閑話 とある一般人女性の日常①
──四月×日、天気は晴れ。
今日からなんとなく日記をつけてみることにしました。特にどんな心変わりがあったとかではないのですが、これといって趣味もないので、暇つぶし程度に始めてみることにしたのです。昨日から何を書くべきか悩んでいたのですが、毎日続けることは難しいと思うので、何か書きたいことができたときに書こうと思います。
そしてちょうど今日はルビーの街で
私の妹と弟も軍人であり、弟の方はどうやら今回の陽煌の儀に参加するようなので、私も夫くんと子供たちを連れて見に行こうと思います。
私はパタンと日記帳を閉じると、外でなにやらものづくりをしている夫くんに声をかけました。
「夫くん夫くん」
「なぁにリタさん」
「今日は休みですね?仕事もありませんね?」
「え?うん、そうだね」
当たり前です。彼は朝から仕事の代わりかのようにものづくりをしているのですから。
「では、子供たちと一緒に出かけましょう」
「え!?僕今リタさんが壊したテーブルを作っているんだけど!?」
「テーブルなんていつでも作れるじゃないですか。今日という日は二度と来ないのですよ。テーブル作りなんかにかまけていていいのですか」
「ええ…。僕の休みも今日しかないし、テーブル作るチャンスも今日しかないんだけど…」
「テーブルがないのならピクニックをすればいいのです!」
「朝と夜はどうするんですか!?」
「朝と夜もピクニックです!!さあ行きますよ夫くん!!」
「はぁい…」
夫くんは諦めたように手を止めると、作りかけのテーブルを物置にしまいました。
そこで子供たちがやってきます。
「ままー、おでかけするの?」
「オレたちも?」
「そうです。みんなでお出かけですよ」
「どこいくの?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたね。ずばり、陽煌の儀を観に行くのです!!」
ビシィッとルビーの街方面を指差した私の指先を子供たちが目で追って、そしてキラキラと目を輝かせました。
「いくー!!」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんもいるかな!?」
「お姉ちゃんはいませんがお兄ちゃんならいます!!」
「「いくー!!」」
キャッキャと飛び跳ねる子供たちをニコニコしながら見つめていると、準備を終えた夫くんが近寄ってきました。
「さてリタさん。どこに行くのかな」
「今の話を聞いていなかったのですか?」
「いや僕今来たところなんだよね?聞いてるはずないよね?」
「仕方ないですね。もう一度言います。ずばり陽……いえ、やはり面倒なのでやめます」
「今言いかけたじゃん!!なんでそこで諦めたの!?どういうこと!?」
嘘でしょ、とわあわあ騒ぐ夫くんの腕を引っ掴むと、私は三人に尋ねました。
「走って行くのと列車で行くの、どちらがいいですか」
「「「列車で」」」
ルビーの街に着いた私たちは少し腹ごしらえでもしながら休憩することにしました。なんとかはなんとかと言いますからね。
「なにも言えてないよママ」
「なんとかってなぁにー?」
「気にしないで下さい。ところでシンディー、飲み物はりんごジュースでいいのですか」
「うん!りんごじゅーす、すき!」
「そうですか。では」
私は市場でりんごを購入すると、娘のリュックからタンブラーを取り出しました。
私は左手でタンブラーを持ち、その上で右手に持ったりんごをグシャァッと潰しました。
「ちょちょちょ!!リタさん!こんなところでそれはまずいよ!?」
「?何のことですか」
「りんごのことだよ!!」
私はりんごを絞っているだけです。夫くんが何を言っているのかさっぱり分かりません。
私は絞りたての新鮮なりんごジュースにストローをさすと娘に私渡しました。
「どうぞ、シンディー」
「ありがとう、まま!」
さて、汚してしまった右手を洗わなければ。きょろきょろと水場を探しているとなにやら人々が引き攣った顔で私たちを見ていることに気付きました。どうしたのでしょう。………まさか、今買ったりんごに毒でも入っていたのでしょうか!?
「シンディー、飲んではダメです!」
私は娘からりんごジュースを取り上げると、タンブラーごと道に投げ捨てました。
ドゴォ、と妙な音がしましたがそれどころではありません。
「どうしたのリタさん!?」
「ママ!?」
「シンディー!無事ですか!?」
「まま?どうしたの?わたし、なんともないよ?」
「そ、そうですか。それなら良かったです」
どうやら娘の口に入る前に取り上げられたようです。全く、とんでもないものを買わされましたね。
私がりんごを売っていた店の店主を睨むと、彼は唖然として私が投げ捨てたタンブラーを見ていました。タンブラーはなぜか陥没した地面の上に転がっており、粉々に砕け散っていました。誰かが踏んだのでしょうか。
「……ここは危険ですね。早く軍の方へ行ってしまいましょう」
「危険なこと、何かあった……?」
「りんごに毒が混入していた可能性があります。人々が私たちを見ていたので、もしかしたら毒を混ぜる瞬間を見ていたのかもしれません」
「いや、みんなが僕らを見ていたのは明らかにリタさんの奇行が原因だし、そもそもシンディーは毒属性の子だから多少の毒を取り込んでもなんともないはずだけど…?」
むしろ毒を取り込んだらパワーアップするよ、と言う夫くんの言葉に、私はハッとしました。
「も、盲点でした…!」
「と、とりあえず行こっか?」
シンディーには申し訳ないことをしてしまいましたが、きっと母の気持ちを分かってくれるはずです。私たちは陽煌の儀が行われる場所へと急ぐことにしました。
陽煌の儀が行われる場所に着くと、すでに観客で溢れかえっており、ちょうど軍への勧誘が行われているところでした。
『──軍人志望の蝿共!!この俺に無様に転がされ叩きのめされたい奴は今すぐ名乗り出』
『おいッ!どんな勧誘の仕方だ!というより勧誘する気があるのか!?』
『痛ぇなティニー。いいじゃねぇかこのくらい』
『良くない。皇帝が呆れている』
ゴチンッと拳骨の音や、小声で話しているらしい内容までマイクに拾われています。私と同じ紫の髪をした背の高い男は何か喋るたびに、観客の女性たちからキャーキャー言われています。そして「あの喧嘩は軍の名物だな」「ちゃんと躾けてやれよティニー!」などという冗談混じりの野次も飛び交っています。
私は思わずふふ、と笑ってしまいました。
四月×日、天気は晴れ。
──私の弟が今日も楽しそうで何よりです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます