第6話 4つの器

「は?行かねーよ面倒くせぇな」

「絶対に連れて来い。いいな?」

「「必ず連れて行かせていただきます!!」」


 スティンガーの拒否に、ティニーがすごい目つきでルーンとイリシアを見たため、二人は即座に首を縦に振った。

 周りではあいつら終わったな、などとヒソヒソ話す声が聞こえてくる。そしてそれを一掃するかのごとく、ティニーの声が響く。


「これより、ラタシリア魔法高等部の入学案内を始める!先に言っておくが、入学できるのは入学試験を突破した実力者のみだ!入学試験についての話もするので心して聞くように!」


 なんだかすごく面倒なことになる気がする。ルーンは壇上のティニーを見てそう思った。

 アマラントのトレインジャックに巻き込まれたことも、ニナからの依頼も、ティニーに絡まれたことも、何もかもが平凡な日常なんかではないだろう。

 

「…まずいわね、完全に目立ってるわよ」

「まああんだけ騒げばな…」

「つーか幻世の七鞘ってなに?」


 ふいに放たれたスティンガーの言葉に、ルーンとイリシアは大きく目を見開いた。


「し、知らないのか!?」

「幻世の七鞘って、聞いたことあるでしょう!?中等部どころか初等部で習うわよ…!?」


 信じられないといったような反応をする二人に、スティンガーはむっと頬を膨らませた。


「知らねーもんは知らねえ」

「……幻世の七鞘っていうのは、ラタシリア帝国が有する軍において、最も強いと言われる七人で構成された部隊よ」


 幻世の七鞘。ラタシリア帝国の軍の中でもさらに戦闘に特化した部隊と言われていて、構成員は七人。最近あまりその名を聞くことはなくなっていたが、それはおそらく最近戦争が行われていないからだろう。話題となったのは五年前に起きたとある戦争で活躍していたような話が最後だったのではないだろうか。

 何はともあれ、ティニーはその幻世の七鞘の一人に数えられている。実力は折紙付きだ。


「へー、そんなすごい奴だったんか、あの赤メガネ」

「そうだよ。……にしてもさっきからみんなこっちチラチラ見てくるんだけど、本当におれたち目立ったんだな?」

「心配なのは、私と同じクラスだった人が絶対に何人かはいることよ。ルーンはともかく、スティンガーは中学時代もなにかと目立ってたでしょう。スティンガーがCクラスだって知ってる人、いるわよきっと」


 こそこそとそんなことを話しながら、ルーンとイリシアはこの入学案内が早く終わることを祈った。

 

「そういやイリシアって…」

「何よ?」


 ルーンはふと思ったことをイリシアに尋ねる。


「なんで軍人にならなかったんだ?Aクラスの首席だったんだろ」

「そうそう、オレらみたいなのとは違うだろ」


 そんなルーンと、そして話に混ざってきたスティンガーの質問に、イリシアはうーん、と少々考え込んでから言った。


「私だって、もともとは軍人になるつもりでいたわよ。だってAクラスになったらみんな卒業後の進路は軍人か進学だったじゃない。そもそもAクラスは軍人になることを目標にしてたしね。だけどカフェを経営してた祖母が倒れて…」


 イリシアの家であり、ルーンとスティンガーが屋根裏に居候しているカフェ・ウィンドシャインはイリシアの祖母が趣味で始めたものだった。だから代々続く店というわけでもないし、後を継ぐなんてことも考えなくてよかった。だからイリシアも気にすることなく軍人の道を選ぼうとしたのだ。だが、中等部三年になって、ルーンとスティンガーに出会ってしまった。


「…羨ましかったのよ」

「へ?何が?」

「何も気にせず馬鹿みたいに自由に生きてるあなたたちが、よ」


 彼らと出会ってからよく考えてみたのだが、イリシアは別に心から軍人になりたいと思っているわけではなかった。Aクラスに入ったから、首席になったから軍人になるしか道はないと思い込んでいただけで。そこには使命感と周りからの期待があっただけだった。


「だから私だって自由に生きてもいいじゃないって思って。それに私、カフェの経営、してみたかったのよ。軍人にしかなれないと思ってたから諦めてたんだけどね」

「へー。じゃあオレらのおかげじゃん」

「まあ、そうね。……まさか卒業後もあなたたちに付き纏われるとは思ってなかったけど」

「いやぁ、それはまあ…」

「だから私をあなたたちの恥に巻き込まないでもらえる?いざとなったらあなたたちと他人のフリしようと思ってたけどさっきので計画がパアになったわ」

「意外とひどい計画を立ててたんだねイリシアさん!」

「さっきまでのちょっといい話が台無しだぜイリシアさん!」


 まったく、とため息をつくイリシアだったが、自分の選択が間違っていなかったと証明してくれたのはこの二人なのだ。彼らと出会ってから今まで、退屈したことなど一度もないのだから。……まあ、ため息は増えたが。

 それから一時間ほどして、ようやく入学案内は終了した。

 ルーンたちは他の入学予定者たちに絡まれる前にと、一目散に講堂を出た。ジャスティンに別れの挨拶をするのを忘れていたが、今は彼に構っている場合ではなかったのだ。


「おい貴様ら」


 講堂を出たところで背後から声をかけられる。振り向けば、こちらも終わった瞬間にルーンたちを追いかけてきたようだった。


「うわ、変質者じゃん」

「……後で講堂裏に来いと言ったはずだが」

「「今から連れて行こうと思っていました!!」」

 

 ルーンとイリシアは頭をかっちり90度に下げた。まさか、講堂から出ることに注意を向け過ぎてスティンガーを講堂裏に連れて行くことをすっかり忘れていたなどと、言えるはずがない。


「いや、なんでオレらが講堂から出たことに気づいてんだよ」

「見てたからに決まっているだろう」

「マジかよ…」


 幻世の七鞘であり、入学予定者を見る役目を持っていたのであろうから見ていて当たり前なのだが、スティンガーから変質者のくだりを聞いてしまっているせいかどうしても引き気味になってしまう。


「とにかく移動するぞ。ここでは話せん」

「え!?ここで話せないことって何!?オレ何されんの!?」

「何もするか!!いいから黙ってついて来い!!」


 ルーンとイリシアは、引き気味どころか完全に引いているスティンガーの両腕をがっちり掴むと、ティニーの後に続いた。


「まず俺は変質者ではない」


 講堂裏に移動してきてティニーが最初に言ったのはそんな言葉だった。


「ああそれ…。もういいですよ、分かってます」

「良くない!俺のプライドとか信用問題に関わる!」


 ルーンが宥めようとしたが、どうやら相手はそれだけでは収まらないらしい。なんだこの人、面倒くさい。三人がそう思ったのを悟ったのか、ティニーは口を開いた。


「いや、やはり俺のことなどどうでもいい。本題に入るが、お前たちはアマラントについて知っているか?」

「アマラント?ああ、ニナさんが言ってたやつ」

「ラタシリア帝国を大陸一の武力国にしたいとかなんとかっていう…」


 ルーンとイリシアはニナの話を思い出した。


「ああ。奴らは皇帝と敵対関係にあり、この平和になったラタシリア帝国を領土争いを繰り広げていた時代へと戻そうとしている」

「……てことは国民であるおれたちも無関係じゃいられないってことですよね」

「今のところは軍でアマラント勢力を抑え込んではいるが、そもそも五年前の帝紅戦争……軍とアマラントが衝突した時点で軍の辛勝だった。俺たち軍側も力をつけてはいるが、向こうも勢力を拡大している。強い魔道士たちを勧誘しているくらいだから、このままではラタシリア帝国がアマラントの手に堕ちる日はそう遠くないだろう」


 当時の戦争で軍も大幅に戦力を削られたしな、とティニーは言った。


「たしか、幻世の七鞘にも犠牲者が…」

「そうだ。死んだ者もいるし、引退した者もいる。俺はまだ幻世の七鞘の一員ではあるが、もう七人揃っていない。事実上の解散だな」


 幻世の七鞘は軍の中でも戦闘に特化した部隊として有名だ。実際に幻世の七鞘に憧れて軍人を志望する者も少なくない。


「そこで皇帝がアマラント殲滅のために見込みのある生徒を集めることにした」

「見込みのある生徒…?」

「アマラントに対抗できる力を持つと見込まれた者だ。ま、強い魔道士を勧誘しているアマラントと同じようなやり方だな」


 するとイリシアがはっとした。


「もしかして、それがラタシリア東高等部…!」

「ご名答。ラタシリア東高の生徒は必然的にアマラント殲滅部隊となる」

「もしかしておれら、そこに入学させられるんじゃ…」

「よく分かってるじゃないか。しかし一つ間違ってるぞ」

「え?」


 ティニーは左の中指で黒縁眼鏡のブリッジをかちゃりと押し上げた。


「『入学させられる』んじゃない、『入学する』んだ。お前たちが自分からこの依頼を引き受けたんだろう?」

 

 100万Rに釣られて。


「……あの、それ辞退することは」

「不可能だな。すでにここに100万Rが用意されている」


 ティニーは持ってきていた麻袋の口を広げた。そこに見えるのは大量の札束。


「……ってよく見たら1000Rの束じゃん…。すげぇ嵩張ってるじゃん…」

「なんで細かくしたのよ…」

「は?お前たちが貧乏だと聞いて使いやすくしてやった俺の気遣いだが?」

「そんな気遣いいらねぇよ!持って帰るのも面倒なことになってんじゃねぇか!」

「待ってください、私は貧乏じゃないのでこの二人とは一緒にしないでください!」

 

 ルーンたちがわあわあと騒ぎ出すと、ティニーはパンパンと二回手を叩いた。

 思わずルーンたちが黙ると、ティニーはさらに言った。


「お前たち、本当に辞退したいのか?」

「え、いやそれは…。100万Rはすごく欲しいですけど、別に進学したかったわけじゃないし…」

「私も軍人になりたかったわけじゃないんです。きっともっと適任がいるわ」

「ほう。これでもか?」


 ティニーは近くに立っていたスティンガーの首に腕を回し、締め上げ始めた。


「ぐえっ!?」

「ちょ、ちょっと!?」

「ティニーさん、やっぱ変質者でした!?」

「は?違うと言っているだろう。この茶髪に興味などない。これだ」


 ティニーはスティンガーの首にかけられているネックレスを手に取った。


「おい赤メガネ。気道塞がれたら人間は死ぬって知ってた?人間との触れ合いは初めてか??」

「ああなるほど、人間との触れ合いが初めてならスティンガーとのファーストコンタクトに関してもまあ仕方ないか…?」


 ティニーの腕からなんとか逃れたものの、ネックレスを掴まれているので距離を取ることはできない。


「ファーストコンタクト?俺はネックレスを確認させてくれればそれで………言わなかったか?」

「聞いてねぇよ!!!!」

「そうか、なら今言ったから見せてくれ」

「なんでこの流れで見せると思った!?」


 スティンガーのネックレス。銀の剣がモチーフになっているそれはなんの変哲もないただのアクセサリーに見えるが、ティニーからしたらそうではないらしい。


「そのネックレスに何かあるんですか?」

「これはおそらく『4つの器』の一つだ」

「『4つの器』…?」

「『4つの器』ってもしかして、伝説に関係する…?」

「伝説?」


 イリシアの言葉に、ルーンとスティンガーは頭にクエスチョンマークを浮かべた。


「ラタシリアで『4つの器』と言ったら武力の神の伝説だと思うわ。ラタシリア帝国にはいくつか伝説があるのよ。その伝説の一つが武力の神の話。『4つの器』はその武力の神を復活させるのに必要な道具と言われているわ」


 武力の神はその名の通り、ラタシリアのすべての伝説の中で最も強い神だとされている。そして彼を復活させるのに必要なのは銀の剣、金の盾、黒の鎖、白の杯…。


「ちょっと待ってください、スティンガーのネックレスが銀の剣ってことですか?」


 話の中では銀の剣はネックレスなどではなく、ちゃんとした実物の剣だったはずだ。イリシアがそれを指摘すると、ティニーはネックレスから手を離して言った。


「『4つの器』にはそもそも武力の神の力が宿っている。それが宿っていなければただの武器や道具に過ぎん。だから正確に言うならば『武力の神の力が宿った4つの道具』だ。このネックレスからは微量ながら魔力ではない力を感じる」


 その言葉にルーンたちは代わる代わるネックレスを見たり触れたりしてみるが、ティニーの言うところの“魔力ではない力”は感じ取れなかった。

 その様子を見たティニーは苦笑しながら言った。


「お前たちは戦闘経験値が足りていないんだ。強くなれば微量の魔力でも、遠くの魔力でも感じ取れるようになるさ。だが、このネックレスの力を感じ取れるのはごく一部だ。たとえば『4つの器』に一度でも触れたことがある人間とか。まあそれも戦闘経験値を積んでいることが前提条件だがな」

「なるほど…」


 そしてティニーは言った。


「アマラントはおそらく武力の神を復活させようとしている」

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