少年と猫耳


 二人組は、まだ俺に気がつかず言い合いを続けている。

 一人は、大きな荷物を担いだ、小さな少年。

 もう一人は、長剣と革鎧で武装した背の高い娘。


 二人の姿に、違和感がする。


 ん、こいつらの周りにも、光の雲のようなモノが舞っているのか?


 俺の位置から詳しく確認できないが、二人組の周りにも、微少の光の粒が雲のように舞っている。

 石柱から湧き出す光文字よりも、複雑な色合いだ。

 二人の会話に反応してるのか、強くなったり、弱くなったりを繰り返す。

 大声で喋る間は、光が薄くなって、二人の姿をハッキリ視認できている。

 だが、会話が止まると、途端に光が濃くなり、二人の存在感を消す。

 気を張らないと姿を見失いそうになる。


 石柱の光文字と似たような物か?

 不思議なヤツラだ……が、どうせ不思議な事だらけの場所だ。

 少々の違和感ぐらい構わない。


 俺は、違和感を無視した。

 代わりに、こっちへ歩いてくる二人を、注意深く観察する。


 背の高い娘は、俺の脇の下くらいの身長。

 年格好は、二十歳過ぎぐらい。

 服装は、急所を護るよう、軽量の革鎧を着込んでいる。

 腰には細身の長剣。

 背には背嚢バッグ

 そして……猫耳?

 兜に猫耳のような飾りが付いている。


 猫耳の娘は、疲れているようだが、体幹のブレない歩き方からそれなりに鍛えているのがうかがえる。

 装備と会話の内容から、少年の警護役なのは間違いなさそうだ。


 続いて、隣の少年を観察する。


 少年の方は、10代初めぐらい。

 身長は、猫耳娘よりも頭二つ分小さい。

 体付きは、まだ細い。

 サラサラの茶色の髪。

 羽根飾りの付いた緑色のとんがり帽子。


 帽子はちょっとへたっているな。


 背中に大きく重そうな背嚢バッグ

 深緑色をしたチュニックの上着。

 黄色のズボン。

 膝まである茶色いブーツ。

 右手には、杖。


 ……杖を地面に突くたびに、光る記号が飛び散っている?


 瞳の色は、黒。

 顔は、美少女と呼んでも良い中性的な顔をしている。


 中性的だが、着くモノが着いてるみたいなので、男で間違いないか。


 そして……耳が尖っている。


 尖った耳と猫耳。

 ……二人とも変わった耳してるな。


 少年の背中には、重そうな背嚢バッグを背負ってるが、足取りは確か。

 荷物の小さい猫耳娘の方は、明らかに疲れているのに、少年の方がしっかりと歩いている。

 体幹にブレが無いのは、筋肉の質が良いお陰だろう。

 俺は、少年の筋肉に好感を持った。


 うむ、まだ細いが、鍛えればいずれ良い筋肉になる。

 よし決めた。

 二人がもう少し近づいたら、道を尋ねよう。

 もちろん文明人として恥ずかしくない文明的対話コミュニケーションを行うのだ。


 少年と猫耳娘は、さっきより大声で会話を続けながら歩いてくる。


 ……少し離れているが、まあ良い声を掛けるか。


 俺が声をかけようとした時、二人は立ち止まった。


「……ああ、もうっ。ニャムスちょっとは静かにしろっ」


「若様こそ、声が大きいにゃ」


「なんだとっ」


 二人は、道の真ん中に立ち止まり言い争いを始めてしまった。

 俺は、話しかけるタイミングを無くしたので、その場で待つことにした。

 何かゴチャゴチャ言っているのを適当に聞き流していると、少年が気になる言葉を使った。


「せっかく、インヴィジビリティ力有る文字マジックスペルを詠唱してるのに、そう騒ぐと意味が無い。狭間ダンジョンからオーガが這い出して来たらどうするつもりだ」


 オーガについては解る。

 森で喰ったトカゲがそうだ。

 あと、デカイ影のヤツラもいたはずだが、俺に怯えて顔も出さなくなったな……

 まあ、あんなのがゴロゴロしてたら危なくてしょうがないだろう。


 そして……

 インヴィジビリティ力有る文字マジックスペル

 二人の周りで舞う光雲の正体であろうか?

 彼には、何か特別な力があるらしい。


「大丈夫にゃ、ハインダー大森林狭間ダンジョンは兇悪と有名にゃ、にゃのに今日は全然瘴気がにゃいにゃ、さわやかにゃ。さすが覇王ガルマ様のお膝元にゃ、ギルドが定期的に狭間ダンジョンを間引いてるし、街道を守護る祖霊柱トーテムレベルが違うにゃ。どこかの貧乏藩王領とはえらい違いにゃ」


 猫耳娘の方も気になる言葉を使っている。


 狭間ダンジョンは定期的に間引かれているらしい。

 それと、祖霊柱トーテムとは、道ばたの不気味な装飾の石柱だろうか?

 だとすると、祖霊柱トーテムから湧き出す謎の文字、あれが力有る文字マジックスペルなのか?


 俺が考え込んでいると、二人の会話は、おかしな方向へ進んだ。


「おまっ……我が家の恩を忘れて、何という言いぐさだ」


「お家再興とか、もうどうでも良いにゃ。世の中は天下太平パクスハイネルーナの世にゃ。いまさら戦乱の世に後戻りとかゴメンこうむるにゃ。貧乏でも平和の分け前をもらえる今の方がずっとマシにゃ」


 どうやら、二人は訳ありらしい。

 記憶の無い俺が言うのも何だが、大変そうだ。


 俺が適当な事を考えていると、猫耳娘の売り言葉に、少年が買い言葉で怒りだした。


「うぬぬぬ、分かった、そんなに私と一緒が嫌なら、このまま何処どことなり消えれば良いじゃないか! 好きにしろっ」


「にゃにゃにゃ、今のは言い過ぎたにゃ、謝るにゃ。ごめんにゃさいにゃ」


「ふんっ、行くぞ」


「はいにゃ」


 二人が、会話を止めて前に振り返った。

 そして、俺と二人の目が合った。


 ……

 ……


 何だか二人は固まっているが、目が合ったので丁度良い。

 俺は、手を上げて挨拶をした。


「よお、見ての通り、俺は文明人だ。安心して欲しい」


 もちろん笑顔である。


「……」

「……」


「……ちょっと道を尋ねたいんだが、大丈夫か?」


 なぜだか固まる二人に戸惑う俺が質問をすると、固まっていた二人が再起動した。


「ふうぁわっ!」

「ウニャアッ!」


 俺の挨拶に、二人は意味不明の叫び声を上げた。

 同時に、二人を覆っていた光雲が霧散してしまった。

 気を張らなくても、二人の姿がハッキリ見える様になる。


 少年は突然力を失ったように、重そうな背嚢バッグに引きずられ後ろ向きに倒れそうになった。

 それを咄嗟に少年の後ろにいた猫耳娘が助けて、少年が倒れるのを防いだ。


「フウゥゥゥ……」


 猫耳娘は、少年が背負った荷物の後ろから、顔だけ出してコッチを威嚇する。

 毛を逆立て、瞳孔を細めて「フーフー」言ってる。

 猫か?


 少年の方は、荷物の重さに、身動きが獲れないようだ。


 おいおい、猫耳娘は警固衆ロイヤルガードじゃなかったのか?


 俺が呆れて見てると、少年が叫んでいた。


「こら、ニャムス放せ、お前は私の警固衆ロイヤルガードだろ」


「若様、逃げるにゃ、呪術が見破られたにゃ。きっと追っ手にゃ」


「バカ、今さら追っ手なんて来る訳ないだろうが」


「嫌にゃ、あの大男を見るにゃ、見るからにランクが違うにゃ。ニャーのランクでは絶対に勝てにゃいにゃ。ニャーの警戒本能がすぐ逃げろと言ってるにゃ。女の勘にゃ。荷物なんかより命の方が大事にゃ」


「あ、こら辞めろ、引っ張るな」


 彼女は、少年の背から大きな背嚢バッグを強引に引きずり下ろした。

 そのまま重い荷物が無くなった少年を引っ張り、走らせようとしている。

 少年の方も抵抗して、二人でギャーギャー言っている。


 見た所、二人は完全に混乱しているようだ。

 俺はその様子を見て、ようやく自分の失敗に気がついた。


 しまったな。

 森の中で、裸足の大男に突然声を掛けられたら、そりゃあ、びっくりするだろ。

 文明人として、悪いことをしちまった。


 頭をボリボリかきながら、ぶしつけな自分の性格を反省する。

 とびっきりの笑顔になって、驚かせた事をわびることにした。

 笑顔は、文明的対話コミュニケーションの基本なのだ。


「ああ、いけねえ、突然驚かせてすまない、見ての通り俺は文明人だ、野蛮な真似はしない」


「ウニャァア、何言ってるにゃ、騙されにゃいにゃ、全然文明人じゃにゃいにゃ、見るからに野蛮人バルバロイにゃ」


 どうやら猫耳娘は、文明的対話コミュニケイションが苦手な種族らしい。

 俺のような文明人を捕まえて野蛮人バルバロイ扱いとは、彼女に対話の期待はできそうにない。

 しょうがないので、少年の方に話かけることにした。


「ハハハ、良いって良いって気にするな。それじゃ、そっちの少年、話しを聞いてくれるか」


「ウニャア、この人ダメにゃ、全然人の話し聞かにゃいにゃ」


「ニャムス黙ってろ。ツレの者が申し訳ありません、道をお尋ねとの事ですが?」


「ちょっと若様近づいちゃダメにゃ、いつもみたいに若様を助けるのは無理にゃ」


 少年の後ろで隠れている猫耳娘が、少年の身体を引っ張って、俺との会話を止めようとしている。


「ニャムス黙れ、今更私達の事を知られても何も変わらない。それに、この方はさぞ武名のホマレ・・・高い御武人様だ。お前の考えているような事は起きない」


「……本当に大丈夫かにゃ?」


「大丈夫だ。この御武人様との間にご縁パスを繋いでみるべきだと精霊エレメンタルささやくのだ」


「本当かにゃ?……そんなこと言って若様は精霊エレメンタルささやきをしょっちゅう聞き間違えてるにゃ、当てにできにゃいにゃ、どうにゃっても知らにゃいにゃ、ニャーは注意したにゃ」


「うっ……うるさい、よいのだ」


「分かったにゃ」


 二人は、俺の事を武人と呼んでいるようだ。

 精霊エレメンタルとか何とか言っているが大丈夫だろうか?


 二人はこちらへ歩き出し、俺の前で立ち止まった。


「ご武人様、失礼しました。何なりとお尋ねください」


 少し心配だったが、少年は、会話が通じる文明人のようだ。

 問題は、俺の記憶が無いのをどう説明するかだが……

 どうしたもんか……やっぱり正直に聞くのが一番だな、文明人として。


「うん、すまねえが、どうやら迷子らしいんだ、ここってどこなんだい?」


「……えっ?」

「……にゃ?」


 二人は押し黙って、俺の顔を見ている。

 その様子に、俺は気恥ずかしくなった。


 確かに、今のはいい大人のする質問ではない。

 これじゃ、まるで不審者だ。

 情けない。


 余りの恥ずかしさに、頭をボリボリかきながら地面へと視線を落とした。


「突然こんな話しをして、本当にすまねえ。情けない話しなんだが、森で迷子になっちまってな、ハハハ……」


 要領を得ない返答に、二人も困った顔して俺を見ている。


「えっと、あ、あの、御武人様は、迷子なんですか?」


「ああ、気がついたら森の中で立っていた。俺が誰なのかも分かんねえんだが……」


「……」

「……」


 二人が困った顔して固まっている。

 お互いの間に、ぎこちない空気が流れた。

 どうしたもんかと考えていたら、大きな音が鳴った。


 ギュルルルルウルルル……


 突然鳴った大きな音の正体は、俺の腹の音だ。

 大きな腹の虫に、二人組との間にあった空気が消し飛んだ。


「……フハッ、フハハハ……」


 俺は、さっきまでの変な空気を忘れて、思わず笑い出してしまった。


「腹は減ってる、森で迷子にはなる。いい大人が恥ずかしいったらありゃしねえや、アーッハハハッハハハ……」


 自分が何者か分からない、腹が減って大きな腹の虫も鳴っている。

 まったく、お手上げとしか言い様がない。


 今の状態が馬鹿馬鹿しくなって、笑い出してしまった。

 俺の笑い声に釣られて、少年も笑い出している。


「アハハハハ、本当なんなんでしょうね」


「ウニャ、この人ほんとうに大丈夫かにゃ?」


「あははは、こらニャムス黙ってろ……御武人様は、お腹が減っているのですね。少し行った先に森林休憩所が有ります。今日は珍しく大狭間ダンジョンから漏れ出す瘴気が無いので森は静かです、これだけ静かなら野営も安全なので、そちらでお食事にいたしましょう」


「良いのか?」


「ええ、困っている時は助け合うものです」


 ありがたい話である。

 こんな場所で、見ず知らずの大男に食料を分けてくれるとは良いヤツラだ。


 俺は、二人と一緒に歩き始めた。

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