第7話 入学試験・1

「武力の神の復活……って、あれはフィクションなんじゃ」

「おいおい、なぜ武力の神が伝説としてこの世に語り継がれていると思ってるんだ。武力の神はラタシリア帝国の領土拡大に貢献したとさえ言われているんだぞ。実在していたとしてもおかしくはない」


 皇帝に敵対する勢力の存在が、伝説の神を復活させようとしている。あまりにもスケールの大きい話に、ルーンたちの脳は先ほどからぐるぐるしっぱなしある。


「え、えっと、じゃあその『4つの器』がアマラントの手に渡ったらダメってことですよね」

「そうだ。ちょうどアマラントが『4つの器』を探そうとしているらしいという情報を入手したばかりだったんでな。こんなに早いタイミングで所有者が見つかるとは思わなかったが」


 ティニーたちはアマラントよりも先に『4つの器』を見つけ出し、アマラントの手に渡らないようにしなければならないという。


「もしもお前たちが今回の依頼を辞退した場合──」

「ど、どうなるんですか」

「そこの茶髪を軍の牢獄あたりに軟禁するか、アマラントが殲滅するまで二十四時間三百六十五日、護衛という名の軍の監視がつくことになるな。そしてこの情報を聞いてしまった二人も例外ではない」

「えええええ!!」

「そんな!!」

「ま、軍は人手不足だから軟禁の方になるだろうけどな。どうだ、これでも辞退したいというのか?」


 スティンガーは軍で軟禁されることを想像して顔を青ざめさせた。


「ち、ちなみに依頼を受けて東高に入学すると、どんなことがあるんですか…?」

「まず報酬の100万Rが手に入る。その後はクエストをこなしながらアマラントについての情報収集や構成員の確保などを行ってもらう。他の魔法学校より圧倒的に座学は少ないがその分実戦が多いからな。教えるのは皇帝から命を受けた俺や軍所属の者だ。クエストを行いながらだからアルバイトをしなくても報酬金で生活していけるはずだ」


 軍に軟禁されるよりよっぽどいいと思うぞ、とティニーはにっこり笑って言った。


「監視とかしなくていいんですか」

「そもそも所持者当人を強くすれば自衛できるようになるからな。護衛の必要もないから監視もしない。さっきも言ったが人手不足なのでできればやりたくない」

「つまり、『銀の剣』の所有者であるスティンガーと、それを知ってしまった私とルーンはどう足掻いても軍の下にいなければならないってことですよね?」

「そういうことだ。入学するかしないか……お前たちはどちらを選ぶんだ?」


 黒縁眼鏡の奥の赤い瞳が三人を見る。

 ルーンたちは諦めたように笑った。


「それ、実質選択肢は一つしかないじゃないですか」

「さすがにここで逃げても軍から追いかけられることになるんだろうしな」

「指名手配するくらいは躊躇なくやりそうだし」


 その返答を聞いてティニーはふっと笑った。


「では」


 ルーンたちはニナから渡された依頼書にサラサラとサインをした。


「イリシア・ウィンドミル、スティンガー、ルーン・フレイム。三人の入学を認めることとしよう」


 ティニーは三人に麻袋に入れられた100万Rを渡した。


「入学試験については講堂でも説明したが一週間後に行われるのであとで連絡する指定の場所に必ず来るように」

「えっ、入学試験やるんですか?」

「今許可されましたよね?」

「イリシア・ウィンドミル。風魔法の魔道士。軍から推薦状が来るくらい優秀な成績を修めていたにも関わらずそれを蹴り飛ばし、中等部を自主退学した女。スティンガー。この国では希少種である大地魔法の魔道士。その上難易度の高い大剣を完璧に使いこなす。イリシアと同じく中等部を中退した男。……というような情報は得ているが、実際に魔法を使うところをまだ見たことがないんでな。まあスティンガーには少々使われたが、本当の実力を知りたいんだ」

「え、あの、おれの情報はどんなのを」


 イリシアとスティンガーが評価されているのを聞いて、ルーンも少しドキドキしながら尋ねた。もしかしたら自分のこともちょっと良く言われているのではないかと、そんな幻想を抱いて。


「あー……ルーンはな、うん…」

「ちょっと歯切れ悪くならないで!?いやいいよ分かりました!おれやっぱ幻想捨てます!!」

「スティンガーとニコイチで動かせるべきだという判断が下った話は聞きたいか?」

「いや、なんとなく分かるんで大丈夫です…」


 ルーンは中等部時代を思い返した。実技で高得点を叩き出すスティンガーは、座学では二桁以上の点数を取ったためしがなかった。対してルーンは座学では高得点を出すものの、実技はからっきしで、とにかく魔法を使うのが下手だった。軍人を目指す魔道士たちの中では失笑される欠点であった。

 だから、二人でいれば一人前だったのだ。クエストをこなしていくのも、幼なじみであり互いの得意不得意を十分に理解した上での連携は非常にやりやすく、その点で言えば軍人にも劣らない自信がある。

 だからルーンとスティンガーをセットで動かせるのは妥当な判断だろう。


「そもそもお前たち二人は互いに甘えすぎなんじゃないか?スティンガーがいるから動かなくていい、ルーンがいるから考えなくていいってのは違うだろ。苦手でもできるようになればかなり強くなれるんじゃないか?」

「た、たしかにそうかも…?」


 今までは自分の魔法の扱いが下手であることを半分諦めていたが、さすがに軍人から教われば少しは上手くなるだろう。ルーンは理想の自分を思い描き、目をキラキラさせ始めた。


「では一週間後にまた会おう」


 そう言い残して去っていくティニーの後ろ姿を見送って、ルーンたちも講堂を離れ、ルビーの街を後にした。


「また、学校生活か」

「まあいいんじゃない?少なくともデメリットではなさそうだし。私はカフェの営業時間を考え直さなきゃだけど」

「面倒くせぇなぁ…。そもそもオレ、まともな学校生活送ってねぇんだけど大丈夫だと思うか?」

「スティンガー、そんなにひどかったの?」

「それはもう。毎朝遅刻してきて授業中は寝てるかぼーっとしてるかでさ。学校に来ない時もあったし、先生の言うことは聞かないし、筆記テストは悲惨だし…」


 ルーンが中等部時代のスティンガーについて言うと、イリシアは眉間に皺を寄せた。


「クソガキじゃない。東高の先生、大丈夫かしら」

「オレの目標は担任の胃に穴を空けること…」

「やめてさしあげろ」


 冗談を交えた会話をしながら、ルーンたちはアイオライトの村に帰るべく、列車へと乗り込むのであった。







 アイオライトの村に帰ってきて数日。ルーンとスティンガーは出来上がった“自分の家”を前に歓喜していた。


「ついに!!イリシアさん家の屋根裏からの卒業!!」

「おめでとうオレたち!!」


 パチパチパチと、二人の拍手が開けた森の中に響き渡る。


「いや、あの、ちょっと言っていいかしら」

「なんだイリシア」

「羨ましいとか言うなよ」

「全く羨ましくないわよ!なにこの家!?ていうかこれ家と言っていいのかしら!?」


 家が完成したからと言われて連れてこられたイリシアの前には、ボロ小屋が鎮座していた。

 屋根は所々穴が空いており、屋根の役割を果たしているのか怪しいし、なにより玄関であろうドアは傾いている。壁は木の板を並べただけのようで隙間だらけだ。ちょっとした悪天候で潰れてしまいそうなその家は、とてもじゃないが住める家とは呼べない代物だった。


「一体どこの大工に頼んだのよ…」

「……一番安い大工さんです…」

「……分かってるよ、オレたちが騙されたんだってことくらい…」


 イリシアは、先ほどまでとは打って変わってどんよりし始めた二人をさすがに哀れに思った。


「スティンガーが自分で建てればもう少しマシだったと思うけど」

「すごく後悔している」

「超スピード施工してくれるって言うからさぁ…」

「バカねぇ…」


 イリシアはやれやれと切り株に腰かけた。


「というわけでイリシアさん」

「何よ」

「イリシアさん家の屋根裏に入学したいと思います」

「却下」

「そんなぁぁぁぁ!!」

「無慈悲だぁぁぁぁ!!」

「うるさいわね!自業自得じゃないの!!あと私たちこの後すぐ出かけなきゃいけないから早く準備して!」

「へ?出かける?」

「どこに?」


 疑問符を浮かべる二人の前に、イリシアは一枚の紙を突きつけた。


「入学試験。さっきこの手紙が届いたのよ」


 その手紙には場所と時間しか書かれていなかった。


「ラピスラズリの村に夕方集合か」

「ラピスラズリの村ってどこにあるんだ?」

「たしかガーネットの街の隣よ」


 ガーネットの街はアイオライトの村から三駅ほどの距離にある街だ。ルビーの街よりも東にあり、ルーンたちにとっては一番近い街ということになる。それにどうやら、ラタシリア東高はガーネットの街にあるらしかった。


「とにかく行くわよ」


 イリシアに急かされ、ルーンとスティンガーはそれぞれの武器が備わっていることを確認し、入試会場らしいラピスラズリの村へ行くべく、駅へと向かった。

 そしてそこで、再び出会うことになる。


「げっ」

「おやおや、奇遇じゃないかオレンジくん」

「なんでお前がここに…?」


 ルーンたちが列車に乗り込むと、そこにはいつかのスキンヘッドがいたのである。


「それはこちらのセリフさ。……もしかして入学試験に行くんじゃないだろうね?」

「そのつもりだけど…。ジャスミンって言ったか、お前」

「ジャスティンだよ!?僕の顔はどう見てもジャスミン顔じゃないだろう!?」

「いやジャスティンって顔でもねぇけど…?」


 ジャスティンが絡んできたため、ルーンたちは通路を挟んだ向かい側に腰を下ろした。


「おいルーン、このハゲ誰だよ」

「ハゲではない!スキンヘッドと言いたまえ!」

「あー、ジャスティンなんとかっていう……。この前の入学案内の時におれの隣に座ってきたんだよ」

「ジャスティン・クローバーだ!さてはルーン・フレイム、君は僕の名前を少しも覚えていなかったね?」


 まったく!と嘆きだしたジャスティンはスティンガーとイリシアを見ると居住まいを正した。


「僕はジャスティン・クローバーさ!実は僕は中等部時代は常に総合成績が五位以内の優秀な魔道士でね!どうやらルーンくんは僕を崇め奉ってくれるらしいんだが、君たちはどうかな?とりあえずお名前をお聞きしようか!」


 ジャスティンは崇め奉ってねぇよ、というルーンの声を無視して喋り続ける。


「私はイリシア・ウィンドミルよ。あなたも入学試験へ?」

「もちろんそうさ。なにせ僕は優秀な魔道士だからね。魔法高等部へ通うのは当然の義務と言えるだろう!…さて、この僕をハゲと称したそこの茶髪くんは誰なんだい?」

「スティンガー。言っとくけどお前のことは崇めるつもりなんかねぇからな?」

「ふっ。僕の優秀さに嫉妬するなんて愚かなことだ…。しかし大丈夫さ。いずれ君も僕を素直に認める日が必ず来ることだろう」

「何言ってんのお前…」

「超ポジティブ思考みたいね」

「会話できてなくねーか?」


 世の中には個性的な人間がずいぶんいるらしい。ルーンは一人でペラペラと自慢話を繰り広げるジャスティンを放置して車窓からの景色を楽しむことにした。

 この辺はずっと田舎なのでしばらくは大自然が楽しめるだろう。と言ってもラピスラズリの村まではガーネットの街の一つ先、つまり四駅分ほどの距離しかないので長時間楽しむことはできないが。それでもジャスティンの自慢話に耳を傾けるよりは楽しめるだろう。


「そろそろガーネットの街ね」


 ガーネットの街を過ぎたらラピスラズリの村だ。しかしガーネットの街に着くと、ルーンたちの同じくらいの年齢の人が数人、列車に乗り込んできた。


「もしかしてこの人たちみんな…」

「どうやら僕らと同じ、入学試験を受けるようだね」


 イリシアの言葉に、ジャスティンが続けた。


「合格ラインがどのレベルかは分からないけど、成績優秀者として負けるわけにはいかないな」

「まあ、そうよね。お互い頑張りましょう」


 イリシアにとっては気に留めるようなことではなかったが、ジャスティンは自惚れずに頑張る気でいるようなので一応そう声をかけておいた。


 そして列車はラピスラズリの村に到着した。

 

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