第8話 入学試験・2
──王神の塔のどこかにある“台座の間”にたどり着いた者から順に合格とする。
──なお、魔法の使用は可。他の受験者を妨害するも良し、蹴落とすも良し。ただし殺してはならない。
「こんなに体力的な試験だとは思わなかったわ!」
「おれもだよ!」
「とにかく“台座の間”ってとこに行けばいいんだろ?簡単じゃねぇか!」
「どこがよ!?」
ルーンたちは塔の階段を全力疾走していた。
ラピスラズリの村の駅に着くとそこにはティニーを筆頭に数人の軍人が待っていた。受験生が揃ったところで案内されたのは、ラピスラズリの村の中心にそびえ立つ王神の塔という建物だった。
王神の塔は高さ約500メートルの塔であり、およそ120階建ての建造物である。およそ、というのは階によって天井の高さが違ったり、部屋によっては上下の部屋が存在する場所もあるので正確な階数は不明とされているためだ。なので外から窓の位置で階数を予想していると必ずどこかでズレが生じて混乱してしまう。
そんな王神の塔のどこかにある、“台座の間”に明日の夕方までに辿り着くことが今回の入学試験の合格ラインだと言う。王神の塔の内部の地図は試験監督であるティニーたちしか持っていないので、虱潰しに探していく他ない。
「でもどうする、これだけ人がいたんじゃ動きずらくないか?」
「そうね、まだ始まったばかりだし今の内に一掃しておきましょうか。スティンガーよろしく」
「おう。任せろ!」
塔の階段を駆け上がりながら後ろを振り返ったスティンガーはにやりと笑い、背に背負った大剣を片腕で引き抜いた。
その様子を間近で見た背後を走っていた者たちはぎょっとした。大剣と言えば軍人ですら両手でないと扱うことが難しいと言われる武器である。かなりの重量があるはずのその武器を、高身長とはいえ筋骨隆々という体躯には見えない少年が軽々と操ってみせたのである。
「な、嘘だろあいつ…!」
「大剣を片手で!?」
スティンガーはくるりと背後を振り返って立ち止まると、片手に持った大剣をザクッと階段に突き刺した。
「お、おいお前何して…」
「なんの魔法を使う気だ!?」
しかし、身構えても何かが起こる様子はない。ただの大剣使いなのか、と警戒を解く者が現れ始めたとき、それは起こった。
急にグラリ、と階段が揺れた。
スティンガーは柄を握った手に力を込め、はは、と不敵に笑った。
「
階段に突き刺さった大剣が一瞬光ったかと思えば、足元からものすごい音がし始めた。バキッ、ドゴッ、ドガガガガガ!!といったような道路工事をも凌駕する嫌な音が。
そしてついに、ゴゴゴ、と音を立てて地面にヒビが入った。
「うわぁぁぁ!?」
「おい下がれ!階段が崩れるぞ!!」
「あいつまさか、大地魔法の魔道士か!?」
ドカァンドカァン!!という爆発音に近い音をあげると、階段は大剣を中心に放射線状のヒビが入り、隆起と沈降を同時に発生させた。
あまりの激しさに立っていられなくなり伏せていた者や、どうにかしようと魔法を出そうとしていた者がなんとか顔をあげると、もはやそこは別世界のようだった。
塔の壁は4階から下が剥がれ落ち、階段もずいぶん遠くなっている。
そうしてようやく気がついた。自分たちはあの大地魔道士に4階から落とされたのだと。気がついたら4階までの階段と壁の瓦礫と共に地面に転がされているなんて、屈辱的以外の何物でもない。そしてスタート地点に戻された上に、魔法を使わずに4階へ行くルートが消え去った。
「あ、あの野郎…!!」
「急げ!!まだ始まったばかりだから追えば間に合うぞ!!」
果たして、階段のなくなった4階へ行けるのは何人か。
「まったく、やりすぎよ…」
「いやいや、あの魔法と魔力で小技まで使い始めたらただのチートだからこのくらいでいいよ…」
派手な崩壊音に、安全圏まで避難していたルーンとイリシアはスティンガーの元へ戻った。
「ふふん。どーよ、オレ様の魔法は?」
「本当、希少に希少が組み合わさってるのに頭がトリ以下だなんてもったいないわ」
「…今オレのことバカにした?」
「…………褒めたわよ?」
「そう?ならいいや」
「単純かよ、謎の間を気にしろ。そしてバカにされてることに気付け」
ルーンたちはスティンガーが大剣を鞘に納め直すのを確認すると再び階段を駆け上がり始めた。
「でもこれで受験者の半分はタイムロスするはずよ」
「あとは先に行った受験者をどうにかしてから台座の間を探すか、それとも台座の間を探すことに集中するかだな」
「120階もあるとなると時間かかるな」
1階から4階はホールのようになっているため、そこに“台座の間”は存在しないと試験監督である軍人の一人が言っていた。つまり5階以上にしか“台座の間”は存在しない。だからスティンガーは4階から下の階段を破壊したのだ。
「まだ時間はあることだし、上から下に探していくことにする?階段を一気に駆け上がって行く人はいなかったみたいだし」
「そういやみんな5階とか6階とか、どこかの階に入っていったな」
「さすがに一気に120階までは行けないでしょうね」
スティンガーが後ろの受験者たちを足止めしているときにルーンとイリシアは先を行く受験者の動向を少し見ていたのだが、階段を駆け上がり続ける者はいなかったように思う。ここの階段は足音が響くのでよく分かるのだ。まあ、魔法を使って移動しているなら話は別だが。
「私たちは入学が決まっているとはいえ、あまり無様な姿は見せられないわ。一番ではなくても必ず“台座の間”は見つけなきゃ」
「ティニーさんにおれたちの魔法見せなきゃだしな」
「んじゃ、120階まで行ってみるか!」
ルーンたちは途中の階層に入ることなく、ひたすら上を目指し始めたのだった。
猛吹雪の中を、一人の男が歩いていた。よろよろと歩く様はどこか頼りないが、しかしそれでも前方に灯りを発見すると、若干しっかりした足取りへと変わった。
ザクザクと雪を踏みしめる音が冷え切った自身の耳に届き、男はふっと笑みをこぼした。それまで風の音と身体にぶつかってくる雪の音しか聞こえていなかったのだが、どうやら灯りを見つけたことで余裕が出てきたらしかった。
男は灯りの元へ辿り着くと、目の前の木のドアを押し開けた。
「遅かったな、ファイブ」
木のテーブルにだらしなく両足を乗せた美青年が男にそう声をかけた。
「……この吹雪の中を歩いて帰ってきたんだぞ。早い方だろう」
「まあまあ。ファイブさん、温かい飲み物はいかがですか?ちょうどリーフにも淹れたところなんです」
「ありがとうティルリナ。お願いするよ」
男はばさりとコートを脱ぐと椅子の背もたれに掛けた。コートの肩やフードに積もった雪が散らばるが気にも留めない。それよりも男は背に背負った二対の戦斧の方が大事らしく、すぐに水気を拭いにかかった。
「さてファイブ。話を聞こうか」
「おい。少しくらい休ませてくれてもいいだろう、リーフィギリア。それに俺は今忙しい」
「……仕方ないな、この老いぼれめ」
「俺はお前より年下だが??」
小麦色に日焼けした肌、ピンクゴールドの髪。髪よりは少し濃いピンク色の瞳を持つ美青年──リーフィギリアは仕方ないなとばかりに紅茶を啜った。
「もう。喧嘩はダメですからね」
ラベンダー色の長髪を緩く三つ編みにしたそばかすのある女──ティルリナが、湯気の立つカップを男に差し出した。
それを黒髪碧眼の男──ファイブが、戦斧を脇に立てかけながらありがたく受け取る。
「大丈夫だよティル。ファイブはオレより弱い」
「は?なに自分は強い自慢してんだ。ティルリナ、こいつはリーダーシップがあると言うより我儘で自信過剰なだけだ。あまり図に乗せるなよ」
ようやく椅子に腰掛けたファイブは、ティルリナにそう言いながら茶を啜った。
「斧の手入れは終わったな?さあ話せ」
「ったく、どこの王サマだよ。……とりあえず監獄に忍び込んで下っ端二人は始末してきた」
「へぇ。口は割らせてないだろうね?」
「ああ。そのために始末しに行ったんだからな。にしても口封じのために始末するなんて、おたくの部下はずいぶん信用ならねぇんだな?」
ファイブが鼻で笑いながらリーフィギリアを見ると、リーフィギリアは持っていたカップをテーブルに置いた。
「お前の部下でもあるよ?」
「違う。俺は始末屋としてお前らと契約してるだけだ。俺はアマラントのメンバーでも、幹部でもない」
「堅いなぁ」
「そこの線引きは重要なんでな」
ファイブはリーフィギリアを睨んだ。するとこの空気が嫌になったのか、ティルリナが二人の会話に入り込むべく、椅子に座った。
「そういえばアマラントを騙る賊が出たと聞きましたけど?」
「ああ…。残念ながらそっちは自警団の管轄でな。軍の方にしか行けなかったから放置したぞ。どうせ何も知らないただの賊だろ」
「軍の情報はなにか掴みました?」
「軍の情報ねぇ…」
ファイブは思い出すように天を仰いだ。小さな暖炉の火で、天井はオレンジに染まり、影がゆらゆらと揺れていた。
「ラタシリア魔法高等部に新しく東高が加わったらしいな」
「そんなことは二年前から知っている」
「じゃあ、その東高がアマラント殲滅のための学校だってことは?」
ファイブの言葉に、リーフィギリアとティルリナの目が大きく見開かれた。どうやらその話は初耳だったらしい。ファイブはくすりと笑うとさらに続けた。
「しかもどうやら、教師の中に幻世の七鞘の二人がいるらしい。おそらく若い奴らだ」
「……へぇ?そりゃあいい」
リーフィギリアはガタリと椅子から立ち上がり、不敵に笑った。
「オレが斬り落とした右腕が痛くて泣いてねぇといいけどなぁ」
──外の吹雪は止む気配を見せず、積もった雪は次第にその家の灯すら隠していった。
「だーっ!!この塔どんだけ部屋あるんだよ!!」
イリシアの魔法と体力オバケのスティンガーによって早い段階で120階まで到達したルーンたちは、虱潰しに部屋を探し回っていた。
下へ降りながら探してきたが、110階に来たあたりですでに虱潰し作戦は失敗であろうことが窺えた。
「まあ、そうよね。分かってはいたけど」
「分かってたなら言って!?」
「いえ、頭を使って探すにしても何かしらのヒントがないと分からないじゃない?だから私はそのヒントも含めて探してたんだけど…」
「それも先に言って!?オレら適当にしか探してなかったじゃん!」
ルーンとスティンガーが喚くが、イリシアは考え込んだままだ。なにせヒントが一つもないのだ。これでは今までのように虱潰しに探していくほかないが、それでは一体何時間かかるか分からない。そうなると明日の夕方までには間に合わないだろう。
そう考えているとバタバタと下の階から数人駆け上がってくる足音がした。
「クソッ、まだ上があるのか!!」
「やっと110階か…!」
「さすがにそろそろ見つかるだろ!」
「あと10階しかないんだ、絶対にどこかにある」
階段のすぐ近く、ルーンたちのいる部屋に慌ただしく入ってきたのは四人の男子だった。しかしその内の二人の顔に、ルーンとイリシアは見覚えがあった。
「……なんだ、先客がいたのか」
「誰かと思えば軍への推薦を蹴り飛ばした唯我独尊様じゃないか」
「……久しぶりね」
ハッと笑ったのはルーンたちと同じ中学でイリシアと同じクラスだった男子だ。
「中等部も卒業できなかったくせに進学できるとでも思ってるのか?」
「それにまさかCクラスの奴らと連んでるなんてな。天下の風魔道士様も堕ちたものだ」
「あら、じゃあもちろんあなたたちは堕ちた私よりも早く“台座の間”を見つけるのよね?」
「当たり前だ。中退して道楽していたようなお前とは違うんでな」
どうやら二人の男子はイリシアが相当嫌いだったらしい。イリシアもイリシアでそれを分かっていて煽っているのだからこの場の雰囲気が悪くなるのも当たり前のことだった。
「……イリシア・ウィンドミル。お前にはここで脱落してもらおうか」
その言葉に、イリシアの瞳には静かな闘志が宿った。
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