★オチヨ・ランダー『盗賊・槍』視点 2


 オチヨは、走りながら瞬時に考えを巡らせた。

 自分の認識を改め、目の前の現実に対抗すべき道を探る。


 どうする?

 まだこの大男は、武名の詠唱すらしてないのに、これ。

 もし名告なのりを上げて、ホマレをまとったならば、どうなるのか?


 先ほどは、一番槍を獲るべく抜け駆けたまでは良かった。

 眼前の大男は、巨人に観紛みまが霊圧プレッシャーをあふれ出している。


 圧倒ォ~的ィッッ 筋ッ肉ッ量ォ~ッッ!!!

 圧倒ォ~的ィッッ ソウルルルルッ量ォ~ッッ!!!


 大男の筋肉からほとばしる霊圧が空間を歪ませ、その間合いの広さを告知してくるのだ。

 尋常ならざるデカさの胆っ玉きもったまを持つ武人である。


 オチヨは、決断した。


「止まれッッ」


 大男の間合いまで、ほんの数歩手前。

 ギリギリの距離で急停止は間に合った。

 ギリギリである。

 オチヨと一緒に走っていた若小姓わかこしょうのカレンも、止まった。


 若小姓わかこしょうのカレン、野武人然とした豪男に見えるが、違う。

 オチヨ同様、時代に翻弄ほんろうされた姫騎士の一人だ。

 歳は、オチヨの五つ下。


 数年前番付本ベストセラーになった『騎士道とは、死ぬことと見つけたり』で始まる宮廷マナー本『騎士隠れ』には、戦場の心得こころえとして、自分の背を任せる魂友ソウルメイトとの絆を深める為、同じ武人同士で衆道カップリングちぎりを交わし合う風習を紹介している。

 若小姓を魂友ソールメイトとして教え導くのは、先輩武人のならいなのである。


 旗本血盟団クラン時代のオチヨは、衆道カップリングちぎりなど、鼻で笑っていた。

 信じていた物に裏切られ、全てを失った境遇に置いても、その気は変わらなかった。


 だが、カレンに出会った時、全ては変わった。

 二人で衆道カップリングちぎりを交わし、魂友ソウルメイトとなったあの日。

 初めて魂友ソウルメイトの意味を理解したのだ。

 名だたる武人貴族や、大名ビッグネーム藩王が、こぞって若小姓を抱え、その間で衆道カップリングちぎりを交わす意味を。

 裏切り裏切られの修羅道を行く身に、最後に残るは愛の力のみ。

 愛の力こそ、生命のまことたぎらせる原動力だったのだと。



 今、オチヨは苦悩していた。

 魂友ソウルメイトのカレンを、無防備に死地へと追いやる訳にはいかない。

 引くべきか、進むべきか。


 考えあぐねるオチヨの眼前で、大男が笑顔わらった。

 その笑顔は、鬼子母神マザーオーガ 神殿パルテノンの門を鎮護カヴァーする金剛力士像アダマンタイト レスラー ブロンズが浮かべる微笑アルカイックスマイルごと猛々たけだけしさである。


 殺気など生やさしい。

 その獰猛な微笑アルカイックスマイルから発する霊圧プレッシャーは、指向性の意思をもってオチヨの元まで届く。

 並の武人であれば、この武威に触れるだけで呪詞デバフを唱えずとも金縛りスタン状態におちいるであろう。


 ……やはり、ただ者では無い。

 こやつ、なんというソウル量か。

 しかし……しかしだ。

 これ程のソウルを奪うことができれば、俺は……

 よし。


 オチヨは、一つの決断を下す。


 やるしかあるまいッッ!

 全てを出し切る。


 息を大きく吸い込み、興奮を鎮める。

 胆中に在する全てのソウルを開放させるべく、鍛錬された呼吸法を行使する。


 さらに……


 オチヨは、汗ばむ手で、呪術付与エンチャント武器である紅玉火龍槍を強く握る。

 戦場において、武人の強固なホマレ防御を撃ち抜くために開発された武器である。


 この槍に溜め込んだ推し魂お布施を使って、五分五分と言った所か……


 オチヨは、中段に仕込まれた推し魂お布施の依り代たる魂玉ソウルジェムを、そっと指で確かめた。


 何を迷っているのだ。

 カレンと共に二人組カップルで名を売り、魂玉ソウルジェム依り代よりしろ蓄積ちくせきした魂援ファンからの推し魂お布施、今こそ全てを投げうつ時。


 例え全て失おうとも、一向にかまわなかった。

 目前には、膨大なソウルを貯めた極太の胆がぶら下がっているのだ。

 奴から奪えばよい。

 屈服くっぷくさせるだけでは飽き足らぬ。

 生き胆ごと魂玉ソウルジェムを引きずり出し、ソウルことごとくを奪ってくれるわッッ!!


 視点を変えれば何のことはない、うぬが武名を成長させる好機であった。


 オチヨの瞳がギラリと輝く。

 全身に、再び活力が戻る。

 紅玉火龍槍の石突きを地面に突き立て、魂玉ソウルジェムを口元に寄せる。

 今オチヨにあらん限り、全てのソウルを武名にのせ、高らかに詠唱した。


「我が武名は、閃光鬼百合リリーフラッシュのオチヨ!!! 」

「同じく、閃光鬼百合リリーフラッシュのカレン!!!」


 二つ名ネームド憑き二人組カップル名が、二人の頭上へ現れ、燦然とホマレ輝く。


 全てはととのった。


 オチヨは吠えた。


閃光鬼百合リリーフラッシュのオチヨと、カレン、貴様に武名のホマレを賭けての死合いしあいを挑む。その武名を詠唱しろォオッッ!!」


 これで、相手が武名を詠唱すれば、ソウル的に立ち会いが成立する。

 互いのソウルパスが繋がり、勝った方が名声と共にソウルを奪えるのだ。


 オチヨとカレンの二人は、大男の返答を待った。


 だが、続く大男の返答は、オチヨの命懸けの決意を愚弄ぐろうするモノであった。

 よりにもよって、自分の武名すら分からないとか言い出したのだ。

 オチヨは、武人のほこりをけがされたと思い、腹が立った。


 それでも、冷静な部分が、大男の挑発に耐えた。

 逆に、挑発を返す事で、大男に名告なのらせるのに成功した。


 ビカビカビカッカカカカッッ!!


 なッッ!?


 突如まばゆく光る大男の姿にオチヨの精神エレメントが動揺する。


「……バイタツ!!! 俺の名前は、バイタツだッッッ」


 大音量。

 爆発的にバイタツを名告る大男から圧が放出された。


 ブゥワッッッ!!!


 土煙が天高く舞う。

 突然の風の流れが、バイタツと名告なのった武人の周りに渦を巻く。

 まるで呪術者が、風を操る力有る文字マジックスペルの動きだ。

 渦巻くソウルの流れが直接風を動かしていた。


 辺り一帯の空間が激しく歪む。

 バイタツを名告なのる男の背景が、グニャグニャリと曲がっていた。

 離れた場所にいるオチヨの元まで、その圧は届き、ホマレ防御を超えて皮膚をあぶる。


 土煙が晴れると、猛々しき武名が空に現れた。


 ばッ……ばかな……


 オチヨは、驚愕に身を震わせた。

 あり得ないモノが目に入ってきたからだ。


 ”バ・イ・タ・ツ !!!”


 荒ぶる武名が空に現れ、燦然さんぜんとホマレ輝く。


 しかも……大名ビッグネーム


 大量の承認を集め、その名を天下に轟かせなければ有り得ない大きさ。

 まさに、大名ビッグネーム


 なのに……

 オチヨは、その名を知らなかったのだ。


 オチヨは、混乱した。

 それもそのはず、これほど巨大な武名、知らぬ訳などあり得ない。

 通常、大名ビッグネームとは、武人貴族諸侯が、一族家臣の血であがない、死力を尽くしてようやく手に入れる家名ファミリーネームをさす。


 なのに、目の前に浮かぶ武名には、家名ファミリーネームすらないのだ。

 ただ、バイタツの名があるのみ。

 聞いたこともない名である。


 さらには、これほどの大名ビッグネームならば、二つ名ネームドが憑かぬ訳など無かった。


 にも関わらず、ただ武名のみが、バイタツを名告なのる男の頭上に浮かぶ。

 まさに、あり得ない光景であった。

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