精《エレメント》


 ロコ少年が石の穴に息を吹き込むと、雲が湧く様に光のつむじ風が起きた。


「……これは凄い、精神力を抑えてしゅを通したのに、こんなに力が引き出せてる……これ天然物の魂玉ソウルジェムだ」


「ウニャ凄いにゃ、これなら天然物かどうかにゃんてどうでも良いにゃ、高く売れるにゃ、ニャー達お金持ちにゃ、若様やったにゃ~」

 二人して訳の分からない事を言い始めた。


 本当に意味が分からない。

 実際、森のトカゲから取り出した石なのだ。

 穴の空いたただの石にしか俺には見えない。


 俺は、その疑問を二人にぶつけてみた。


「それで、この石がどうかしたのか?」


「……」

「……」


 俺の反応を見た二人は、かぶりを振った。


「いやいや、どうやって手に入れたのかは存じませんが、天然物でこれ程の大きい物は、トンデモナイ価値を産み出す魂玉ソウルジェムですよ!」


「へー、こんな穴が空いてるぐらいでそんな価値があるのか、穴が空いてるだけでなあ……」


 俺は、ロコが差し出した石を見た。

 俺の握りこぶし大はある石には、中央を貫く大きな穴が開いている。

 ロコは、良く解ってない俺に説明を続けた。


「この穴の逸話は、神話の時代にまで遡りさかのぼります」


「神話にまで?」


「はい、神話時代の話しです。冥界の扉が突然現世に開き、この世とあの世の中間の狭間、つまり狭間ダンジョンが産まれたのです。狭間ダンジョンからは、巨大なオーガ神とその眷属たちが現れて人々を喰らい始めました」


「ほう」


 狭間ダンジョンについては解った、森全体に瘴気が渦巻いていたあの場所だ。


「人や獣の力では、巨大なオーガ神を傷つける事さえできませんでした」


「そんな化け物が現れて、世界がよく滅ばなかったな」


「ええ、実際、世界が滅ぶ寸前まで追い詰められたと言い伝えられています……ですが、滅びかけた現世うつしよに救いの手が現れました」


「救いの手か」


現世うつしよ窮状きゅうじょうを見かねた神界の神々が、一人の武神を地上に使わし、巨大なオーガ神を退治したのです」


「では、武神のおかげで全ては丸く収まったのだな?」


 俺の問いに、ロコは首を振って答えた。


「残念ですが、オーガ神は倒れる時、狭間ダンジョンの呪いを現世うつしよに残したのです」


 狭間ダンジョンででは、オーガ化したトカゲと闘った。

 あれと何か関係しているのか。


「ふむ」


 俺はうなずいて、ロコに話しの続きを促した。


「巨大なオーガ神が残した狭間ダンジョンの呪いは、世界の季節を輪廻りんねする大地のエレメントを狂わせました」


「大地のエレメント?」


 大地のエレメントとは一体何か?


 俺の疑問に、ロコが大地の精について説明をしてくれた。


「大地のエレメントとは、春の木の芽時になると大地から湧き出して、野山に生命を満ちさせる大いなる力の事です」


「ふむ」


「人の精神と、大地のエレメントは、根っこが同じ物と言われており、野山を鬱蒼うっそうと茂らせる程大地のエレメントは強すぎる時期に、人の精神がアテられると、うつそうの病の原因になると言われています」


 この辺りの話は、記憶に残っていた。


「春先に、心がアテられる者が出る話なら知っているが」


「その認識で間違ってないです。大地のエレメントは、人間も含め大自然の四季の中で輪廻転生する生命の営みなのです……ですが、この輪廻がオーガ神の呪いによって狂わされてしまったのです」


「大自然の輪廻が狂わされたと?」


 冥府のオーガ神が残した呪いの影響は大きいようだ。


「はい、呪いによって、この世に存在しなかった新たな狭間ダンジョンが産まれるようになったのです」


「新たな狭間ダンジョンがか?」


 俺の問いにロコが頷きながら答える。


「大地のエレメントが呪いの影響でよどみ、瘴気へと変化へんげするのですが、この瘴気によって、冥府と現世の中間である狭間ダンジョンを産み出すようになりました」


 ロコの説明で、瘴気がヤバいものだと解った。

 だが、別の疑問がわいてくる。


「ふむ、呪いの影響で、大地のエレメントが腐り、瘴気になるのは解ったが、この魂玉ソウルジェムの穴とどんな関係が?」


「瘴気が濃く溜まった場所では、生き物の魂玉ソウルジェムに瘴気が取り憑きやすくなるのです」


「瘴気が魂玉ソウルジェムに取り憑くのか?」


「はい、特に精神が弱っていると危なく、体内の魂玉ソウルジェムが瘴気に犯されると、宿主の怒りや嫉みなど負の感情を糧に魂玉ソウルジェムの表面を浸食し始め、やがて穴が貫通してしまいます」


 瘴気が取り憑くと、宿主の負の感情を糧に穴を開けているらしい。


「その瘴気が、石に穴を開けたのか?」


 ロコの手にある石を指さし、覗き込もうとしたら、ロコは握っていた石を俺に返してきた。


「その通りです、ジェムの中央に空いた穴をご覧ください」


「この穴がなあ」


 俺は、手に握った魂玉ソウルジェムの穴ごしに、ロコの顔を覗き込んだ。

 言われてみれば、穴から見える風景はゆらぎ、空間その物が歪んで見えている。

 何らかの力がこの石に宿っているようだ。


「ええ、穴が魂玉ソウルジェムを貫通すれば最後、冥府とのパスが繋がり、冥府より鬼気が流れ込んで宿主の肉体をオーガへと変化させるのです」


 鬼気とは、森でトカゲと戦った時、身体の周囲にまとわせていた常闇色の鬼気の事だろう。

 穴が繋がると、冥府から鬼気が流れるようになるらしい。

 だが、彼の説明ではまだ疑問があった。


「石に穴が空いたぐらいでオーガにか?」


「そうなんですが、えーっと、どう言えばいいかな……」


 首を傾げる俺に、ロコは困った顔している。

 彼も、どう説明すれば良いのか解らないのだろう。

 その様子に隣で見てる猫耳のニャムスが、助け船を出してきた。


「ウニャ、ニャーが説明するにゃ、『ソウル』の文字を画くと解るにゃ。今画いて見せるからよく見るにゃ」


 立ち止まったニャムスが、道路脇に落ちていた棒を拾い、地面に『魂』の力有る文字マジックスペルを画き始めた。

 石柱から湧き出す力有る文字マジックスペルと同様、そのまま意味が分かる。

 色々と記憶に問題のある俺だが、不思議な事に、ちゃんと文字として読めた。


「ふむ」


 俺が覗き込んでいると、ニャムスが『魂』の左側『云』の部分を棒で指さした。


「『云』とは雲にゃ、精神の元になるエレメントの雲にゃ。瘴気はソウルからエレメントの『云』を奪いさるにゃ、そして……」


 ニャムスが『魂』の右側から『云』の部分を消した。

 残った文字は……


オーガか」


「そうにゃ、ソウルは、『鬼』と精神の『云』でできてるにゃ。誰のソウルにもオーガが潜んでるにゃ。優しかった人でも魂玉ソウルジェムに穴が貫通したら最後、精神を失ったオーガににゃって人を喰らい始めるにゃ、怖いにゃ」


「ふむ……まあ、色々あるんだな。それで、この穴は冥府に繋がるヤバい穴だったのか……んじゃ、この魂玉ソウルジェムとやらは危ない物なのかい?」


 俺がいぶかしんでいると、ロコは察してくれた。


「あ、この状態なら大丈夫です。オーガの生き肝から魂玉ソウルジェムをひき剥がせば、冥府とのパスは絶たれ、鬼気は消えます。むしろ穴の通じた魂玉ソウルジェムは、呪術師のソウルを増幅させる強力な呪具マジックアイテムとして珍重されております」


「ほー、この石がなあ」


「まあ、通常の呪具マジックアイテムは、木の実ぐらいの魂玉ソウルジェムを錬成して穴をあけてますが……それにしてもこのジェムの大きさ、そして穴までもが大きい、そうとう強いオーガから採取された魂玉ソウルジェムではないでしょうか」


「へー」


 確かに、あの派手な色したトカゲは強かったな。


「その上、魂玉ソウルジェムの採取には、鮮度せんどが重要です。素早く生き胆いきぎもを抜かないと、あっという間に形が崩れてしまうんです。これほど完璧な形を保った魂玉ソウルジェムは中々手に入らない……まさしく完璧かんぺきなんです」


 イマイチ分からんが、魂玉ソウルジェムを手に入れるには色々条件があるようだ。

 イマイチ分からんが。


「へー、あのトカゲがねえ……」


「えっ?」

「にゃ?」


 俺が、困った顔をしてトカゲの事を言ったら、ロコとニャムスが固まった。


「ちょっと待つにゃ、おかしいにゃ。どこの古代遺跡で手に入れたのか知らにゃいけど、そんな大きな魂玉ソウルジェムが森トカゲから獲れるワケないにゃ。あいつら臆病おくびょうだから胆っ玉きもったまは小さいにゃ」


 おかしいのは、コイツらの方だ。

 トカゲから獲れないとか言われても、実際獲ってきたのだ。


「何を言っているのだ、目の前に有るじゃないか、それに俺が飯の礼で渡すと言っているんだ、受け取ってくれ」


「にゃっ、にゃに言ってるにゃー」


 ニャムスは、ロコの襟元を掴んでガクガク揺らし始めた。


「若様、この人おかしいにゃ、頭おかしいにゃ。この大きさのジェムがどんにゃに貴重にゃのか説明したのに、全然解ってないにゃ。こんな貴重な物、バリボリの代わりにポンと渡すとか、この人頭オカシイにゃ」


 俺のような文明人を捕まえて頭オカシイとは失礼なヤツだ。

 それに……

 気がついたのだが、ニャムスがロコの襟首を掴む力、強くなって来てないか?

 ロコの顔色が、どんどん悪くなってきてるぞ。


「や、やめろっ、ニャムス。苦しい」


「ニャッ、申し訳ないにゃ。ちょっと興奮したにゃ」


 ロコは、ニャムスに絞め落とされる前に開放された。


「ゼッゼッ……お見苦しい所を見せて申し訳ありません」


「えっ、いや、首大丈夫か?」


「え、ええ大丈夫です、ところでこの魂玉ソウルジェムですが……」


 ロコが、魂玉ソウルジェムと呼んだ石を見つめて黙った。

 その目は真剣だ。


「天然物なのに傷も無い、色も形も完璧なジェムですか……ふう、お返しします。これ程みごとな魂玉ソウルジェムを、バリボリの代わりなんかに頂けません」


 ロコが魂玉ソウルジェムとやらを押し返そうとした時、邪魔が入った。


「ちょちょちょっ、若様待つにゃ、ちょっと待つにゃ」


 ニャムスが、サッと間に入ってきた。

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