武名
★
話しをしている間に、食材を出して晩飯の準備ができた。
ニャムスが、カマドにかけた小型の鍋を降ろしている。
隣では、ロコが荷物の中から卵を取り出した。
何の卵だろうか?
「ロコ、その卵は何だ?」
「これはカラカラ鶏のゆで卵です。アトラス大陸では、食事の前にゆで卵を掲げ、食神タヴェルナに感謝するんですよ」
「へー、そうなのか」
「覚えてらっしゃらないようですし、やり方をお見せしますので真似してください」
「うむ、分かった」
ロコ達の真似をして、ゆで卵を掲げ「食神タヴェルナに感謝を」と唱えてから食事を始める。
ゆで卵を喰い終わると、水で割ったワインを飲みながら、串を喰う。
香辛料を振ったハムを同じ串に刺して火に掛け、チーズの表面がカリッとしたらできあがり。
バリボリと一緒に食べる旅の簡単料理。
「どうぞ、熱いですから気をつけて食べてください」
「すまねえな、こりゃ美味そうだ」
「ハム作りの上手な農家で分けてもらったお肉にゃ、塩析加減が絶妙にゃ、おいしいにゃ。いただきますにゃ」
ニャムスが、猫舌をフウフウしながら食べ始めた。
俺も一口食べてみると、実に美味い。
なかなか、よい夜である。
~~~
飯を食べ終わる頃には、辺りが薄暗くなってきた。
カマドの光を頼りに、ニャムスが荷物をほどき、寝床の準備をしている。
俺の隣では、ロコが、茶色いレンガ状の塊をナイフで削り始めた。
削った小片を、お湯を湧かした小鍋の中に落としていくと、良い香りが拡がる。
「食後のお茶です」
レンガ状の塊は、蒸した茶葉を押し固めた物だった。
小鍋に落とした小片は、湯の中で踊りながら茶葉に戻り、茶を煮出す。
ロコが、俺のコップへ茶を
「こりゃ、美味い」
美味い茶であった。
文明の味である。
「えへへ、いい茶葉でしょ。今回の旅先で手に入れたんです」
「高かったにゃ、若様はすぐ無駄遣いするにゃ、困った
「何言ってるんだ、ニャムスだって、これならご近所の闘茶会で勝てるって賛成したじゃないか……」
また二人が、掛け合いを始めた。
仲の良い奴らだ。
そんな事を考えてると、ロコが、俺へと質問をしてきた。
「あの、名無し様は、本当に何も覚えてないのですか?」
「ん、そうだな、俺も困っていてな」
俺の返事に、ロコは何かを考えているようだ。
少し考えて顔を上げると、俺へと質問をしてきた。
「もしかして、名無し様は、首都ハイネルで開かれる社交会に参加される予定だったのではありませんか?」
「社交界って、さっきの話しでは、貴族諸侯の集まりじゃなかったのか?」
「はい、社交会は、アトラス大陸全土の
やはり、
なら、なんで俺のような自分でも怪しいと思う男が参加できるのか?
「……なんで俺が?」
「それが、社交会最大の目玉、大ブトウカイは、庶民であっても参加が許されているのです」
社交会で行われるダイブトウカイ?
……舞踏会の事か?
俺みたいな無骨な男が、優雅な踊りを?
不思議に思い、尋ねてみることにした。
「大舞踏会って何だい? 俺は踊れねえぜ?」
俺が、大舞踏会への関心を示したとたん、ロコの目が輝いた。
ロコは、暑苦しい顔を近づけ、早口で話し出す。
「よくぞ聞いて下さいました、大ブトウカイとは、大陸中から武人が集まって、一番ホマレ高い武名を決める、武術の武闘会なのです」
あ、踊りの方じゃないのか。
「ああ、武術の武闘会か。てっきり踊りの舞踏会かと思っちまったぜ」
「そうなんですよ、武人と言うのはですね……」
「ニャァアアアア、そこまでにゃ」
勢い良く話し始めたロコを、ニャムスがさえぎった。
「まーた始まったにゃ、若様が武人の話を始めると大変にゃ」
「ニャムス黙ってろ。名無し様、話しの途中なのに申し訳ありません」
「お、おう」
目をキラキラさせたロコが、俺を凝視している。
物凄く期待されているようなので、話しを止められ無さそうだ。
「ウニャア、ニャーは止めたにゃ」
ニャムスは何かを心配しているが、何故だろうと思った矢先、ロコが早口で喋り始めた。
凄い早口で。
「では、武人についてご説明しましょう。神代創世期の昔、現世に冥府の扉が開き、巨大な
「ちょちょ、若様、若様、ちょと待つにゃ待つにゃ、近すぎし早口過ぎるにゃ、オジサンも困ってるにゃ」
「そ、そうか、ニャムス」
凄い早口で喋るロコを、ニャムスが止めてくれた。
俺の顔のすぐ前まで迫っていたロコの可愛い顔が我に返り、ちょっと不満げに後ろへ下がった。
助かる。
後ろに下がり、ばつの悪そうな顔したロコが、俺をチラチラ見てくる。
その反応に、俺の顔は笑顔で固まったままだ。
なぜなら、笑顔は
そんな俺の
「若様ゆっくり、もう少し基本から丁寧にゆっくりと説明してさしあげるにゃ、そして近すぎにゃ。ニャーが注意するのはコレが最後にゃ、後はどうなっても知らにゃいにゃ」
ニャムスの言うとおりである。
知らない知識を早口で説明されても困る。
「ああスマンなロコ、ニャムスの言うとおりだ、基本からで頼む」
俺もニャムスに同意し、ロコに基本を頼んだ。
俺の頼みに、ロコは基本から説明してくれた……若干だけ遅くなった早口で。
「えーっと、武人の話しでしたね。武人の方々は、武名を
……ん、何? ホマレ?
武名を
森でトカゲと殺り合った時、俺の奥に沈殿した名前が何らかの力を発揮させたが、あれと何か関係するのか?
疑問であった。
ご存じと言われても意味が分からない。
だが、俺が考えている内に、ロコの説明は早口で続く。
「そして武人の方々は、
大武闘会では、人が死ぬような試合があるらしい。
「おいおい、そんなヤバい武闘会なのか?」
「ええ、そうなんですよ、有名な武人は、コロシアムで行われる予選を免除されますが、無名の武人を詰め込んだ予選会の方がアツイのです」
「ふーん」
……何だか、猛烈に嫌な予感がした。
だが、命のやり取りを見世物にされるのは、たまったものではない。
「あんまり、趣味の良いモンじゃねーようだな」
「いえ、素晴らしい光景ですよ。コロシアムに詰め込まれた数百人の武人が、一斉に
どうです……では、ない。
ロコが、どやって顔で俺を見てる。
そんなロコへ、俺は素直な返事を返した。
「え、正気か?」
俺の返答にキョトンとしたロコは、さも当たり前の顔でヤバい事を言い始めた。
「はい? 何をおっしゃいます名無し様、毎年数百人は、死んだり身体の一部を失いますが、それ以上に
……やっぱり、ロクなもんじゃねえ。
「はあ~、そりゃ何て言うか……
「何をおっしゃってるのです」
俺が、気のない返事をしたら、ロコが血相を変えて俺に詰め寄ってきた。
……近い。
可愛い顔が、必死で背伸びをしながらこっちを見ている。
鼻からフンスーと圧がかかる。
離れた場所に座るニャムスは、ニマニマと観てるだけで助けてくれそうにない。
しょうがないので、俺は座っている場所をソッとずらした。
「良いですか名無し様、武人と言えば、武名こそが全て。武名のホマレが武人を武人たらしめるのではございませんか」
「ああ」
俺は、良く分からないまま返事を返した。
どうやら、武人は名前を売らないとダメならしい。
「武人は、武名を
うむ、分からん。
武人は、武名を詠唱するだけで何かが起きるのは、間違いなさそうだが……
トカゲとやり合った時、俺は自分の名を叫んだ。あの時は肉体が
あれと同じ事が起きるのか?
だが、武名のホマレと言われてもイマイチ分からん。
うむ、分からん。
武名のホマレとか言われても、あいまいな記憶しかない俺には、情報が過多であった。
「うーん、そもそも、武名のホマレの意味がわからねえ。教えてもらえるか?」
「え、武名のホマレの意味からですか……そうですね、武名のホマレはその光を浴びると武人の肉体を強化してくれる神秘の力です」
やっぱり、武名のホマレが特別な物のようだ。
ただ、この説明だけでは、どんな力があるのか解らない。
空中に浮かんでいた
「武名のホマレって、さっきの説明では、武名を詠唱すれば出てくるって言ってたが、お前が使っていた
「えーっと、呪術師の使う
武人の場合、その武名を名告ると、武名のホマレと呼ばれる何かになるようだ。
森でトカゲと闘った時、俺は謎の名前を叫んだ気がする。
あの時は上を確認する余裕は無かった、もしかして武名が浮かんでホマレとやらの輝きが俺を照らしていたのか?
だが……
「武人が名前を唱えると肉体が強化されるのは解った、だが、武名のホマレが
「武名のホマレが
名前が実体化される?
やはり、石柱から湧き出していた
「……武名が?」
思わず聞き返してしまい、ロコはキョトンとした反応しているが、俺は悪くない。
とにかく、名前にはそれだけの力が有るらしい。
「そうです、そして武名のホマレはそれだけではありません。武名を照らすホマレの輝きを浴びると、その身に纏う全ての装備ごと強化されるのです。布の服ですら
武名のホマレの輝きを浴びると、肉体だけでなく装備までもが強化されるようだ。
「それじゃ、ホマレを使えば、ほぼ無敵ってことなのか?」
「そう簡単でもないのです。そもそも鍛え抜かれた武人でなければ、武名のホマレを実体化できません。さらには、
簡単な話ではなかった。
武名のホマレを使うには、
「そりゃ、なかなか世知辛いな」
「はい、それに、近年の対ホマレ防御用に開発された呪術
武名のホマレへの対策も、新しい技術によって変化しているのか。
おかげで、己の肉体に刻み込んだ武芸が必要とされている。
「つまり、武名のホマレとやらは、武人の肉体を強化してくれるが、それ以上に武芸の鍛錬が重要なんだな」
「はい、例えば、このニャムスも武芸を磨いた武人なので、武名を詠唱すれば彼女も武名のホマレを
「ウニャァッ!?」
ロコに指さされたニャムスが、驚いた顔してこっちを見ていた。
完全に油断していたようだ。
ニャムスにも、武名のホマレ的な力があるらしい。
「ほう、ニャムスがなあ……ニャムスは強いのかい?」
笑顔でニャムスに強さを尋ねると、彼女は急にカタカタ震えだした。
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