもしれない。ああいうタイプは勝ち逃げされるのも嫌いそうだから。
………でも。
イリシアが負けるイメージはなぜだか想像できなかった。
「……たしかに、そうだな。うん、あの男子Aはイリシアにぶっ飛ばされるわ」
「だろ?可哀想に。あれ結構な威力なんだぞ」
「あー、スティンガーは経験者だもんな」
「そうそう。イリシアの強さはオレが保証する」
スティンガーは日頃からイリシアの風魔法の餌食にされている。そのほとんどがスティンガーの自業自得ではあるのだが、イリシアの強さを身をもって体験しているのでかなり説得力がある。
「ま、男子A。頑張れよ」
「うるさいぞそこの茶髪!黙って聞いていればこのおれがぶっ飛ばされるとかなんとか言いやがって!!そしておれは男子Aじゃない、レニーだ!…まあ、お前のような不良におれの強さが分かるわけないか。黙って見ていろ。イリシアが無様に負ける姿をなッ!!」
男子Aもといレニーはスティンガーにそう言い放つと、イリシアに向かって掌を向けた。
「
レニーの手から無数の鋭い風が飛んでいく。もちろんその先にいるのはイリシアだ。
「なるほど。イリシアと同じ風属性魔道士な上に、同じ放出系なのか。そりゃあライバル視するよな」
「イリシアの眼中にはねぇだろうけどな」
そんな会話をするルーンとスティンガーをよそに、イリシアはレニーの風刃を同じく風魔法で相殺した。
そしてイリシアは目を閉じた。ぐっと拳を握ると魔力が徐々に放出され始め、彼女の周りを風が吹き荒れ始めた。レニーが追撃を繰り出すも、彼女が纏う風に弾き飛ばされる。
「クソッ」
若草色の長いポニーテールがふわりと揺れる。そしてイリシアはゆっくりと、その鮮緑の瞳を覗かせた。
バッと床に両手をつき、魔力を放出する。
「
「ぐあっ!!」
一瞬地鳴りがしたかと思えば、次の瞬間にはもう地面を抉るような巨大竜巻が発生していた。ゴオオオオという轟音と共に吹き荒れる強風は中心で渦を巻く。上に伸びるその竜巻はやがて上の階をどんどん突き破り、屋根にまで穴を空けた。しかし自然界でもなかなか見ない巨大竜巻だというのに、近くの人間や物を巻き込むことはない。その完璧な魔力操作に、レニーの戦いぶりを見守っていた男子三人は唖然としていた。
「このっ…!風神之槍!!」
イリシアの竜巻に吹き上げられたレニーは落下しながらイリシアに向かって風の槍を飛ばすが、新たに作り出された竜巻の壁に吸い込まれていくだけだった。
「なっ」
「暴風:荒波!!」
そしてレニーは、竜巻の中から現れた風の荒波によって、部屋の外へと吹き飛ばされていった。
「今回も私の勝ちね」
イリシアが竜巻をバックに髪をなびかせながらそう言った。自信に満ちた笑みを浮かべ、堂々とした姿は誰の目にも美しく映った。いつもいつもルーンとスティンガーの荒事に巻き込まれ、時には泥をかぶり埃まみれになり、そして時には怒りに顔を歪めたりするから全くそんな印象はないのだが、彼女は美人なのだ。しかし今の彼女の姿は、ルーンとスティンガーにとって美人というよりは。
「かっけえええええ!!」
「一周回って恐ろしいけどかっけええええ!!」
あまりにも呆気なく終わった戦いに、男子三人はじりじりと後退していた。
「ちょっと待ちなさいよ、男子B」
「男子B!?」
「あなたも私のこととやかく言ってたみたいだけど」
イリシアがもう一人のクラスメート、男子Bに近づいてその肩にポンっと手をかけた。
「──無事に合格するといいわね?」
にっこり微笑んだイリシアの姿を見た男子Bはヒッと情け無い悲鳴をあげた。
「どうしようかしら。ルーン、ここでは他者を蹴落としてもいいってルールだったわよね?」
「へ?あ、うん」
イリシアがルーンを振り返って尋ねる。
「ちょ、ちょっと待て!!おれたちは同じく魔法高等部入学を目指す者だろう!?協力すべきとは思わないか!?」
「はあ?お前どの口が言ってんだよ?散々イリシアを悪く言ってたくせに」
「そ、それはレニーに言わされただけなんだ!」
「そ。じゃあつまりあなたはレニーの腰巾着だったってわけ」
イリシアが冷ややかにそう聞けば、男子Bはコクコクと首を立てに降った。
「だからおれはお前の敵になりたいわけじゃ」
「知らないわよ。信用できるわけないじゃない」
「そうそう。イリシアとスティンガーにぶっ飛ばされたくなかったら今すぐどっか行った方がいいと思うぞ?」
ルーンは親切心でそう言ったのだが、どうやら男子Bは好意的には受け取らなかったらしく。
「うるさいッ!Cクラスだった分際で偉そうに言うな!お前だけでも脱落させてやる!!」
「おれだけ落差ひどくない!?」
スティンガーもCクラスだったのに、というルーンの悲痛な叫びは男子Bに届くことはなかった。
こちらに向かって伸ばされる蔦を避けながら、ルーンは腰の刀に手をかけた。男子Bの植物系の魔法なら、ルーンの火の魔法が有利だろう。なにより男子Bは蔦でルーンを巻き取って部屋から放り出そうという魂胆らしいので、それを燃やしていけば向こうは手も足も出ないはず。
そう思っていた時が、ルーンにはあった。
「うわっ」
「隙ありっ!」
足を蔦に引っ掛けられ、体勢を崩したところを狙われる。ルーンは鞘から刀を抜くと、力を込めながら横に薙いだ。
「火炎斬!!」
ザシュッ
「……あれ?」
炎を纏わせたはずの刀身は変わりなくその銀色を輝かせたまま。
つまり、炎は出ていない。蔦は普通に切れただけだ。
「ハッ、さすがはCクラスの雑魚だな!魔力操作もできない奴が進学とは面白い冗談だ!」
「た、たしかに!?」
「いや、ルーンは納得しちゃだめでしょ」
自分の刀を見てはっとしたように言うルーンに、イリシアが鋭く言った。
しかし次の瞬間、ルーンの身体は燃えた。何を言っているか分からないと思うが、文字通り燃えているのである。
「はえっ!?」
「お、お前、身体が燃えて」
「ルーンお前、なに自分に炎纏わせてんだ!?」
ゴウゴウと燃えるルーンは自分がなぜ燃えているのか、そしてなぜこんなことになっているのか分からないでいた。しかしきっとこれは要するに。
「お、おれが火炎斬!」
「お前が火炎斬だと!?」
ルーンは男子Bとその向こうにいる男子二人に向かって走り出した。もちろん、燃えながら。
「こ、こっちに来るなッ!!」
「おれが火炎斬なので!!」
「ぎゃああああ!!」
「ぼくら二人は関係ないはずだよね!?ねぇ!?」
部屋内は阿鼻叫喚である。燃え盛るルーンから逃げる男子Bと男子二人。ルーンの身体が燃えている以上、男子Bの蔦でルーンを絡め取ろう作戦は不可能である。燃えているので蔦を伝って火が男子Bへと直接届いてしまうのだ。
「ねえスティンガー」
「ん?」
「男子Bも可哀想よね。ルーンの魔力操作が下手くそすぎるせいで、こんな無様なことになって」
Aクラスであったはずの男子BはまさかCクラスだったルーンに背を向けて逃げるなんて考えてもいなかっただろう。
「なんだか気分がいいわ」
「そーかよ」
にこにこと笑うイリシアと、それに返事をするスティンガーはルーンの戦いを離れたところで見守っていた。
──入学試験監督室。ここでは試験監督たちが撮影魔道具によってリアルタイムで受験者たちを観察している。
「ぶっは、なんか変なのいるじゃん!」
ふいに聞こえた声に、ティニーは自身の背後を振り返った。
「どうした、シン。お前はこっちの担当じゃないだろう」
まさかサボったんじゃないだろうな、とティニーは撮影魔道具に映し出された映像を覗き込むシンを見た。
しかしシンはそんな視線などまるで気にしていないようで、映像を見ながらケラケラ笑っている。
「もしかしてこいつがルーン・フレイムか?幼児と同レベルの魔力操作だな!その辺のクズでもこれより上手くやんぜ?」
「おい、用件を言え。本当にサボりじゃないだろうな?」
「んなわけねーだろ。ちょっとした伝言があってな」
「伝言?」
するとシンはティニーの肩に腕を回し、他に聞こえないよう小さな声で用件を言い始めた。
「トレインジャックで牢獄送りになったアマラントの二人が死んだ」
「はっ?」
「静かに。軍の牢獄で死んだってことは
「……誰が信用できるか分からないってことだな」
「そ。とりあえずこっちにいた奴らは犯人じゃねぇと思うが、誰が繋がってるか分かんねぇからな」
シンはそう言うと他の監督官たちをちらりと見やった。全員映像をじっと見ていてこちらを気にする者はいない。
「それからこれはカーマイン皇帝から。もしかしたら東高がアマラント殲滅のための学校だと向こうにバレた可能性がある。襲撃に注意せよ、と」
「……了解」
アメジストの瞳の持ち主はティニーの返事を聞くと満足げに頷いた。
すると、監督室の扉がドンドンドンと叩かれた。
「ちょっとシンさーん!?訓練の途中に勝手に消えないでくださいよー!ぼくが上官たちから怒られるはめになるんですからねー!?」
聞いてますー?シンさーん!?と扉の向こうで叫んでいるのはおそらくシンの部下だろう。その騒々しさに、数人の監督官が眉間に皺を寄せ、チラチラとシンに視線を送る。
「あーはいはい。キャンキャンうるせぇな。今行くからその辺でクソでもして待ってろ。……それと」
「なんだ」
あまりのシンの言いように扉の向こうにいる部下に同情したが、シンの口の悪さは今に始まったことではない。ティニーは呆れたようにシンを見た。
「ルーンと戦ってるそいつ。間違っても軍になんか入れるんじゃねーぞ。戦いの最中に背中を見せて逃げ出す奴なんざ家畜の餌にもなんねぇからな。食うところがある分ブタのがマシだ。……ああでも、軍に志願してきたら俺のところに入れてくれてもいいかもな。血反吐撒き散らすまでそのクソみたいな精神叩き直してやらぁ」
そう言ってへらりと笑いつつも、ぎらりとアメジストの瞳を光らせたシンに、ティニーはうっかりその光景を想像してしまった。周りで聞いていた監督官たちも同じだったようで、顔を青ざめさせている。
シン・バーストはティニーと同じく幻世の七鞘だ。百九十センチある身長と軍で鍛えられた身体。そして世間の女性たちからキャーキャー言われるほど整った顔立ちをしているが、とにかく口が悪い。そして──かなり強い。あの男子Bのような根性をした者はもれなく圧倒的な強さを誇るシンにボコボコにされるだろう。手加減をするかどうかも怪しいので、最悪死ぬ。
「…頼むから、死人は出すなよ…?」
「俺を殺人鬼にしたくなかったら根性のある奴を軍にお招き差し上げろ」
「元より教官はみんなそのつもりだろう」
それもそうだな!と笑ったシンは、じゃあな、とようやく監督室を出て行った。
「ったく、本当に自由なやつだな」
ティニーは一人そう呟くと、映し出されている映像に視線を戻すのだった。
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