3話 髪飾り


 ティニーがため息をつくのを見て、ルーンがはっとした。


「っていうかティニー先生!?」

「なんだ?」

「ついにスティンガーを殺っ」

「てねーよ!!ちょっと気絶しただけだ!」

「ちょっと気絶ってなんですか!?やっぱり死んでますね!?」

「死んでないと言っているだろう!お前の幼なじみをそんなに簡単に殺してやるな!!」


 話が全く進まない状況に、またイリシアが間に入った。


「そんなことより、ティニー先生は何しに来たんですか?」

「お前、クラスメイトを『そんなこと』で片付けるなよ…」


 ティニーはため息をつきながらイリシアに言った。

 しかし、イリシアの疑問ももっともである。気絶している生徒を背負って、保健室ではなく図書室に来るあたりが特に。


「もしかしてスティンガー、奴らに…!?」

「奴らって誰だよ」

「知りません適当に言ってみた」

「適当言うな。気絶させたのはシンだ」

「なお悪いわ!!なんで教師が生徒気絶させてんの!?まさかシン先生、鬼化したんですか!?」

「シンは人間だろうが何言ってんだお前」

「そうだぞ、俺は人間だ」

「んんんんそうだけど!たしかにシン先生は人間だけど!!」


 そうじゃない!と頭を抱えるルーンなど気にも留めずに、ティニーは話し出した。


「今日はルーン、スティンガー、イリシアの三人はクエストだ。だからこいつをここまで連れて来たんだ。護衛のクエストだからおそらく報酬は弾むぞ」

「まじですか!!」

「というわけだからスティンガーを連れてさっさと行ってこい。帰ってきたらちゃんと報告書提出するんだぞ」


 こうしてルーンたちはシンに連れられて学校を出発することとなった。




「どうしてわたくしがこのような薄汚い馬車なんかに乗せられなければならないんですの!?」


 キーキーと金切り声で捲し立てるその声に、ルーンとスティンガーは思わず耳を塞ぎたくなった。一緒に乗っているイリシア、ニナ、シンの三人もため息をつきそうな顔をしている。

 今日一日をかけて彼女を別荘まで護衛しなくてはならないというのに、すでに耐えられそうにない。


「えーっと、フェリダお嬢様。この件に関しましては説明しましたよね?」


 今回のクエストは、貴族のお嬢様の護衛である。しかし道中にあるモルガナイトの村というところは盗賊集団に占拠されているのだ。別荘に辿り着くためにはモルガナイトの村を通らざるを得ないし、しかしそんなところに貴族が入り込めば盗賊団の餌食である。それに、そんなならず者たちの村にアマラントが潜んでいる可能性も高かった。

 だからこその護衛なのだが、ルーンたちがシンに連れられて護衛対象であるお嬢様の屋敷に行ってみると、そこには煌びやかで実に豪勢な馬車が用意されていた。しかしそこに待ったをかけたのはシンだった。


「今から盗賊の巣窟を抜けなきゃならねぇってのにあんなに分かりやすく貴族アピールする馬鹿がどこにいんだよ。あんなん乗ってたら堂々と襲って下さいって言ってるようなもんだろ、馬鹿か」

「ば、馬鹿っ……!?」


 二度も馬鹿と言われたことに、厚化粧の金髪巻毛貴族娘はわなわなと怒りに顔を歪めた。

 フェリダ・ロビンソン。彼女は貴族であるロビンソン家の次女にして、傲慢なお嬢様であると世間でも有名である。


「まあまあ、フェリダさんだって庶民の気持ちになってみましょうよ。おれとかスティンガーからすればそもそも馬車に乗れてるってだけで凄いことで…」

「貧乏人はせめて黙ってて」

「ちょっと聞き捨てならない発言が聞こえたので黙りませんけど?え?せめて黙ってろってことは存在するのも本当は許せないってことなの??ちょっとそこんとこ詳しく」


 仲裁に入ろうとしたルーンまで飛び火をくらう始末だ。


「詳しくなんて話さないわよ!だいたいあなた貴族のわたくしに対してちょっと馴れ馴れしいんじゃなくて?」


 フェリダはその長い爪を持つ細い指で、ビシィッとルーンを指差した。すると、スティンガーがその人差し指を掴んだ。


「…アンタ爪長すぎじゃね?ちゃんと切ってこいよ。危ねーだろ。なんならオレが切ってやろうか?」

「おいスティンガー、お前のその手に持ってるのは爪切りでもやすりでもないな?」

「オレがそんなもん持ってるわけねーだろ?」

「うんそうだよな、でもだからと言って大剣で切ろうとするのは頂けねぇなぁ!?爪どころか指までザックリだよそれ!こんな狭い密室でそんなスプラッタ嫌だぞおれ!!」

「一番嫌なのはわたくしよ!!なんなのこの馬車!!野蛮人しか乗ってませんわよ!?」


 どうやらフェリダは質素な服を見に纏い、ほとんど荷馬車と言ってもいい幌馬車に乗せられて、ルーンやスティンガーのような貧乏人と道中を共にするのが心底気に食わないらしかった。


「わたくしもう嫌よ!あと何分でわたくしの別荘に着くの!?」


 するとシンがため息をつきながら御者のもとへ向かい、イリシアとニナは女子同士で何やら盛り上がり始めた。


「イリシアって、そこの二人とはどういう関係なの?三人の中じゃいろんな意味でイリシアが一番強いんだろうけど」

「……主従の関係です」

「違うよ!?それ絶対俺とスティンガーが『従』の方だろうけど、違うよ!?」

「えー。じゃあ隙あらば私の足を引っ張ろうとするたちの悪い鼠で」

「言い方ァ!!すげー何も言い返せないけど、普通に友達とかじゃダメなの!?」


 ルーンがそう抗議すれば、イリシアは少し考えて言った。


「同級生で妥協するわ。ニナ先輩、そういう関係です」

「妥協…」

「そ、そうなんだね…」


 ニナはルーンとイリシアの一連のやり取りに若干引き気味ではあったが、一応納得したようだった。


「にしても同級生かー、つまんないなぁ。どっちかとなんかないの?ラブ的な何かがさぁ」

「えーっとニナ先輩、それおれたちがいる前で聞きます?」


 ルーンはちらりとスティンガーを見た。どうやら彼が一切話に加わって来なかったのはフェリダを相手にしているためらしい。こちらの話は聞こえていないらしく、キーキー喚くフェリダに言い返しつつ器用に相手をしていた。


「ルーンとスティンガー?絶対にありえません。たとえ天地がひっくり返っても」

「いやたしかにおれたちとイリシアの間にそんな関係はないけど絶対にありえないってことはないかもしれないじゃん?もしかしたら今後道を外れてそういう運命にたどり着いてしまう場合があるかもしれないじゃん??」

「だとしてもそういうことは私への借りをチャラにしてから言ってくれる?私に山のような借りがある時点で私とあなたたち二人は同じ土俵にすら立っていないのよ。だから同級生で妥協って言ったの」

「誠に申し訳ございませんでした」


 ルーンは大人しく頭を下げるのだった。


「ニナ先輩の方こそ、そういう関係の人とかいないんですか?」


 イリシアがニナに問う。するとニナはうーん、と考え込み始めた。


「実はあたし、片想いなんだよね」

「「片想い!?」」


 一体誰に、と二人が食い気味に尋ねると、ニナは慌てたように言った。


「勘違いしないで、身近にはいないから!言ったでしょ、助けてくれた人がいるって。実はその人、軍人ってことは分かってるんだけど名前も年齢も所属も知らなくて…」

「えっ、じゃあどうやって出会ったんですか?」

「七年くらい前の話なんだけどね…」





 当時十一歳だったニナはその日、友人宅で遊び、夕刻には家へ帰ろうとしていた。しかし友人と盛り上がり過ぎたため、友人宅を出る時間が少し遅くなってしまった。母からは十八時までには帰ってくるよう言われていたが、間に合いそうになかった。散々早く帰って来いと言われていたため、怒られる覚悟をしながら暗くなり始めた道を急いだ。というのも、最近近くで魔法を使った強盗事件が多発しており、犯人は未だに逃走中であるらしい。

 しかし物騒な連中に会いませんように、というニナの願いは、あっけなく砕け散ることとなった。


「よう嬢ちゃん。お前、あの花屋の娘だな?」

「ち、違うけど…」

「おいおいしらばっくれんなよ!ちゃーんと下調べはついてんだ。とりあえず人質として来てもらうぜ?」


 現れた怪しい男はニナの腕をぐっと掴んだ。


「ちょっと、離して!」

「暴れても無駄だぞ?すぐそこに俺の仲間たちが待機してるからな!なんならお前の家、潰したっていいんだぜ」


 家が危ない。つまりは家にいるはずの母も危ないということだ。その事実に、ニナは魔法を出そうと伸ばした腕を引っ込めた。


「そうそう、ガキは大人しくしてな」


 男は周りを確かめるように、一瞬ニナから視線を外した。

 その瞬間、ニナは腰にぶら下げた銃を引き抜き男に向けた。


桜砲ロザリオガン!!」


 銃口から桜の花びらが弾丸のように飛び出す。そのうちの一つが男の頬を掠めた。ニナは男が怯んだその隙に家へ向かって走り出した。ニナは平均よりも足が速い方だ。だから、全速力で走れば家まで辿り着ける。そう思ったのだが。


「クソッ…。濃霧迷壁!!」


 男がそう詠唱すると、ニナの足元に魔法陣が浮かび上がった。そして同時に、ニナを囲うように濃い霧が出てきた。


「ちょっ…、なにこれ…」

「ふん。ガキが大人に勝てると思うなよ。お前はそこで永遠に迷ってろ!」

「こ、こんな霧すぐ抜けられる!」

「へぇ?でもやめといた方がいいと思うぜ?」


 どこか隙はないかとキョロキョロしたせいで、すでにニナは方向感覚を失っていた。濃霧のせいで周りが見渡せない。男の姿もすでに見えなかった。

 ニナはどこでもいいやと霧に足を一歩踏み出した。


「きゃあ!」

「ふははは!こんな霧、すぐなんだってぇ?」


 霧に弾かれたニナは地面を転がった。その拍子に、髪につけていた花飾りが落ちる。母が朝、ニナの髪につけてくれたものだった。地面を跳ねたその髪飾りは霧の向こう側へと姿を消した。

 どうやら無機物は通り抜けられるらしい。ニナはその辺の石ころを拾って適当に投げてみた。


「んぎゃ!!」


 どうやら投げたうちの一つが男にクリーンヒットしたらしい。


「さっきからこの、クソガキ!!よし分かった、てめぇの家は潰すことにする!!お前はそこで大人しくしてやがれ!!」


 まずい。待って、と叫ぼうとした時、その声はした。


「──大人しくすんのはお前の方だよ」

「はっ?誰だおま、え…」


 不自然に男の声が途切れたと思えば、ニナを囲んでいた濃霧も消えた。

 はっとして見渡せば、そこにいたのはぽかんと口を開け硬直する先程の男と、軍服を着た背の高い男。十中八九、強盗を捕まえに来たのだろう。


「は、はは。たかが軍人一人に俺たちが負けるとでも思ってんのかっ!?行け、お前ら!!」


 男は草むらに向かって指示を飛ばした。おそらくそこに彼の仲間たちが隠れているのだろう。しかし、しんと静まり返ったまま、誰も飛び出して来ない。


「ああ、お前の仲間か?残念だけど俺が全員締め上げといたわ。無駄に人数いるから時間かかっちまったよ。ごめんなー、お嬢さん」

「な、なんだと…?十人はいたはずだぞ!?それを…」

「鍛え方がなってねーんだよ」

「くっ、軍の狗風情が…!!」


 男は拳に霧を纏い、軍人の男に殴りかかった。

 

「危ない!」

「おっと」 


 軍人の男はひらりと霧に纏われた拳をかわすと、逆に男の腕をとって投げ飛ばした。あまりに一瞬の出来事で、そしてあまりに綺麗だったため、ニナは瞬きをするのも忘れていた。


「さーて、そろそろ観念してもらうぞ?」

「うぐっ…」


 軍人の男が強盗犯たちを縛り上げていると、他の軍人たちも続々とやって来た。軍人の男は強盗犯たちを他の軍人たちに任せると、立ち竦んだままだったニナの方へ寄って来た。途中でニナの髪飾りを拾って。


「あ、あの…」

「怪我はないか?」

「へっ?」


 お礼を言おうとしたところに先にそう聞かれ、ニナはこくんと頷いた。


「大丈夫、です」

「そりゃ良かった」


 もう周りはすでに薄暗いため、お互いの顔もよく見えていない。しかしその軍人の男は、軍人にしてはなんだか声が若い気がした。ニナより数個上くらいなのでは、と思った時、ぽんっとニナの頭に手が置かれた。


「お前、桜が似合うな」


 いつのまにか、ニナの髪には先ほど落とした桜を模した髪飾りが付けられていた。

 桜が似合う。家が花屋であるためか、花が似合うと言われたことは何度かあったが、桜が似合うと言われたことはなかった。自分の魔法でもあるそれが似合うと褒められたことが、ニナはどうしようもなく嬉しかった。


「もう暗いから誰かに送ってもらえよ?俺はまだ仕事があるから、またな」


 ひらりと背を翻して去っていったその男に、お礼も言えてないこと、名前も聞いてないことを思い出したのはニナが家に着いてからのことだった。

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