ロコ少年の持つ魂玉ソウルジェムをニャムスがつかみ取ろうとして、二人でワチャワチャしている。


「何だニャムス、魂玉ソウルジェムから手を離せ」


「若様、ちょちょこっちこっち、こっちにゃ」


 ニャムスが、ロコの手を引っ張って離れると、二人でヒソヒソと話しを始めた。


「せっかくバリボリの代わりにくれると言ってるのに何考えてるにゃ、もらっとくにゃ」(小声)


「バカ、お前こそ何考えてるのだ。バリボリ程度でこんな高価な物もらえるわけあるか」(小声)


「若様こそ何言ってんにゃ。こんなチャンス滅多にないにゃ」(小声)


「無茶言うな、このジェムは貴重すぎる、どんなに危ないか、お前にだってわかるだろ」(小声)


「そうだにゃァ……だけど、若様はこのジェムの価値を分かってにゃいにゃ。これなら高価な呪具マジックアイテムににゃるにゃ、万軍を率いるカンバンも造れるにゃ。出すところに出せば城だってもらえるにゃ」(小声)


「確かに、これ程のジェムならばあるいは……」(小声)


「そうにゃ、そうにゃ、いただくにゃ。お金持ちにゃ、ガッポリにゃ」(小声)


「……いやダメだ、今の私達の手に負える訳ないだろ。危険すぎる。お前死にたいのか?」(小声)


「ううう、それは怖いにゃあ……解ったにゃ、もったいにゃいにゃあ」(小声)


 全部聞こえてる。

 この光る石は、高価な物らしい。


 二人の話し合いは、すぐに終わって戻ってきた。

 ロコは、俺の前に魂玉ソウルジェムを差し出した。


「お返しします」


「いや、俺が持っててもなあ……」


「私こそ、持ってても困るんです」


「何で困るんだい?」


「これ程の魂玉ソウルジェムなら、強力な力有る文字マジックスペルを操る呪具マジックアイテムを造れますし、万軍のホマレたり得るカンバンでさえ作れるでしょう」


「……? 良く解らんが、何か凄い物のようだな」


「はぁ、凄い物なだけに、危険にもなるのです」


「危険?」


「はい、私のような後ろ盾の無い者が、これ程の魂玉ソウルジェムを持ってるのが世間に知られれば、あっという間に誘拐されて、次の日には下水道に浮かぶハメになるでしょう。と、言うわけで私達には手に負えません」


 この石は、人の命を奪ってでも手に入れたい価値があるものらしい。

 価値がありすぎると、彼らには問題がありそうだ。

 人の欲望には際限が無い。


 俺は、ロコの手から魂玉ソウルジェムを返してもらった。


「そうなのか、迷惑になるのだな、すまん。でも飯の礼はしたいんだがな」


「それより、この魂玉ソウルジェム、どうされたのですか?」


「ああ、さっきから言ってるが、森で出会ったトカゲの中から引きずり出した」


 「……?」

 「……?」


 二人して首をかしげ、困った顔して俺を見ている。


 何だろう? 俺がオカシイみたいな雰囲気になってる。

 実際、トカゲの生き胆から引きずり出した魂玉ソウルジェムが、目の前に有るのにこの反応。

 わからない。

 時々会話が通じなくなるのは、文化が違いゆえか?

 確かに俺の口は上手くない。

 だからと言って、これはどうした事だ?


 文明人として、捨て置けぬ事態であった。


 しょうがない、ここは、もう少し詳しく説明するべきであろう。


 俺は、身振り手振りを交えながら、魂玉ソウルジェムを手に入れた詳しい経緯を説明し始めた。


「これぐらいのな、デカいトカゲにガーって襲われてな、バチーンとやって、こうズブッとやって、ダーと倒したんだ……こうだっ、こうっ……ガッ!バンッ!ズブッ!ダーだ。どうだ、わかったか」


「……意味が解りません」

「……この人、何言ってんにゃ?」


 ダメであった。

 通じない。

 やはり、文化が違うのか?

 俺の数少ない記憶では、コレで通じ合うはずなのだ。

 だが、彼らには通じてない。

 なら、どう説明すれば良いものか……

 はっ!

 そうだ、トカゲの特徴を説明すれば良いのだ。


 閃いた。

 俺は、トカゲの特徴を詳しく説明するべく口を開いた。


「そうだ。変わった特徴のトカゲだったんだ」


「はい、どんな特徴が?」

「そうにゃ、そう言うのを聞きたいにゃ」


 二人は、話しに食い付いてきた。

 これで通じると、俺は満面の笑顔でトカゲの説明を始めた。


「トカゲはな、全身グッとくるような色しててな、火がゴーって出てな、風がブゥワっと出てたんだ、ゴーブゥワって……どうだ、わかったか?」


「……どうしようかな」

「……頭悪いにゃ、この人頭悪いにゃ」


 やれやれ、これは困った。

 この二人は、俺の言葉を尽くした説明を聞くつもりが無いようだ。

 いったい、どのようにすれば伝わるのか……

 はっ!

 そうだ、アレだ。


 俺は、風呂のアカスリ代わりに使ってた爪を持ってたのだ。


「ちょっと待て、トカゲの身体の一部を持ってるんだ、ちょっと待てよ……えっと、コレコレ」


 俺は、懐の中から、トカゲの爪を取りだした。

 それを観たロコとニャムスが、お互いに顔を見合わす。


「フェエ? その爪の大きさは……」

「ウニャ? その綺麗な爪の色……」


「「蛇の王バジリスクの爪か?・にゃ?」」


 ようやく、文化の違う二人からマトモな情報が出てきた。

 二人が声を合わせて、蛇の王バジリスクと呼んでる。

 森の王であったトカゲに相応しい呼び名である。


「若様、この爪街で詳しく鑑定しないと解らにゃいけど、多分本物のバジリスクにゃ、蛇の王にゃ。オババ様んちの城で見たのと同じにゃ」


「なるほど……それにこの爪に刻まれた模様は……あれ?凄く複雑な模様してる……ッ、なんてことだ、これは……巨大に成長した狭間ダンジョンで極稀に産まれる鬼王オーガチャンピオンの印しじゃないか。これ程大きな魂玉ソウルジェムが獲れたのも納得だ」


 二人の会話から、あのトカゲは巨大に成長した狭間ダンジョンから産まれるオーガのようだが、なんだか、鬼王オーガチャンピオンは特別らしい。

 どうりで美味かったわけだ。


「へー、そうか、あのトカゲがなあ」


 トカゲの肉汁あふれる滋味を思い出し、たれるヨダレを拭いていたら、ロコが口を開いたまま俺を凝視していた。


「え? いやいやいや、バジリスクは、竜種ドラゴンの中でも強種竜ハイドラゴンですよ。森トカゲとは全くの別物なんです。ただでさえ強種竜ハイドラゴンは危険なのに、狭間ダンジョンオーガ化したバジリスクは尋常じんじょう強種竜ハイドラゴンではありません」


「へー」


「しかも、その爪の模様は、狭間要石ダンジョンコアを守護るオーガの中のオーガ鬼王オーガチャンピオンの物ですよ」


 確かに、あのトカゲは強かったな。

 オーガチャンピオンになると、厄介な存在になるらしい。


「ふむ、鬼王オーガチャンピオンは厄介なのだな」


「……え」

「……厄介どころじゃにゃいにゃ」


「ホーそうなんだ……ところで、チャンピオンになったからってどうなんだ?」


「……えーっと、狡猾な知恵と強力な呪力を得たオーガは、周囲のオーガを眷属に変えて王者チャンピオン化し、やがて狭間ダンジョンの外へと狭間暴走スタンピードを起こす厄災そのモノなんですよ」


「厄災ねえ。鬼王オーガチャンピオンが産まれたら、すぐに狭間ダンジョンごと大軍で討伐すれば良いのでは?」


 あの鬼王オーガチャンピオン化したバジリスクは強かったが、数で押せば何とかなりそうな雰囲気はあった。

 だが、ロコの反応は違った。


「いえ、鬼王オーガチャンピオンを輩出する狭間ダンジョンは、とても狡猾です。大軍で襲撃レイドしようとすると、内部を迷路化させて鬼王オーガチャンピオンの守護る狭間要石ダンジョンコアまでたどり着けなくさせるのです」


「ほう」


「ですから、武人の中でも武名のホマレ高き剛の者を選りすぐり、少数精鋭パーティーで鬼王オーガチャンピオン退治を行い、狭間要石ダンジョンコアを破壊するのです」


「ふむふむ」


「ですが、例え武名のホマレ高き武人であっても、少人数のため返り討ちにあうのは珍しくありません。それを一人で倒しただなんて……」


「そうかそうか、だから、あんなに強かったんだな」


 ……

 ……


 俺の返事に、ロコとニャムスは、また変な顔して俺を見ている。

 本当に失礼なヤツラだ。


「はあ……強いってもんじゃ無いんですがねえ……ところでバジリスクの肉や他の素材はどうなさいましたか? 羽や牙は高価な呪具マジックアイテムの素材になりますし、肉は滋養が大変高く、夜のお肉と呼ばれ珍重されています。また砂ずりやハツ等の臓物は、肌美容や寿命を延ばす高価な霊薬ポーションの素材として使われ、捨てるところが無いドラゴンなんですよ」


「……喰ったよ」


 ……

 ……


「えっ?」

「にゃ?」


「ああ、だから喰った。羽とか骨は喰えなかったから捨てたが、肉は四日ぐらいかけて全部喰った。美味かったけど、贅沢を言えば塩が欲しかったなあ」


 ……

 ……

「「えー・にゃー、もったいない」」


 二人そろって、もったいないと言われても困る。

 喰っちまった物は、しょうがない。

 持ってきたのは、魂玉ソウルジェムとアカすりヘラに具合が良かった爪だけだ。

 残骸は、森の中に捨ててきた。

 今頃は、小動物の腹にでも収まってるだろ。

 俺の手元に残ってるのは、この二つしか無いんだよな……

 あっ!

 そうだ、この際だ、丁度良いから、この爪を渡そう。


「そんなに貴重なもんなら、この爪を飯の礼に渡すよ。これなら良いだろ?」


「え、でもコレだって競売に出せば、高い売値がつきますよ」


「良いんだ、他に渡せる物が無いから、もらっといてくれ」


「でも……」


「若様、もらうにゃ。オジサンありがとうにゃ」


「あ、コラっ」


 ロコの手にあったバジリスクの爪を、横からニャムスがひったくった。

 それを取り返そうと、ロコがニャムスを掴んでる。

 最終的にニャムスが勝ったようだ。

 バジリスクの爪は、そのままニャムスの背嚢の中に消えた。


 賑やかな二人の騒ぎも収まる頃、俺達は野営場所に到着した。

 野営場所には、大人数が野営できるよう幾つものカマドが並び、整備されている。

 ロコの説明によると、普段は、狭間ダンジョン討伐の時に前線基地として使われているそうだ。

 この地を管理するハイネル覇王府は、交易の基盤整備に手を抜いていない。

 まさに文明の香りである。


 俺は、今後の文明に期待を寄せながら、野営の準備を始めた。

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