★オチヨ・ランダー『盗賊・槍』視点 1

★オチヨ・ランダー『盗賊・槍』視点


 赤毛の盗賊・槍こと、オチヨ・ランダーは、ただの盗賊では無かった。

 二つ名ネームドき武人である。

 見た目は、獰猛な面構えつらがまえ豪男ごうおとこだが、本物の姫騎士。


 つまり……性は女。


 これは、けして笑い話しではない。

 長く続いた戦乱の狂気は、人の有り様すら変えたのだ。


 24年前、オチヨは、覇王ガルマ親衛隊、七手組セブンハンズ血盟団クランの一手、ランダー家の四女に産まれた。

 幼き頃より武芸の才を発揮し、両親の元で武人としての英才教育を受けた。

 武人貴族の間で盛んに行われた、幼年武闘会へ参加し、早くから頭角を現した。


 ……だが、両親はその才を惜しんだ。

 女では足らぬ……と。


 アトラス大陸全土を包んだ戦乱の狂気は、男女の分け隔て無く、血を求めた。

 武人は、その武才を頼みに戦場いくさばかけけたのだ。


 強さこそが……正義ジャスティスッッ!!!


 「貴族だから」「貧者だから」「男だから」「女だから」……


 命のやり取りの場では、全てが戯れ言ざれごと

 果てしなき闘争の歴史は、武人貴族の家を守る為、女であろうと力を示さない者を容赦なく滅ぼした。


 弱ければ……死。

 男女の性など、戦場いくさばでは関係ない。


 この世界では、一般的に「破壊力=筋力×ソウル量×武名の大きさ」である、と言われている。


 ソウル量と、武名のホマレ強化の限界は、男女同じであった。

 だが、女体の構造上、どうしても筋力が足らなかった。


 ……誰かが言った。

 足らなければ霊薬ポーションを使い、筋力を増やせば良いと。


 古くより、男を猛々たけだけしき豪男にすると珍重された霊薬ポーション牡蠣魂エキス。

 それは、伝説の錬金術師の手によって、北方諸島に生息する二枚貝の魂玉ソウルジェムから創り出された奇跡であった。

 武人貴族は、お家の血盟団クラン強化の為、こぞって娘に牡蠣魂エキスを与え、姫騎士に育て上げてきたのだ。


 事実、戦国最盛期には、全武人血盟団クランの徴募記録に記された男女比は、男3に対して女2の割合で戦場に立っていたとされる。

 戦国末期になると、さすがに霊薬ポーション牡蠣魂エキスを使う風習はほぼ絶えかけていたが、狂気の時代の記憶は残り続け、ランダー家は、四女に武人としての力を与えると決めた。


 両親は、牡蠣魂エキスを毎日オチヨに食させた。

 牡蠣魂エキスの霊験ポーショニズムは、あらたかであった。

 オチヨの背が大きく伸びる頃、立派になった大胸筋には、豊かなむなの毛が繁り、肉体も男の如くに成長した。


 やがて若き槍武の才は、世間の間でささやかれるようになる。

 その武名が、二つ名ネームド憑きで呼ばれた頃には、若干14歳で、覇王直属騎士団に史上最年少で合格をした。

 だが、オチヨが入団した年は、覇王ガルマ・ズム・ハイネルが最後の抵抗勢力を討ち滅ぼし、天下太平パクス ハイネルーナを宣言した年であった。


 ……オチヨは、歯噛みをした。

 父や、兄達は、覇王ガルマに直接率いられ縦横無尽に戦場を駆け巡り、武功を立て、武名のホマレを得たのに、オレは間に合わなかった……のだと。


 オチヨの魂玉ソウルジェムに、暗い蛇が住みついた。


 ……不運。

 才能ならば、オレの方が兄達よりも数段上なのに何故だ?


 オチヨの実力は、新人騎士の中でも、群を抜いていた。

 なのに、戦場いくさばで、オチヨが働く機会は失われたのだ。

 時勢は、戦場いくさばにおける武名のホマレを得る機会を消し去り、太平の世へと動いていった。


 武よりも文。

 猛よりも華。


 時代は、変化した。

 オチヨ・ランダーは、戦場いくさばに間に合わなかった己の不運を呪った。

 次第に、不満と慢心まんしんは、武人としてのソウルむしばみ、狂気を産む。

 ある日、オチヨは、小さな口論で同僚の武人貴族をあやめた。

 相手が庶民であらば、問題は無かった。


 武人貴族は、庶民からの無礼を切り捨てる権利を持つ。

 実際、騎士団は市中見回りの際、問答無用で不逞の輩ふていのやからを斬り捨てている。

 人斬りは、日常茶飯事の職場であった。


 だが、相手が同じ武人貴族で有ったため、大きな問題となった。


 結果、オチヨ・ランダーは、覇王直属騎士の地位のみならず、実家血盟団クランをも追われた。

 家名をも捨て、冒険者として生きる道を選んだ。

 ……冒険者でも失敗をした。


 やがて流れ流れて、傭兵団崩れの盗賊に加わり、現在いま

 最低の場所に墜ちていた。


「悪名であろうと、武名は武名、功名によってホマレは輝く」


 と、オチヨはうそぶく。


 忸怩じくじたる想いは、オチヨの猛々たけだけしき胸を焦がし続けた。

 この状況から抜け出る機会を求め、足掻あがいた。

 そんな中、たった一つの希望があった。

 毎年、首都で行われる社交界の花形行事、大武闘会。

 犯罪歴すら問わない、誰でも参加することができる、特殊な武闘会だ。


 かつて、戦国乱世に覇道を歩む覇王ガルマは言った、

『 たださいのみを示せ 』

 と。


 世に言う、求賢令きゅうけんれい(賢者募集令)である。

 種族、性別、正邪、出自を問わず、才能のみで人材を起用する方針。

 戦乱の中でも存在した秩序常識を取り払い、勝つためだけに取った政策。

 ガルマ・ズム・ハイネルは、なりふり構わず、あらゆる手段で下克上の乱世を勝ち抜いたのだ。


 ……だが、太平の世になれば話しは違ってくる。

 秩序こそが、世に求められる時代になり、『たださいのみを示せ』の求賢令は取り下げられ、身分は固定化される方向へ動いた。

 それでも、『たださいのみを示せ』の精神は、大武闘会にだけは引き継がれたのだ。


 天下太平パクス ハイネルーナ、秩序の時代。

 荒ぶるしか能の無い武人に、覇王の眼前で唯一武才を示せる舞台が、大武闘会なのである。


 オチヨには10年前、若き天才槍武人として、多くの大武闘会優勝者を輩出する貴族学院杯で準優勝まで勝ち残った経験がある。

 今年、武闘会での優勝を狙うべく、キモを練り上げ、名を売って推し魂お布施を貯めてきたのだ。



 ~~~


 オチヨは戦慄していた。

 いつも通りの仕事のハズであった。

 鶏頭モヒカン団の頭目が、首都から貰ってきた仕事だったらしいが、自分には関係は無い。ただ槍を振るえば良い。

 そう考えていた。

 事実、馬車の護衛に少々腕の立つのが居たが、己の敵では無かった。

 なのに、突然現れた大男は違った。


 『無手ステゴロ』なのである。


 目の前の大男は、武器を持ってなかった。

 無手ステゴロとは、あまりに強大な武名のホマレを輝かす武人の場合、武器を持つ必要すらなく、その手足のみで事足る証明なのである。


 無手ステゴロの使い手として、まず頭に浮かぶのは、覇王ガルマだ。

 その轟拳は、合戦の場で無手ステゴロのまま総大将自ら敵本陣へ突撃ブッコミ、一騎打ちの末、敵首級を持ち帰る事……15度。

 恐るべき逸話が、無手ステゴロの恐ろしさを証明している。


 他にも、ハイネル覇王家指南役 オルフェス・ヤギュの無手ステゴロ術が有名だが、聞こえてくる話しでは道場流無手ステゴロ術である。

 真の戦場無手ステゴロ術の使い手など、天下に幾人とは居まい。


 目の前の大男は、恐らく暗器エモノぐらいは隠し持ってるであろう。

 武装集団相手に恐るべき自信だ。

 あなどってはならぬ。


 それでも、心配は必要なかった。

 数の暴力。

 数の暴力を前にしては、いかな使い手であろうと敵うまい。


 数で押しつぶすべく、盗賊全員で一斉に襲いかかる。

 が、結果はいくさを忘れた傭兵崩れがたばになっても敵う相手ではなかった。


 大男は、奇妙な動きと共に、空気を震わせる衝撃波の奇声を放った。

 ただの奇声では無い。

 その声には、ソウル圧による衝撃波が生じていた。

 凄まじい大喝ウォークライであった。


 傭兵崩れ程度の胆力では、ひとたまりも無かったであろう。

 オチヨとカレンは何とか耐えたが、他の盗賊は肝を潰してへたり込んだ。


 一瞬で数の優位は消え去った。


 オチヨには、後ろを気にする余裕など無かった。

 正面の男から、目が離せないのだ。

 大男の周りの空間が、ぐにゃりぐにゃりとひずんでいる。

 オチヨの女の勘は、すぐに解答を示した。


 あの歪み……単純な殺気の発露はつろではあるまい。


 ソウルその物の霊圧プレッシャーが肉の内側から抑えきれず、まるで陽炎のように辺り一帯の空間へ干渉していたのだ。

 桁違いのソウル量である。


 まさに巨人。

 これが世に聞く武威なのか?


 戦場で数多あまたの勝利と共に功名を勝ち得、膨大なソウルを得た武人は、武名のホマレを顕現けんげんさせずとも、その場にただ佇むだけで、抑えきれない霊圧プレッシャーによって、相手の心胆を寒からしめると言う。

 人、それを武威と呼ぶ。


 昔、覇王親衛隊から選りすぐりの精鋭である七手組セブンハンズ中でも有数の使い手と呼ばれた父が、酒の席での戯れに、飼い猫ペット剣虎サーベルタイガーを一睨みするだけで、獰猛種の大猫が媚び声で腹を魅せ魅せ転がる光景を見たことがある。

 目の前の武威は、それを凌駕りょうがする霊圧プレッシャーであった。


 これ程の武威を放つとは、ただ者ではない。

 恐るべし。


 オチヨはすぐさま、隣を走るカレンと目配せをして、その歩を緩めた。

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