精霊呪術


 いつの間にか、ニャムスが目を覚ましていたようだ。

 寝床のマントの中から顔だけ出して、コッチを見ている。

 ヨダレの跡ついてるぞ。


「そんな事ないにゃ、精霊エレメンタルはちょっと気まぐれだけど、力を貸してくれるから力有る文字マジックスペルが長持ちするにゃ、そして同時に複数の力有る文字マジックスペルが使えるにゃ。普通の呪術師のは強い力を使える代わりに、一瞬でソウルを使い切るにゃ、一個の力有る文字マジックスペルでヒーヒーにゃ。若様のきもはちょっと細いから、普通の呪術が下手くそなだけにゃ」


 ロコが、ほっぺたを膨らませて、ムッとした。


「ちょっときもが細くて呪術が下手とは、余計ではないか」


「本当のことにゃ。でも若様は呪術が使えないニャーにまで精霊エレメンタル呪術使ってくれるから安心して歩けるにゃ。若様は凄いにゃ、偉いにゃ、お給料上げて欲しいにゃ、そしてお腹すいたにゃ、朝ご飯の準備するにゃ」


 ニャムスが、ムフンっと鼻を高くして俺を見る。

 意外と主人想いの良い奴だ。

 まだ薄暗い中、マントから起きだした彼女は、朝食の準備を始めた。


 ロコの方は、機嫌が戻ったようだ。

 はにかみながら、説明の続きを始めた。


「ニャムスの言う通り、私の場合、普通の呪術師が力有る文字マジックスペルを唱えるだけで力を発揮するのと違い、精霊エレメンタルの力を借ります」


「ふむ」


「そして精霊エレメンタルは気まぐれです。機嫌を損ねると、たまに脚を引っかけられたり、大雨降らされたりしますが、捧げ物と一緒に魂玉ソウルジェム呪具マジックアイテムとして触媒にすれば、だいたい機嫌良く力を貸してくれます」


「コレか」


 俺は、懐からデカイ魂玉ソウルジェムを取り出した。

 コレが無いと、精霊エレメンタルは時々機嫌を損ねるらしい。


「えっ……ええ、それはちょっと大き過ぎますし、まだ未加工なのでちょっと……普通は、この杖の先に着いてる木の実ぐらいの大きさのジェムなんですが」


 ロコは、傍らに置いていた杖を持ち上げ、その先端に埋め込まれた木の実ぐらいの魂玉ソウルジェムを見せた。


「へー」


精霊エレメンタル呪法の場合は、準備が色々と面倒ですが、ちゃんと手順を踏めば、精霊エレメンタルから大きな力を借りる事が可能になります……ここまでの説明は大丈夫でしょうか?」


 少し生返事になってきた俺に、ロコが尋ねた。


「う……うむ」


 昨夜から説明が多く続いたので、情報が渋滞してしまっていたのだ。

 理解力が落ちるのもしょうがない。


「……念のため実演した方が良さそうですね、少々お待ちください」


 ロコは、精霊エレメンタル呪術の準備を始めた。


 地面の上に座り込んだロコは、荷物の中から刺繍入りの布を取りだし拡げた。

 布の表面には、金糸や光沢のある糸で五芒星が画かれており、周囲に複雑な模様が刺繍されてる。

 使い込まれた物なのか、布のはしはほつれてきてる。


 ロコは、干しイチジクを取りだし、まるで祭壇にささげるように五芒星の中心に規則正しく並べた。

 続いて、小刀で自分の指先を切り、血を数滴干しイチジクの上に垂らすと準備が整ったようだ。


 ロコは、祭壇の前でアグラをかいて杖を手に持つと、魂玉ソウルジェムが顔の前に来るようにかまえた。

 正面から見ると、びっしりと精巧な装飾が彫り込まれたジェムは、布と同様に使い込まれて光沢を帯びている。

 彼が術をやりこんでいる証左だ。


「まずは、精霊エレメンタルへのしゅを唱えます……」


 ロコは、右手で杖を握り、息を吹きかけるように魂玉ソウルジェムの穴を口元へ寄せた。

 続いて、左手の指を顔の前で立て、精神を集中する。

 大きく目を見開き、しゅを唱え始めた。


「エレクコンクタント ク ヒトヨヒトリキミセイレイサン カシノキワカバセイレイサン オチカラオカシカシカカシ ササゲコノミオカシデオチカラオカシ カクリョウツリョトバリ ホトマタギ マタギカクシヨ……」


 ロコの口から謳うようにいんを含んだしゅが流れ出る。

 どうやら精霊エレメンタルにお願い事を語りかけているみたいだ。

 その声が魂玉ソウルジェムの穴を通ると、光の粒が周囲に舞い飛び、森の中へ拡がった。


 気がつくと、ロコの声が小さくなっている。

 声が小さくなるのと合わせて周囲の空気も変わっていた。

 広場を囲む森の木々がざわめく。

 見上げると、中でも一番立派な木が、大きく揺れている。

 葉っぱ一枚一枚の影で、何かがうごめいていた。


「○×○○」


 気がつくと、下から意味不明のささやき声が聞こえる。

 見れば、祭壇の周りで、数体の小さな光が舞っている。

 目をこらすと、羽の生えた小さな人間のような形が見えてきた。

 最初にロコ達と出会った時と同じように、気を張らないとその姿が曖昧になる。

 曖昧な姿の精霊エレメンタルが数体、干しイチジクにたかっていた。


 これが精霊エレメンタルか。


 あっという間に干しイチジクが消えていく。

 干しイチジクが無くなる頃、ロコが口を開いた。


インヴィジビリティッッ」


 ロコが仕上げの力有る文字マジックスペルを唱えると、近くを舞っていた精霊エレメンタルが一斉に魂玉ソウルジェムの穴へと吸い込まれた。


 ”インヴィジビリティ


 精霊エレメンタルが吸い込まれた反対側から、砂粒ぐらいの無数のインヴィジビリティ力有る文字マジックスペルへ変化し、雲状に沸き上がる。

 言霊は、俺の目が認識した瞬間から、すぐに祝詞バフ効果を示した。

 無数の実体化したインヴィジビリティ力有る文字マジックスペルは、ロコの身体の周りで渦を巻き始め、ロコから存在感を消した。


 ロコが消えた場所には、枯葉が数枚残っているだけであった。


 ~~~


ディ インヴィジビリティ


 精霊エレメンタル呪術を解除する声が、微かに聞こえた。

 ロコが祝詞バフ効果を解除したようだ。

 徐々に彼の存在感が戻り、やがて姿を現した。


 俺の反応を観察するように覗き込むロコが、今の説明を始めた。


「これが精霊エレメンタルの力です……」


「はあ、凄えな」


 実際、彼が消える光景を目にすると、呪術とは実に不思議だ。


 パンッ!


 俺が感心しているのをジッと見ていたロコが、自分の顔の前で手を叩いた。


「これで準備は整いました」


「準備?」


 急にロコが何か言い出した。

 俺の当惑を余所に、ロコはニコニコしながら話を続けた。


「名前を思い出すための精霊エレメンタル呪術を行う準備は、細かい説明と実演で整ったと判断いたしました」


「ああ、それか」


 昨夜、カマドの前でロコが何とかできるかも、と言っていた話だと思い出した。


「名無し様の心に精霊エレメンタル呪術へのパスが繋がったと判断いたします。これで私も全力を使って精霊エレメンタル呪術を祀り行えます」


 有り難い話だが、さっき精霊エレメンタル呪術を説明してもらったとき、精霊エレメンタルの機嫌を損ねると、脚を引っかけたり大雨を振らせると言っていた。

 力には代償が必要だ。


「そんな呪術を全力でホイホイ使って良いのかい?」


「はい、大丈夫です。バジリスクの爪を頂いた時点で、私には過分の恩が名無し様との間でパス付いております。正直、呪術師にとりパス天秤バランスが傾き過ぎた恩は、呪詞デバフと何ら変わり無く、好ましい物ではありません。傾きすぎた恩を返す良い機会かと」


 彼もこう言っている。

 せっかくの申し出だ。試してみても悪いようにはされないだろう。


「解った、頼もう」

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