盗賊 1


 ロコ達は、荷物をまとめ治し、出発の準備を終えると、俺に今後の予定を尋ねてきた。


「名無し様、この後はどうなさるおつもりですか?」


 尋ねられたものの、俺には何の予定もない。

 仕事は、冒険者なら俺でもなれそうである。

 とりあえず風呂のある文明圏へ行くべきだろう。


「まあ、昨日教えてもらった冒険者にでもなりに、首都のハイネルへ行ってみようかと思ってる」


「でしたら、私達と一緒に行きませんか。最初はてっきり名無し様も、大武闘会に参加されるのかと思いましたが、どうやらその記憶も無いご様子……どうです、私と一緒に覇王府の首都ハイネルまで行って大武闘会を観てみませんか?」


 どうせ何も予定のない俺だ。ロコの言う話しに乗ってみるのも良いだろう。


「ああ、一緒に行ってみるか……ん?」


 街道から大きな音が聞こえてきた。

 まだ朝早くなのに、街道を走る馬車がいる。

 馬車が通り過ぎる時、視線を感じた。

 目つきの鋭い護衛が、馬車の外に取り付いていてコッチを見ていた。

 護衛は、俺達に危険は無いと判断したのか、すぐに進行方向へ目線を戻し過ぎ去っていった。


「へー、こんな森の中でも馬車が走ってるんだな」


「ええ、あれはハイネル覇王府が運営する駅馬車ですね、ハインダー大森林狭間ダンジョンを通り抜けるため、ちゃんと護衛を付けて定期的に街道を往復させているのです」


 ロコの話では、定期便の駅馬車だそうだ。

 魔の森と呼ばれる場所だが、護衛を乗せたら定期便を走らせるのは可能らしい。


「ウニャ、お天道様が登ってきたにゃ、急いで出発するにゃ」


 ニャムスの言うとおり、休憩所で長居をしすぎたようだ。

 早速首都へと出発しようと立ち上がった時だ。


 …ガッ……


「ん?」


 俺の耳に微かな異変が届いてきた。


「ウニャア……」


 ニャムスも気がついたようだ。


 ……


「名無し様、どうかなされましたか?」


「ロコ少し黙ってろ」


 耳を澄ます。


 …ガキンッ……


 金属がぶつかり合う音。

 腹の底で何かがザワツク。

 原始の記憶を呼び覚ます音。

 ……それは、闘争の気配。

 森の向こうから、死を伴う闘争の気配が伝わってくる。


 バンッ…ゴシャッ……「ギャー」


「いかんっ」


 道の先から聞こえる微かな音に、悲鳴のような声も混ざった。


「すまねえな、話しは後だ」


「え? あ、ちょっと、お待ちください」


「若様、ついて行っちゃダメにゃ」


 ロコ達が止めるのも聞かず、俺は悲鳴が聞こえてきた方向へと走り出す。

 二人が後を追いかけてくるが、あっという間に見えなくなった。




 ガギンッ! ガスッ! ゴッ! ブッコロス…タスケテ……


 走っている間にも耳に届く、金属同士の打撃音。

 叫び声も混ざっている。

 音の方向から、徐々に、人が争っている気配が伝わってくる。


 知らない土地。

 何者か分からない自分。

 そして争いの気配。


 賢い人間なら、絶対に近づくことはしないだろう。

 だが、俺は違った。

 自然と足が動き出していた。

 悲鳴が聞こえた。

 誰かの救いを求める声がした。


 考えるのは、後回しだ。


 道のカーブを曲がると、悲鳴の原因が見えて立ち止まる。


 チィッ、どうやらここは、修羅の世界らしいぜ。  


 俺の目に見えた光景は、惨状であった。

 森の木々に囲まれた道のど真ん中、横倒しに転んだ馬車が一台。

 馬車から振り落とされた乗客が、荷物と一緒に散乱している。

 さっき俺達を追い越してった馬車だ。


 周囲では、大声で怒鳴り合う屈強なヤカラの群れが、支配する。

 大半は、中年の男達。

 髭面ヒゲヅラ

 ほこりと、泥で汚れた顔。

 皆、髪を真ん中だけ残して剃り上げ、鶏冠トサカのような髪型にしてる。

 細い裏路地で出会えば、黙って財布を差し出してもらえる獰猛な顔が並んでいた。


 何やら、戦闘中の奴らは、鈍色に発光している。

 鈍い光の発生源は、小ぶりな魂玉が幾つか縫い止められた旗の上。

 そして……旗の上には、例の武名が浮かんでいた。


 ”手斧トマホーク鶏冠モヒカン団”


 ロコに説明された通り、旗上で光る盗賊団の団体名が実体化して浮かぶ。

 団体名からは光が伸び、旗の近くにいる団員の肉体を鈍色に照らし出す。


 なるほど、これがホマレの輝きとやらか。

 本当に団体名が浮かび、二つ名ネームドまで憑いてやがる。


 中々手強そうな相手であった。

 離れた場所で荷物を漁ってる奴らは、ホマレ光の範囲から外れたのか、薄汚れた姿で彷徨いている。


 素早く、ヤカラの数を数えた。

 数は20。

 ほとんどのヤカラが武器を持ち、胴鎧や革鎧で武装をしている。


 まだ肉体にホマレ光を浴びたヤカラ共が、一人の男を囲んではやし立てる。

 囲みの中心には、白い鎧を着た一人を相手に、二人組の盗賊が剣と槍で襲いかかり、槍が白い鎧を串刺しにした所であった。

 この二人組の盗賊は、髪型がトサカになっておらず、真っ赤な長髪をなびかせ、他の奴らと違う雰囲気を漂わす。

 この二人組、明らかな強者つわものの風格だ。


 串刺しにされた白い鎧の男は、頭の上に浮かんでいた武名はかすれ消えていく所であった。


 護衛はもう手遅れだ。

 間に合わなかった。


 俺の近くにも、若い護衛が頭を割られて倒れている。


 むっ?


 手前で倒れた若い護衛の下で、何かが動いた。

 護衛の下には、男が庇うように抱きかかえた少女が居た。

 年齢は、まだ10歳ぐらいか。

 美しい水色の髪と青い瞳。

 人形のように整った白い顔は、恐怖に怯え、震えている。


 この娘、まだ生きている?


 抱えている男が守ったのだろう、少女は無事だが、それも時間の問題だ。

 盗賊頭らしき大男が吠えた。


「てめえら、遊んでねえーで、注文のお宝を探せ」


「「へーい」」


 盗賊達は、馬車の中や、辺りに散乱した荷物を漁り始める。

 多くの盗賊達は、自分の懐に金目の物を入れるのに夢中だ。


「イヤー」


 今度は、大人の女の悲鳴が辺りに響いた。


 生存者はもう一人残っていた。

 馬車の上に駆け上がった盗賊が、中からドレスを着た女を引きずり出す。

 少女と同じ水色の長い髪、美しい顔立ちに青い瞳。

 乱れたドレスから覗く白い肌からは、匂い立つ女の色気が漂う。

 女と、少女は、同じ形の高そうなドレスを着ている。

 恐らく女は、少女の母親なのだろう。


 近くにいた盗賊三人が、母親に群がった。


「うへへへへ、大人しくしなあ」


「こいつは上玉だ。アニキ、おかしらに頼んで飼いましょうよ」


「おいおい、依頼主スポンサーからの注文は、お宝を回収したらあとは皆殺しにしろだ。情をかけるんじゃねえ」


「あ、すいやせん……ってワケだ。最後は良い思いしながら死ねるんだ、感謝しろよ」


「いやっ、辞めて、私はどうなっても良いから、娘だけは」


「へへへ、そう言や、さっきガキが転がってたな」


「お願いします、娘だけはどうか……」


「安心しな、うちのお頭は、子供好き・・・・だぜ、ゲヘヘヘヘ……」


「嫌ー」


 ……


 すがすがしい程のクズ共だ。


 離れた場所では、盗賊クズ達が、串刺しにされた男へ執拗しつように武器を突き立て、臓腑ぞうふを引きずり出している。

 その顔は、どれも殺戮さつりくの血酔いでゲラゲラ笑っている。

 他の盗賊クズ達は、辺りに飛び散らばった荷物を漁って、戦利品に夢中だ。


 誰も、俺のことに気がついていない。

 俺の後ろから、ロコとニャムスの足音が追いついて来た。


「はあ、はあ、はあ、名無しさん、足が速すぎますよお……って、あっ」


「やっぱりにゃ、若様危ないにゃ、静かにするにゃ」


 ロコ達は、この場で何が起きているのかを把握はあくしたようだ。

 ロコが、旗上に浮かぶ盗賊団名を見て、すぐ何かに気がついた。


「アッ、アレは、近頃首都を騒がすトマホークのモヒカン団です。二つ名ネームド憑きの傭兵崩れだ。噂じゃ、凄腕の二つ名ネームド憑き槍使いが居るって言いますし、人数も多い、もう手遅れです、逃げましょう」


「何言ってるにゃ。急いで森の中に隠れるにゃ」


 ニャムスが、ロコを引っ張って、森の中に引きずり込んで行く。

 ちょうどその時、盗賊頭らしき男が叫んだ。


「おう、さっさと団旗降ろしてホマレを消せ、ソウルがもったいねえだろうが」


 旗持ちが、旗を下げると、旗上に見えた盗賊団名が消えた。

 本格的に、周囲の探索を開始する気だ。

 このままだと、さっきの少女もすぐに見つかるだろう。

 俺がもう一度、少女の方向を見た時、不意に、水色の髪色の少女と目が合った。


『 たすけて 』


 少女の目は、そう言っている。

 辺りには、兇悪なツラの屈強なヤカラが群れる。

 盗賊の数は……20。

 大半は軽装だが、金属甲冑で武装したヤカラもいる。

 ロコの情報では、槍の使い手もいる。

 そして、今この場で信じられるのは、俺ただ一人。

 後ろのロコとニャムスは、アテにしない。

 自分が何者なのか、なぜこの大陸にいるのかさえ分からない。

 だが、目の前で起きている事は、理解できた。


 少女が、俺に助けを求めている。


 理由わけなどそれだけで良い。

 ならば、行くしかないではないか。


「へっ」


 ニィィイイイイイ……


 思わず笑ってしまった。

 口元が、吊り上がる。


「へっ、20対1かよ」


 さらに笑みが深くなる。


 ギュゥッッ!!


 腰に回された黒い帯を、バカ太い指で絞め直す。

 俺の動きに、ロコ達が気がついた。


「名無し様、ダメです、逃げてください」


「若様ダメにゃ、こうなった武人は誰にも止められないにゃ、隠れるにゃ」


 ジャリッ!


 俺の右足は、ロコ達の警告を無視して一歩前に踏み出していた。

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