盗賊 2


 チャッ!


 踏み出した右足の圧で小石が跳ねた。

 分厚く鍛えられた足の裏は、小石を踏んだぐらいで何の痛痒つうようも感じない。


 素足のまま、自然体あたりまえに歩く。

 敵の数は、20。

 相手は、元傭兵。

 森の中で戦ったバジリスクとは、違う敵だ。

 単純な戦闘力なら、間違いなくバジリスクの方が強い。

 だが、人間には集団で戦う知恵がある。

 ヤツらは、戦う為に組織化された集団だ。

 しかも、奴ら全員武器エモノを持っていて、俺は素手ステゴロ

 どうやら、俺はバカな事をやろうとしているらしい。


 だが……それがどうした?


 筋肉!!!


 不安など、微塵も感じていない筋肉がここに在るではないか。


 自然体。


 筋肉には、緊張による余計な力が一切ない。

 不思議なほど心がいでいる。

 両腕を脱力したまま、正中線をぶれさせずに歩く。


 正中線がぶれない。


 尋常じんじょうならざる体幹バランス力。

 体幹に潜む深層筋インナーマッスルの含有量が、膨大である証拠だ。


 正面に見えている獰猛なやからどもは、手に入れたばかりの獲物に夢中。

 まだ、道の真ん中を歩く俺に気がついてる奴はいない。


 そのままの姿で歩く。

 最初の獲物までの距離……23歩。

 三人がかりで母親の身体を押さえ込み、両足を開かせようと挑んでいる男達。


 俺から1番近いのは、こいつらだ。

 俺は、三人組の元まで真っ直ぐ歩いた。


 あと数歩の距離まで近づいた時だ。

 何かの拍子に一人の盗賊が顔を上げ、目が合った。


 丁度良いので、俺は片手を上げた。


「よおっ!」


 まるで、街でぐうぜん恋人と会った時のような、とろける笑顔で声をかけた。

 笑顔は、文明的対話コミュニケーションの基本だ。


 残りの二人も、顔を上げ俺を見た。

 ……が、返事は無い。

 ちゃんと挨拶をしてやったのに、ヤツらは口を開けたままだ。

 盗賊三人は、歩いてくる俺をポカーンと見つめている。


 やれやれ……こいつらは、会話が通じる文明人ではないのか。

 しょうがないので、もう一度だ。


 歩きながら、もう一度声をかける。

 もちろん笑顔は忘れない。

 なぜなら、俺は文明人だからだ。


「よおっ!」


 左手を挙げて挨拶するオレへ、ようやく一人の盗賊が反応した。


「なんだァ……てメ」

「言わせねえよ」


 パンッッ!!


 盗賊の頭が、一瞬で消失ハジケた。


 ”左下段蹴り”


 豪速の左下段蹴りは、盗賊の返事を最後まで許さなかった。

 ブォルルる左足が、盗賊の側頭部を蹴り抜いた。

 その手応えは驚くほど軽く、あっけないものであった。


 俺の技は、一人目で終わらない。


 下段蹴りによって身体に起こした回転運動を、次の技へと繋げる。

 左の蹴り足を、二人目の盗賊の正面斜め前に着地。

 蹴り足と軸足を交代チェンジ

 交代した左足を軸に回転。

 右の蹴り足を、後ろ向きの姿勢のまま蹴り上げる。

 背中越しに走る蹴足が、二人目の盗賊のアゴへと伸びる。


 ”右後ろ回し蹴り”


 回転運動の乗った右後ろ回し蹴りは、凄まじい高速で盗賊の横っ面を捉えた。


 ゴッッチュチュブルルルンッッ!!


 二人目の盗賊の頭は、轟速度で数回転し、自分の背に熱烈な接吻ディープキスをして停止。


 俺の回転運動は、二人目の結果など待たない。

 右後ろ回し蹴りを、身体の回転運動に逆らわず、三人目の獲物方向へ大きく着地。

 次の技へと回転エネルギーを伝える。


 三人目との間合いまあいは少し離れていた。

 直前まで身体を回転させた運動エネルギーを使い、重心を前へと移す。

 重心の移動と共に、後ろ足になった左足を、前へと蹴り上げる。

 俺の左足が、槍のように三人目の盗賊の胸へと伸びた。


 ”左前蹴り”


 ボゴゥッ!


 鈍い音。

 足指をL字に立てた前蹴りは、正確に心臓を捉え、安物の革鎧へ足首の半分までもを潜り込ませた。

 革鎧ごと胸骨を粉砕する衝撃は、三人目の心臓を破壊した。


 瞬時に左足を引き戻す。 


 ブワッ……


 三人目の盗賊の顔面は、多量の脂汗を吹き出していた。

 サーっと血の気を失った顔面は、一瞬で真っ白になる。

 血の気を失った三人目の盗賊は、仰向あおむけに崩れ落ちた。


 ドッッ!


 三人分の動きに要した時間は、わずか一呼吸。

 技の連携は、滑らかに繋がっていた。

 その動きは、一流の舞踏家の舞のように滑らかに回転を続け、最後を迎えた。


 時間感覚を引き延ばすと、パッジュチュッドンッ……ピュッピュッピュッ…と言った感じか。

 全ては、一呼吸の間に終わっていたのだ。

 三人の盗賊は、自分に何が起きたのか理解できなかっただろう。


 俺は、引き戻した左足を降ろし、息を止めたまま姿勢も止める。


 ”残心ざんしん


 この身体は、自然と、残心のかまえを取っていた。

 脳で考えると不可解ではあるが、筋繊維の奥からの命令に従った結果だ。

 明らかな死骸を前に、過剰な行動である。

 その動きはまるで、二度と動かないはずの残骸が、反撃を加えてくるのを警戒するかのようであった。


 油断はしない。


 ビュッピュッピッッ……


 真横で、首の無い一人目の盗賊が、残された数回分の鼓動で血を吹き出している。

 自分の背にキスをする盗賊の身体は、ビクビクと痙攣を続けてるが、間もなく生体活動を完全停止する。

 あとの一つは、動いてすら無い。


 フワッ!


 突然、転がってる三つの死骸から、鈍色にびいろソウル塊が少量湧きあがった。

 鈍色したソウル塊は、戻る場所を失った迷子のように死骸の周囲を漂った後、霧散する。

 ここでようやく、三つの命が終わったと、謎の確信が産まれた。


「スオォッッ」


 確信を得て初めて、息を吸い込んだ。


 一連の動きに、一切の躊躇ちゅうちょも戸惑いも生じていない。

 不思議と、人を殺した罪悪感は湧いてこなかった。


 母親の方は、何が起きたのか理解できず、呆然としている。

 俺は、笑顔で母親に声を掛けた。


「よう、あんた動けるかい?」


「は、はい」


 どうやら、返事ができるようだ。


「じゃあ、アッチの娘さんを連れてこの場を離れるんだ。少し戻れば、エルフと猫耳の二人組がいるので一緒に逃げてくれ」


「え、あの?」


「いいから、さっさと行ってくれ」


 母親は俺に言いたいことがあるようだが、そんな暇はない。

 急がせると、彼女は立ち上がって娘のところへ走った。

 途中、散らばっていた荷の中から小箱を一つ拾い、娘の元に駆けつけている。

 だが、何かに引っかかっているのか?

 娘を、なかなか護衛の死体の下から引っ張り出せないでいる。


「まいったな……」


 グズグズしてもらっては困る。

 母娘の2人が逃げる時間を稼がなければならない。

 盗賊がバカ騒ぎしている内に、機先を制して頭を狩る予定なのだ。

 後は、混乱する盗賊共を引っかき回して森の中へ逃走トンズラする算段である。

 数人は腕利きのようだが、逃げに徹すれば何とかなる。


 が……


 どうやらその猶予は与えられなかった。

 振り返ると、俺と目を合わせている盗賊がいた。


「チッ、思ったより早ええな」


 気づいたのは、護衛を倒していた盗賊の中で、腕の立っていた二人組の片割れだ。

 赤髪の槍使い。


 ……スッ。


 赤髪の槍使いが、槍を俺の方へと指し伸ばした。

 それに気がついた別の盗賊が叫ぶ。


「おかしらあ! 敵だァッッ!!」


「何だとコノ野郎、カチコミレイドかぁッッ! オウッ! 俺の 金棒バール持ってこい!!」


 お頭と呼ばれた盗賊は、周りより良い装備と立派な体格をしていた。

 手下から金棒バールを受け取ると大上段に掲げるなり、大声で叫んだ。


「ヤロォウども、隊列ファランクスを組めッッ!!」


 ヤツの号令で、他の盗賊達が一斉に集まり、素早く密集隊形ファランクスを組んだ。


 俺が先に気を奪って機先を制するつもりが、敵に準備万端、戦闘体制を整えさせてしまった。

 こうなったら俺の選択肢は一つしかなかった。


ヤル・・……しかねえか」


 俺が選択したのは、戦闘集団に対しての正面から殴り合いガチンコである。


 さっき出会ったばかりの母娘には、俺の命を張るだけの恩も義理も無い。

 俺の命を賭ける理由など、どこにも無いはずだ。


 だが……ヤル・・


 俺の後ろで震える母娘がいるのだ。

 二人を置いて逃げるのは、俺の筋肉が許さない。


 ”惜しむべきは、命では無い、その名を惜しめ”

 ……と、筋肉が叫んでいたのだ。


 自分の名前すら思い出せないのに、不思議なことだ。

 だが、その名にかけてヤルのだと筋細胞が叫ぶのならば、従うしか無いであろう。


 両足を拡げ、腰を落とす。

 俺は、道の真ん中……盗賊と、母娘との中間で四股立ちしこたちになり、両腕を拡げた。


 俺は壁だ。

 今この瞬間より、大壁だ。

 ここから一歩も通さない。

 理屈だろうが法だろうが通さない。

 誰の声も届かない。

 友や愛人でも入れない。

 手がかりになるのは、肉から届く薄い信号のみ。


 瞳に血をたぎらせ、迫り来る盗賊の群をにらむ。

 渾身の気魄で、俺の意思メッセージを叩き付ける。


 ここに一歩でも踏み込むヤツは……


 皆殺しだァッッ!!!


 戦闘は、まだ始まったばかりであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る