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第1話 依頼
魔法学校中等部を中退して数ヶ月。中退した理由は三者三様ではあるが、ここでは一言で自由を求めた結果だと言っておこう。とにかくそんなルーンたちはラタシリア帝国の東にある小さな村、アイオライトの村に住んでいた。
「あなたたち、家賃って言葉知ってる?なんなら食費でもいいんだけど」
アイオライトの村のはずれにあるカフェで、若草色の艶やかな長髪をポニーテールにした長身の少女が、腰に手を当て仁王立ちしていた。そんな彼女の前で、出された料理を一心に頬張る育ち盛りの少年が二人。
「家賃?何ソレ知らない」
「イリシア、おかわり」
本当は分かっているくせにすっとぼけ、聞かなかったフリをするルーンとスティンガーに、イリシアの額には青筋が浮かんだ。
「あのねぇ、ここ私の家なのよ。仕方なく、仕方なく!あなたたちを屋根裏に住まわせてるけど、あなたたちの日々の食費、私がもってるのよ。だからあなたたちは堂々と私のカフェで無銭飲食ができてるの。家賃か食費、どっちか私に払ってくれてもいいんじゃない?」
ねぇ?とテーブルに手をつき見下ろしてくるイリシアを見上げ、ルーンとスティンガーは冷や汗をかいた。
「い、いや。だからまあその…お金が入ったら支払うということで…」
「前もそう言ってたわね。一体いつになるのよそれは?」
「まあまあ。細かいこと気にしてるとハゲるぞイリシア」
「は??」
プツン、と何かが切れる音が聞こえた。
イリシアは急にスンッと真顔になると、座っているスティンガーに両手を向けた。
「えっ」
「
「うぉあっ!?」
イリシアの両手から放たれた風の魔法は荒波のようにスティンガーに襲いかかった。
その至近距離からの攻撃はスティンガーが脇に立てかけていた大剣を構える暇もないほどで、スティンガーは受けた勢いそのままに、木製のドアを突き破り強制退出していった。
「イ、イリシアさん??ドアが壊れちゃいましたけど??」
ルーンが恐る恐るそう言うと、イリシアはふん、と怒りをあらわにした。
「別にいいわ。スティンガーに直しておくように言っておいてくれる?私はお店の買い出しに行ってくるから、ルーンはちゃんと!依頼を探してくるのよ。いいわね?」
ルーンは慌てて愛刀を腰に携えると、もちろんです!!と敬礼して見せた。ここで逆らうとスティンガーより酷い目に遭うだろうし、今のはおそらくルーンがくらったら重症を負うものだ。それ以上の攻撃をくらったらルーンはまず生きていない、その自信がある。
イリシアが去り、店の札が『CLOSED』になっているのを確かめると、ルーンはスティンガーの大剣を引きずって道のど真ん中で大の字に寝転がっているスティンガーのところまで行った。
「お前、ドア直しとけだってよ。おれは依頼探してくるから留守番頼んだ」
「はぁ〜…。しょうがねぇな。高額なやつ選んでこいよ?」
「了解」
ルーンは大剣をスティンガーに渡すと村唯一の魔法組合へ向けて歩き出した。
ルーンたちの住むアイオライトの村はとても小さい。王都なんかと比べたらそれこそゾウとアリ、いやゾウとダニくらい違う。
まあとにかく、アイオライトの村は自然豊かな田舎でとても平和だ。森もあちこちに多数存在していて、魔物の一匹や二匹出てもおかしくないのだが、どうやらルーンたちが生まれる前に小魔物の毛皮がどこぞの国で高く売れたらしく、しばらく乱獲されていたらしい。今は乱獲が禁止されたが、そのせいでこの辺の魔物出現率は五パーセントをきっている。ということをこれまたどこぞの研究者が発表していた。というかそんな毛皮があるならおれが売りたい、とルーンは一人呟いた。
数分道を歩き続けていると森を抜けた。家が数軒立ち並んだところから少し離れたところに赤い屋根、石造りの小さな建物が見える。アイオライト魔法組合だ。
ルーンは開け放たれている両開きの木製のドアをくぐった。
「あらルーン。おはよう」
「あ、キヨラさん。おはようございます」
入り口から入ってすぐのカウンターで、二十代前半のショートヘアの女性が依頼書を整理していた。彼女はこの組合を管理しているアイオライトの村の村長の孫娘、キヨラ・アーフェルだ。
「朝食にする?それともお酒?」
「いや、イリシアのとこで食べてきたし、おれまだ十五だから飲めません」
残念ながらラタシリア帝国で飲酒が許されているのは十八歳からである。今年十六になるルーンはあと二年待たなければならない。
キヨラは冗談よ、と笑うとルーンに一枚の依頼書を手渡した。
「これ…」
「それが今日入ってきた依頼の中で一番高額報酬よ」
ルーンはすぐに報酬を確認した。依頼を受ける側は内容で判断する者ももちろんいるが、ルーンたちのように報酬金額で決める者もいる。
ルーンは報酬金額を見て、目が飛び出そうになった。
「さ、30,000
アイオライトの村のような小さな田舎の村ではそもそもルーンやスティンガーのように依頼を受けることで生計を立てようとしている人間が少ないため、なかなか万を超える報酬額の依頼は回ってこない。まあそのせいでルーンたちは貧乏生活を余儀なくしていると言っても過言ではないのだが。そして依頼を受けることをメイン職業としている人間はそのほとんどが魔法を使うことができる魔道士なのだが、こんな田舎にいてはルーンたちのように貧乏人生へれっつごーなわけである。だから彼らは依頼が集まりやすく、金を稼げる王都近郊へいってしまう。アイオライトの村ではすでに片手で数えるほどしか依頼を受ける者がおらず、あとは魔法が使えなくてもできるような依頼を、気まぐれに村民たちが受ける程度になっている。そのあたりになってくるともはや小遣い稼ぎくらいの報酬額にしかならないが。
「ルーンたちも王都まで行けばもっと高額報酬の依頼が受けられるのに」
「王都まで行く金もないんですって…」
「で、どうする?その依頼受ける?」
そんなこと、聞くまでもない。依頼書に目を通すまでもなくルーンの目が輝き出したのを見て悟ったのか、キヨラの手にはすでに『受注』と彫られたスタンプが握られていた。
「もちろん、やります!」
「じゃあ、頑張ってね。応援してるわ」
「はい!」
ぽん、と受注スタンプの押された依頼書を持って、ルーンはイリシアのカフェへと戻った。
しかしルーンは知らなかった。この依頼がルーンたちの人生を大きく揺るがすことになることを…。
ルーンは急いで来た道を駆け戻ると、イリシアのカフェ『ウィンドシャイン』のドアを、意外にも真面目に直しているスティンガーに声をかけた。
「おいスティンガー。これ見ろよ」
スティンガーはトントンカンカンと釘を打っていた手を止めると、ルーンから依頼書を受け取った。
「報酬30,000R!?」
やはりルーンと同じように、報酬額だけ確認して驚きの声をあげた。王都では最安値であろうこの報酬額は、この辺では最高値だ。
「ってことは、オレとお前で15,000R…!!」
「久しぶりに懐が潤いそうだろ?」
「で?依頼内容は…」
「王都で空き巣をはたらいたコソ泥の確保。久々に暴れられそうだな」
依頼書に載せられている情報によると、どうやらそのコソ泥は王都で空き巣に入ったあと自警団に追いかけられはしたものの、奇跡的に逃げおおせて現在ラタシリア帝国の東(つまりこの辺の地域だ)で逃亡中であるらしい。
「王都の自警団から逃げ延びるなんてどんな強運の持ち主だよ」
ラタシリア王都のルビーの街の自警団は田舎の自警団なんかよりも数倍は強いと言われている。その自警団にもしも勝てる腕があるとするのなら空き巣ではなく堂々と盗みに入るだろうが、それを避けたということはそこまで腕に自信はないということだろう。となるとよほどの強運の持ち主であるとしか考えられない。
「とりあえずドアはもう直るから、終わったらそいつ探しに行こうぜ」
「え、もう直んの?」
「おう。その辺の木切って一から作り直した」
「相変わらず力仕事だけは早いのな…」
そもそも高身長であるスティンガーとさほど変わらない長さを持つ大剣を背負った上で俊敏に動ける人間も、かなりの重量であるそれを片手で振り回せる人間も、ルーンはスティンガー以外に見たことがない。時々、「こいつは実は人間ではなくヘビー級の魔物なのでは」と思うほどだ。
「あっ、ドアノブつけ忘れた…」
頭の方はトリ以下だが。
「回転扉にでもしとけば?」
「お、いいなそれ」
スティンガーがドアを回転扉に改造し始めたのを見て、ルーンは切り株に腰掛けた。
彼ならすぐ完成させるだろうとぼんやり森を見ていると、ちらちらと何かが動いているのが見えた。この辺じゃ珍しいが、魔物でも出現したかと思いじっと見ていると、それはやがて草むらから頭を覗かせた。
黄色い丸い頭、血色の悪そうな肌……。
「ん?」
その特徴をどこかで見た気がして、ぱっと手に持っていた依頼書を見る。
そこには空き巣に入ったコソ泥についての特徴が書かれていた。黄色いバンダナを頭部に巻き、血色の悪い肌をした痩せ型の男。さほど力は強くないが逃げ足は速いので気をつけるように──。
ずいぶん大雑把な特徴しか書かれていなかったが。
「おい、スティンガー!」
「あ?なんだよルーン」
ルーンの叫び声に、森の中から様子を窺っていたらしいそいつは、一瞬ルーンの方を見てすぐにぱっと身を翻してしまった。
「あいつだ!依頼の標的!」
「はあ!?」
見失わないように、必死にルーンも後を追う。あれは魔物などではなく、王都で空き巣に入ったというコソ泥だ。
「あいつマジで足速いな!?」
「にしてもまさかこんなところに犯人がいたとはな…!オレたちめちゃくちゃラッキーじゃねぇか!」
まさかこんなに近くに犯人がいるとは思っていなかったため二人は驚いたが、彼を捕まえれば報酬が手に入る。
「仕方ない、魔法を使うか!」
ルーンは走りながら腰の愛刀を抜き放った。そして刀を握った手に力を込めると、刀身に炎を纏わせた。
「よしっ…!行くぜ、
ルーンは跳躍して頭上から斬りかかろうとした、が。
………ジュッ。
「ルーンお前、なに火ィ消してんだよ!?」
「んんんん違うんだスティンガー!分かってくれ!」
ルーンの魔法で出る火は彼の意思に関係なく、勝手に消えるのである。
つまりルーンは、魔法を使うのが下手なのだ。
炎の消えた刀はただの刀となり、標的にあたることなく木に突き刺さった。しかも跳躍して勢いをつけていたため、深々と刺さってしまった刀はぴくりとも動かず、抜けなくなってしまった。
「スティンガー、ヘルプ!!」
「しょうがねーなぁ、オレ様が仕留めてやんよっ!」
ルーンが押しても引いても抜けなかった刀を、スティンガーは軽々と抜き取ると、ルーンに投げ返した。
そして背中に背負った大剣に手をかけ、一気に鞘から抜き放った。
「っしゃあ、行くぜ!!」
「ちょ、待て待て待て!!」
ここは森の中である。しかも彼らは道なき道を突き進んでいるのである。そんなところでスティンガーの広範囲に及ぶ魔法を繰り出したらどうなるか。
「
「ちょ、まずいって!!」
スティンガーが大剣を地面に突き刺すと、地面はボコボコと盛り上がり始め、小隕石ほどの大きさとなって浮かび上がった。それが七つほどになると、スティンガーは大剣を地面から抜いた。
その瞬間、七つの土の塊は目にも止まらぬ速さで標的へと飛んでいく。
ドォンドォンと塊が標的に向かって落ちていくが、標的が仕留められたようには見えない。仕方なく、スティンガーが何度か同じ魔法を繰り出した。
「もはや森じゃねぇんだけど!!」
「仕方ねえだろ、そんな時もあるって!!」
「いやだって、隕石の大群がピンポイントでこの森に落ちてきましたみたいな感じになってるよ!?木めちゃくちゃ折れちゃってるじゃん!自然は大切にしよう!?」
「あとで植樹すりゃいいだろ!」
などと言い合いを繰り広げながらの追いかけっこは割とすぐに終わりを迎えることとなった。
「クソッ、あいつすばしっこくて狙いが定まらねぇ…!」
突き進んできた道を振り返ると土の塊だらけなのはもう見なかったことにしよう。おれのせいじゃない。とルーンが現実逃避をし始めたとき、ようやく森を抜けたのだ。
そして、その先にいたのは。
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