2話 双眼鏡ごしの
「ば、爆発草?めちゃめちゃ物騒な名前じゃないですか」
「おい何を勘違いしている。漢字はこっちだ」
ティニーは黒板に大きく字を書いた。爆髪草、と。
「爆髪草!?爆髪草ってなんですか!?」
「おいなんか爆発よりやべー物騒な気がすんだけど!?」
「聞いたことないわよそんな名前!!」
「当たり前だ。これは二年生が栽培しているこの学校独自の花だからな」
「二年生が栽培してんの!?」
「なんでそんな名前付けたんですか!?」
「もうこれやばい草だろ、絶対やばいだろ!!字面が怖すぎる!!」
ティニーはまた静かに眼鏡のブリッジをかちゃりと押し上げた。
「失礼な。これはちゃんと花だ。この花はな…周囲にいる者の髪を爆発させ、ハ……スキンヘッドにすることができる花だ」
「今ハゲって言おうとしただろ」
「てか爆発したら髪の毛一本もなくなるってこと…?」
「ああ、その辺はうちの二年生が優秀でな。一本たりとも残すことはない」
「怖すぎるわ!!どこで優秀さ発揮してんの!?髪の毛残さないことに優秀さ発揮しないで欲しいんだけど!!」
「それもうハ……スキンヘッドになりたい人以外に需要ないじゃん!!なんでそんなものをおれたちの教室に置いたんです!?」
「いいですね、今すぐ爆発させましょう!」
「面白そう!」
ほとんどパニックになっているルーンたち三人と、興奮し始めたジャスティンとコスモを見て、ティニーはまあ落ち着け、と言った。
「そう焦るな。これは特別製らしくてな。まあ試作品とも言うんだが」
「よりによって試作品かよ…」
「オレたちで性能試す気だろ…」
「もうすでに不安しかないわね…」
「とりあえずその二年生が言うには、大人しく見ている分には何も問題はないそうだ。しかしその爆髪草は毎日水やりをしないと花が咲いて爆発する仕様になっているらしい。だから水やりは忘れるなよ」
それはつまり、水やりをしなければ爆髪草が爆発し髪の毛が一本も残らないということだ。
「じゃあぼくが水やり係になるとするよ!」
「却下ァ!!ルーン、お前がやれ!」
「分かった!!」
「その…これは一体どういう用途で開発された草なんでしょうか…」
イリシアは恐る恐るそう尋ねた。するとティニーはさも当然というかのように答えた。
「スキンヘッドの群集をつくるために決まってるだろう」
さらに恐ろしげな回答が聞こえ、三人はヒュッと息を詰まらせた。
「す、すすすすスキンヘッドの群集……?」
「え?ここ学校だよな?想像するだけで狂気を感じる…」
「スキンヘッドの群集をつくって一体なにをする気なのかしら…」
三人は思った。
──なにここ怖い。怖すぎる。
「つまり、ぼくが増えると!?」
「ジャスくんが増えるのかぁ、それはそれで楽しそう!」
「ちょ、ちょっとコスモ!?ジャスティンが増えても絶対楽しくはないと思うわよ!?」
「そうだ!ハゲが増えても特にいいことはねえ!!」
ルーンたちが言い合っていると、ティニーが口を開いた。
「まあ冗談は置いておくとして、ルーンが水やり係でいいんだな?」
「待って!!どこからどこまでが冗談なの!?」
「そこ大事!!テストに出てきて欲しいレベルで大事だから!!」
「むしろ全部冗談だと言って欲しいのだけど!?」
なんとなく、イリシアには分かっていた。こんなやばいものを作り出すのは従兄の彼しかいない。彼は草属性魔道士だし、なにより人が慌てふためくのを見て楽しむタイプなのだ。たとえ二年生の共同作品だったとしても、確実に主犯はレイだろう。イリシアはやれやれと頭を抱えた。
「じゃあクラス代表はイリシアで──」
だから勝手にクラス代表に選ばれていたことにも気づかず、後々後悔することになろうとは、まだイリシアは分かっていなかった。
そんなオリエンテーションの後、数日しか経っていないにも関わらずスティンガーはありとあらゆることでティニーとぶつかり合い、ルーンはスティンガーに巻き込まれて不憫な生活を送り、イリシアは過去の経験も踏まえて適度に被害を回避するという技を身に付けた。そして三人は、この学校の教師も生徒もやばい人間たちであることを学んだ。
レイにはあとで文句の一つや二つ言っておきたいところだ。一応前日の夜にティニーが水やりをしたらしいので今日のところは大丈夫だと思うが、この分だと絶対に水やりを忘れて禿げる日もそう遠くないだろう。全く最悪なもの置いてくれたものだ。
そんなことを思いながら、イリシアはにこにこと、グラウンドを走り回るオレンジとブラウンの影を見つめた。
「あれー、もしかしてイリシア?」
「ニナさん!?」
突然かけられた声に振り向けば、校舎からひょこっと顔を覗かせる、ニナの姿があった。
「どうしてここに!?」
「どうしてって、あたしここの三年生だもん」
「そうだったんですか!?」
にこっと笑う彼女はたしかに、体育が始まる前に着ていたイリシアの制服と同じものを身につけていた。
「ルーンもスティンガーもすごいじゃん。よくこんな湖のグラウンドで走れるね」
「まあ、追いつかれたら殺られるみたいなんで…」
グラウンドに視線を戻せば、ルーンとスティンガーがシンに追いかけられているのが見て取れた。
「そういえばニナさ…ニナ先輩は、自習中じゃないんですか?」
「そうなんだけど、担任のティクス先生が二年生の方を監督してるからさー。先生いないのに自習なんてやってらんないよ」
「それは……そうかも」
ティニー先生もルビーの街に行っちゃったしね、とニナが言う。
「え、そうなんですか?」
「うん。だってほら、あの人たちの本職は軍人だし。忙しいんだよ。これからも、誰か先生がいない時はルビーの街に行ってるんだって思って」
「はい」
そしてニナは満面の笑みを浮かべて言った。
「──ようこそ、ラタシリア東高校へ!」
地獄の鬼メニューから数日後。ルーンとイリシアは朝から図書室へ向かっていた。
「ちょっと、真面目に歩いてくれる?」
「無茶言うなイリシア…。お前は大した被害がなかっただろうけど、おれは全身の筋肉が死滅したようなもんだったんだからな…」
ルーンはがくんがくんとロボットのような動きをしながら歩いていた。数日前の体育担当・シンによる地獄の鬼メニューを終えたときには彼はすでに屍と変わり果てていた。翌日は筋肉痛で起きることもできず、寝返りもうてないほどだったのだ。それが数日経ってロボットじみた動きができるくらいにはなんとか回復した。
「私あのあとうたた寝しちゃったんだけど、結局走ったあとは何をしたの?」
「おれらが頑張ってるときに寝てたの!?」
友人の衝撃発言に驚きながらも、ルーンはあの日のことを思い出した。
「たしか五十周走ったあとはおれはうさぎ跳び、スティンガーは逆立ちで三十周して、そのあとは二人対一人で野球サッカーテニス、バスケにバレー…。シン先生が鬼コーチすぎてさ…。はは…」
遠い目をし始めたルーンに、イリシアは哀れみの目を向けた。するとルーンはでも、と続けた。
「一番納得できないのがスティンガーがピンピンしてることなんだよ!!なんなのあいつ、二代目シン先生なのでは!?鬼メニューも最初嫌がってたくせに最終的には普通に楽しんでるしさぁ!ほんとなんなの!?あいつドMなのでは!?」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ…。スティンガーはドMなんじゃなくてただ単に体力が異常値の好戦的なおバカなのよ」
イリシアはルーンを宥めながら図書室のドアを開けた。そして、停止した。
図書室には黒にピンクのメッシュが入った特徴的な髪を持ち、桜の髪飾りをした少女がいた。ニナだ。彼女はもはや無法地帯ともいえるこの学校においてどちらかといえばしっかり者の部類に入っている、イリシアにとっても憧れの先輩である。
その彼女が、双眼鏡で窓の外を覗いていたのだ。
イリシアはそっと開けたドアを閉めた。
「えっ、なんだよイリシア入らねーのか?」
「……いえ、ちょっと見てはいけないものを見てしまったような気がして」
彼女は一体なにをしていたのだろうか。あれではまるで、ストーカーののぞき行為だ。いや、憧れの先輩に限ってそんなことをするはずがない。……本当に?この学校は教師も生徒も問題だらけだ。無法地帯だ。そんな場所にむしろまともな人間がいるのだろうか。
イリシアが迷いに迷っていると、ルーンが言った。
「と、とりあえず…もう一度確かめてみるか?お前が何を見たのか知らないけど、もう一度見て違ったらお前の見間違いってことで…」
「……そうね、むしろそうした方が心の安寧も保たれそうだわ」
イリシアは意を決して図書室のドアを再び開けた。
目の前に、顔。
「ねえ、さっき見てたでしょ」
「キャーーーー!!」
「ギャーーーー!!」
驚きのあまり口から魂が抜けかけた二人を引っ掴み図書室に入れると、ピシャリとドアを閉めた。
「もう!ここは図書室だよ!大声出しちゃダメ!!」
「あ、はい、すみません…」
まったく!と腰に手を当てて怒るニナに反射的に謝ってしまったイリシアははっとした。
「そうだニナ先輩!さっき何をしてたんですか?」
双眼鏡でどこかを見てませんでしたか。イリシアがそう言うのを聞いてルーンはぎょっとした。
「双眼鏡!?なぜ!?えっ、もしかしてのぞき…」
するとニナはバッと顔を赤らめた。
「ちちちち、違うの!!別に外にシン先生がいたからとか、シン先生が楽しそうにしてたからとか、全然関係ないの!!」
「いや全部言っちゃってますけど…」
「だから双眼鏡使ってグラウンドにいるシン先生の様子を食い入るようになんて、見てないから!」
「自白してるじゃないですか!!」
「しかも食い入るように見てたんですね…」
否定しながらもすべてを自白したニナにうわあ、と思いながらも、二人は窓の外を見た。
グラウンドには紫髪と赤髪と、なぜか茶髪がいた。
「って、なんでスティンガーはティニー先生に捕まってるんだよ…」
「どうせいつものごとくティニー先生を挑発したんでしょ」
ティニーがスティンガーに何事か言い、スティンガーがそれに噛みつく様子を見ているシンは、確かに楽しそうだった。
「まあたしかに、シン先生は鬼モードに入っていなければイケメンだよなぁ」
「少なくともルーンよりはイケメンね。実際世の中の女性人気はリアム皇子に次ぐくらいみたいだし」
「さらっと毒吐くのやめてくれる?」
そこでふと、ルーンはイリシアが言っていたことを思い出した。
「もしかしてシン先生と付き合ってる生徒って…」
言いながらニナを見やると、ニナはきょとんとした顔をした。
「え?なんの話?」
「あれ?シン先生と付き合ってるのってニナ先輩じゃないんですか?じゃあやっぱり噂はデマかな」
「ちょっとルーン!それなんの話!?シン先生と噂になるなんてどこのどいつよ!?あたしが締め上げてくれるわァ!!」
「ぐ、ぐるじい……」
うぉぉぉぉ!!とルーンの胸ぐら掴み上げるニナはどうやらシンのこととなると見境がなくなるようだった。
「に、ニナ先輩はシン先生のどこが好きなんですかっ?」
ニナの突然の暴動に焦ったイリシアが割って入る。
ニナはそんなイリシアの質問に再び顔を赤らめると、ぱっとルーンを離した。
「死ぬかと思った…。なんなの、ティニー先生といいスティンガーといい、この学校怪力自慢多すぎじゃない?」
「あなたがヤワなんじゃないの?」
「そんなことはない。おれは平均的」
「この学校で『平均的』は最下層よきっと」
ルーンとイリシアはちらりとニナを見た。ニナは自身の背まである髪の先をいじりながら話し出した。
「…シン先生ってね、あたしを助けてくれた人に似てるんだ」
「……助けてくれた人?」
「なんだ、お前らここにいたのか」
そんな声と共にガラリと図書室のドアが開けられた。顔を覗かせたのは、先ほどまで外にいたはずのシンだった。後ろにはティニーと、なぜかティニーに背負われているスティンガーが続いている。
「シ、シン先生っ!?」
「お、ニナもいたんだな。今日はこれからこいつらとクエストしに行くんだが、一緒に行くか?」
「いいんですか?」
聞き返しながらも、ニナの目が輝き始めた。それを見て、シンもいいよ、と笑った。
「引率監督は俺だし、死ななきゃオールオッケーだぜ」
「おいシン。お前なぁ…」
シンのそんな言葉に、ティニーがやれやれとため息をついた。
フレイム・クエスト 六野 璃雨 @rain_6
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