第14話 幕間-1 部下たちは思い知る

「はあ〜〜〜かったりぃなぁ」


 軍服を着崩し、大理石のテーブルにだらしなく足を乗せるシンを見て、彼の部下であるアレイスの心境はさぞ荒ぶっていることだろうと、他人事のようにリュインは思った。

 

「そういえばティニー。昨日入学式だったんでしょう?どうだったの?」


 ティクスが用意されていた椅子に腰掛けながらティニーに尋ねた。彼女の背後には、最近軍人になったばかりだという部下の女の子を従えている。


「特に面白いことはない。……強いて言うなら、皇帝の前で堂々と爆睡した奴がいたのと、相変わらず俺を嫌っている奴がいたくらいか」

「皇帝の前で爆睡?ははっ、十分面白いじゃねえか!とんだイカれ野郎だな」

「ティニーを嫌ってる奴って、シクラのこと?彼、副担なんでしょう?仲良くできないの?」


 先ほどまで文句を垂れていたシンは機嫌良く笑い、ダージリンティーを啜ったティクスは心配そうにティニーを見た。


「いや、俺があいつに何をして嫌われたのかさっぱり分からなくてな…。分からないのに謝るのもどうかと思って、結局なにもできていない」

「バカなの?」


 ンッ、とティニーの背後にいるにも関わらず、笑いを堪えるような声を漏らしてしまったので、これは後で締められるな、とリュインは慌てて口元を抑えた。こちらを一瞬睨んだあと、ティニーは容赦のない言葉をかけてきたティクスに向き直った。


「バカ、とは」

「本当お前、そういうの鈍いな。その辺のクズより鈍いぞ。絶対ガキ共の方がよく分かってるな」

「なんだと…」


 入学式があったのはつい昨日のことである。それなのにどうしてシクラがティニーを嫌っていることが生徒たちに分かるというのか。ティニーは分からないな、と首を傾げた。


「嫉妬してるのよ。同年代で、同じ炎魔法で、同じ軍人で。あなたは二十歳で幻世の七鞘、だけど彼は未だその他大勢に過ぎない」

 

 ティクスの言葉に、分かるよその気持ち、と思わず心の中でリュインも同情してしまった。

 ティニーの部下であるリュインと、シンの部下であるアレイスは現在二十歳の同期である。しかし幻世の七鞘の部下になったのはアレイスの方が早かったのだ。今でこそリュインもティニーの部下になることができたが、あの時は焦ったものだ。一時期は悔しさで『国民を守る』という本来の目的を忘れるほどだった。

 リュインが当時を思い返していると、ティニーたちの話は陽煌の儀のことへ移り変わっていた。


「例年通り俺が勧誘するってことでいいんだな?」

「ああ、毎年言ってるが過激な発言はするなよ」

「ティニー、言うだけ無駄よ」


 陽煌の儀。それは年に一度行われる、軍への勧誘みたいなものだ。他にも細々とした報告や発表など色々あるが、軍側としてのメインは勧誘の一言に尽きる。なにせ軍は人手不足だから。

 軍への勧誘を呼びかけるのはいつの頃からかシンの役目だった。理由は幻世の七鞘であり名前が知れ渡っていること、そして軍人の中でおそらく最も顔が整っていること。本人はあまり自分の顔の美醜に興味がないようだが、世の中の女性人気は、リアムに次ぐほどである。

 そんな彼が演説台に立ってくれるのだ。シンのファンが見に行かないわけがない。それに幻世の七鞘でもあるので、彼らに憧れている者だって来る。現に外の広場ではもう人で溢れかえっており、この三階の控え室までざわめきが聞こえてくる。


「さて、そろそろ行くか」


 ティニーが立ち上がったのを見て、リュインも彼の後に続こうとすると、ティニーが手で制してきた。


「ティニーさん?」

「リュイン。お前はメルゼラに色々教えてやれ」

「えっ。ですがそれでは」

「俺のことはいい。後でティムと合流する」

「お、じゃあアレイスもここで待機な」

「メルゼラ、私が戻るまで休憩ね」


 結局リュインとアレイス、そして軍人になったばかりのメルゼラが控え室に取り残された。


「あ、あの。私、ティクスさんの部下になりました、メルゼラと言います。よろしくお願いします」

「おれはリュインと言います。よろしく」


 おどおどしながらもしっかり頭を下げたメルゼラに気を抜いたのか、アレイスが先ほどまでシンが座っていた席にどかりと腰掛けた。


「はあ〜!まさか職務中にシンさんから離れられる時が来るなんてね!快適快適!ありがとうメルゼラちゃん!あ、ぼくはアレイスです!よろしく〜」


 満面の笑みでひらひらと手を振るアレイスは、シンから解放された上に後輩ができたので満足気である。


「とりあえず…何か分からないことあります?例えば人使いの荒い上司への文句は誰に言えばいいのかとか」

「上司が定刻に訓練を始めようとしない文句とか!」


 リュインとアレイスが口々に言えば、メルゼラはショートボブの髪をふるふると揺らして否定した。


「いえ、それよりも私、上司に取り憑いている霊を祓う方法が知りたいです!」

「は?」


 上司に取り憑いている霊。メルゼラの直属の上司と言えばティクスだが、彼女が霊に取り憑かれているということだろうか。いや、それよりも。


「メルゼラちゃんって見える人なの!?」

「ティクスさんに取り憑くような霊!?怨霊ですか!?」

「たしかにあの人、幻世の七鞘に加入するんじゃないかって噂があるくらい強い人だし、蹴散らされた奴多そう…!」

「でもティクスさんに怨霊が憑くならティニーさんとシンさんなんてもはや本人が怨霊なのでは!?」

「やばい…、それはかなりやばい…!幻世の七鞘は人間ではなかったのか…!!」

「この国はもう終わりだ…!破滅だ、アマラントじゃなくて幻世の七鞘に滅ぼされるんだ…!!」


 頭を抱え出したリュインとアレイスを見て、メルゼラは慌てて訂正した。


「違うんです!私が見えるわけじゃなくて、その、ティクスさん時々変な歌を歌っているので…!」

「へ、変な歌…?」

「はい。ムシがどうとか、ルシファーがどうとか…。だから霊に取り憑かれてそんな歌を歌っているんじゃないかと」


 なんだ、それは。リュインとアレイスはぽかんとした。一体どんな歌なのか、むしろ気になる。しかし一つ分かったことがある。


「……あの三人は変わり者、ということか」


 リュインがぽつりと言った時、外から歓声が聞こえてきた。どうやら陽煌の儀が始まっているらしい。そして、聞こえてくる上司の声。


『──軍人志望の蝿共!!この俺に無様に転がされ叩きのめされたい奴は今すぐ名乗り出』

『おいッ!どんな勧誘の仕方だ!というより勧誘する気があるのか!?』

『痛ぇなティニー。いいじゃねぇかこのくらい』

『良くない。皇帝が呆れている』


 あの上司たちは分かっているのだろうか。会話が全てマイクに拾われ流れ出ていることを。

 いや、分かっている上でやっているのかもしれない。


「……何してんのシンさん!?ぼくの仕事増やさないでほしいなぁ!?」

「メルゼラ、ああいう変な上司に付くと始末書もそれなりだから、気をつけて」 

「は、はい。気をつけようがないですけど、気をつけます」


 リュインとメルゼラはアレイスに憐れみの目を向けるのであった。


「シンさぁぁぁん!!過激な発言は始末書が増えるのでやめてくださぁぁぁい!!」


 

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