旅立ち

★四日後


「さて風呂に入てるまえるか」


 そんなわけで、今から露天風呂テルマエに入って、全身の垢を落とす。

 露天風呂テルマエは、まな板代わりの岩を引っこ抜いた跡を利用した文明的施設だ。

 穴の内側に石を敷き詰め、隙間を粘土で塞いでから川の水を引き込んだ。

 食後の運動がてら、二日目に作った。

 肉体作業は楽しかった。

 実に楽しかった。

 作業に没頭したのは、けして食べるのに飽きたからではない。


 俺は、たき火の中で焼いた石を、2本の枝で器用につかんで、湯船に放り込んだ。


 ジュボッッジュボボボボボボボ……


 焼けた石が、水の中で大きな音を立てている。

 次々と、焼いた石を入れ、水温を調節する。

 少し熱めの湯が、俺の好みである。


 ツルで編んだカゴへ、白く丈夫な服とフンドシを脱ぎ捨て、全裸になる。

 ちなみに、カゴも暇な時に自分で作った。

 この手先、中々器用である。


 ザブンッ!


 俺は、文明人らしく、露天風呂テルマエ堪能たんのうした。

 ナイフ代わりのトカゲの爪で髭を剃り、ついでにアカすりヘラとして身体のアカをこそぎ落とす。

 この爪、使い勝手がよい。

 肉を食い続けて、脂ぎっていた汚れが落ちると、さっぱりとした。

 文明人としてかく有るべき姿である。


 風呂テルマエを上がり、焚き火たきびの前に座って身体を乾かす。

 ついでに食事をしよう。


 焚き火たきびの脇に集めた燃えかすが熾火おきびになっている。

 熾火おきびの灰を棒でつつくと、中から、トカゲの卵が出てきた。

 ゆで卵である。

 まな板石の角で、コンコンと叩く。


 パカッ!


 殻がキレイに割れると、中からゆで卵が現れた。

 熾火おきびの余熱が、上手にゆで卵を作ってくれている。

 卵の表面に張り付いた薄皮を、ていねいにく。


「うむ、見事にけたな」


 ツルンツルンになった卵に満足しながらかじりつく。

 卵は中々濃厚オツな味だが、塩味が足らないのが不満だ。


「ふう、喰った喰った……さて」


 ゆで卵を食い終わったので、次の作業をする。

 俺は、ゆで卵から丁寧に剥いた薄皮を用意した。

 続いて、自分の腕に包帯代わりに巻いた葉っぱを解く。

 傷に貼り付けた卵の薄皮が現れたので、新しい薄皮と交換するのだ。


「傷は、ほぼ塞がったようだな」


 トカゲとの戦闘で、腕に付けられた切り傷は、ほぼ塞がり、肉が盛り上がっている。


 傷に貼り付けた卵の薄皮は、美肌成分コラーゲンをたっぷりふくむ。

 自然、皮膚の再生効果が高い。

 傷にパワーのあるパットなのだ。


 多少の医療知識は、頭に残っていたようだ。

 卵があってくれて助かった。


 それにしても、傷の治りが早すぎる。

 傷口が腐る事も無かったし、熱も出なかった。

 こちらは、考えても分からない。

 まあ、怪我が治ってくれるのならば、どうでも良い事だ。


 傷の上から、卵の薄皮を貼り付け、薄皮が落ちないように細い葉っぱで腕をグルグルと巻く。


 あれから四日。

 俺は、ただひたすら肉を焼き、ひたすら喰っていただけでは無かった。

 文明人らしく、文明的生活を充実させるべく、俺は働いた。

 寝床は、枯れ木を組んだ柱と、地面のコケを板状に剥がして瓦にし、屋根を斜めに立てかけただけの簡易小屋を作った。

 片屋根でも、焚き火の熱は暖かく、雨の夜も快適に過ごせた日々であった。


 森の驚異も、問題はなかった。

 最初にあれ程森によどんでいた瘴気は、キレイに消え去っていた。

 森の獣たちも、あれから一度も姿を見せなくなった。

 大声で吠えたのが、効いたらしい。

 おかげで、夜は浅いながらも睡眠を取れた。

 一睡もしない生活は、大量の肉を消化するのに良くないので助かる。


 快適と言える生活だったが、辛いこともあった。

 この生活で何が辛いって、塩が無かった事だ。

 毎日、肉を焼いて香草で香り付けして喰っていたのだが、全部この味なのは参った。正直、二日目で飽きた。

 塩は、文明的生活に必要である。


 全部を喰うと決めたからにはしょうがないが、今日、ようやくトカゲの巨体を食い尽くして、ホッとしている。

 早く森を出て、人里文明に行きたい。

 今夜、ここで一眠りして腹ごなしを済ませたら、明日の早朝には移動を開始するつもりだ。


 移動のための準備も必要であった。

 トカゲの胃袋の中身を洗い、干していた物を手に取る。

 トカゲの胃袋で、水筒を作るのだ。

 胃袋が破れないよう叩いて繊維を切り、胃袋に柔らかさを持たせる。

 ある程度の柔らかさを確保したら、トカゲの筋をより合わせた紐で下側の穴をキツく縛る。

 水の飲み口側も、トカゲの爪で穴を開け、紐を通して縛る。

 紐を引っ張ってみたが、強度は問題ないようだ。

 早速、泉に行き、水を中に入れて様子を見る。

 水漏れも無い。

 これで、水筒は問題ねえ。


 続いて、焚き火の上に吊した燻製肉ベントウを確認。

 完全に乾燥してないが、何日かは腐らずに持つはずだ。


「これで良し」


 俺は作業を終え、寝床に入った。

 初日から一度も襲撃をされてないが、森の獣たちを警戒して睡りは浅い。

 目を閉じながら、これからどうするかを考えた。


 なかなか快適な生活だったが、旅立ちの準備は整った。

 最初の目的地は、初日に見た道らしき場所だ。

 道にさえ出れば、どこかに通じているはず。

 この先、何が待ち受けているか分からないが、いざとなれば、森で狩りをしながらでも生きられる自信はある。


 たき火がハゼる音を聞きながら、俺は浅い眠りについた。


 ~~~


 朝の光を浴びながら、しばしの間厄介になった仮住まいを後にする。


 荷物は、アカすりで具合の良かったトカゲの爪を1本。

 キレイな尾羽を一枚。

 トカゲの胃袋で作った水筒。

 燻製肉ベントウを少々。

 そして、トカゲの身体から引っこ抜いた穴あき石。


 燻製肉ベントウ胃袋水筒は、紐で縛って黒帯に引っかける。

 穴あき石と爪は、懐の中に放り込む。

 キレイな尾羽は、髪飾り代わりに指す。

 文明人のオシャレである。


 トカゲの食えなかった部位は、その辺りに散らかしたままにしておく。

 墓標を立てるより、小動物の腹を通じて元の森に帰す方が、森に生きた王者チャンピオンの死には相応ふさわしいだろう。


 上から降り注ぐ太陽の位置で、大体の方向を決め、一歩を踏み出す。

 一歩一歩、歩数を数えながら歩く。


 四日前に見た、道らしい場所までそう遠くないはずだ。

 これから先は解らんが、この肉体と文明的精神を宿す俺なら何ら問題はない。


 前へ向いた俺は、森の中を意気揚々と進んだ。


 ……迷った。

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