第16話 あっさりと見つかった徴税官(腑に落ちない謎)

 サーカス団がその村に到着した。

「あれはサーカスじゃないか!」

 村人たちはさっそく目新しい来訪者に目をつけた。

 この時代、娯楽は決して安価でも手軽に入るものでもないので、サーカス団の来訪は極上の娯楽として楽しみにされていたのだ。

 さっそく団員たちが愛想を振りまきながら村を進む。

 人々は美男美女に見惚れたり、愛らしさにときめいたり、ピエロに大笑いしたり、熊に驚いたりして騒ぎ立てる。もちろんもり立てるようにバックグラウンドミュージックが流れている。


 まずは宿を確保しようと適当な宿屋を見つけて入る。

 団長が宿屋の主人と交渉を始め、残る団員は一足先に酒場で一杯を求める。

「なかなかよいところじゃない?」

 双子の妹ロールが満足げに言う。宿がこぎれいなので嬉しいらしい。

 その様子を見てルイも微笑んでいる。

 さすがに宿の中にいきなり熊を連れて入れないのでルナは宿の外で待機だ。エイムはワイン2杯、ハム一塊を買ってそれを持って外へでいた。

「はい、どうぞ」

 熊のアーブにハムを差し出し、それからルナにワイングラスを差し出した。

「ありがとう、エイム」ルナは微笑んでグラスを受け取った。

 熊は周囲に警戒されないようにということか、ルナの隣で丸くなっているつもりのようだ。ハムを感謝するようにちらりとエイムに目を向けてからむしゃくしゃと食べ始める。

 ルナはそんな熊の頭をなででやりながら村を見回した。

「活気があるわね、人通りも多いみたい」

「栄えているって言う話は本当だったわけだ。サーカス団の営業は期待できるね」

 二人と1頭はのんびりとした心地よい時間を過ごすことができた。


 宿が確保できたので部屋に荷物を置き、夕食のために食堂に降りる。

 一団のテーブルの横の小さなテーブルには一人の二枚目の中年男性が座っていた。彼は難しそうな顔をしてメモを何度も読み返したり、考え込んだりしているようだった。

 そしてその顔はどことなく誰かに似ていた。

 まさかね、エイムはそう思った。いくらなんでも運が良すぎる。そんな偶然はないだろう。

「もし違っていたらごめんなさいね。あなたの名前はケーデンかしら?」

 しかし双子の妹ロールが遠慮も躊躇いもなく言った。こういったところは良くも悪くも遠慮のないロールらしい。

 声をかけられたその男性は驚いた顔を上げた。「なぜ私の名前を?」

 あまりのことに一団は目を丸くした。ロールは自慢げで、ルイは思わずその頭をなででいた。ロールはなでられた瞬間、反射的に嬉しそうな表情を見せたが、慌てて仕方がないなと言った表情を作った。

「えぇと」

 団長が思わず声を詰まらせた。

「ケーデン殿はここでなにを?」

「私は徴税官です。それもご存じのようですね。仕事です。この村について調べています」

 一同は思わず一斉に天井を見上げた。仕事にかまけて戻る日付という概念がなくなっていただけなのか……。まさか事件でも何でもなく、ただのワーカホリックとは。

「わ、我々はですね。ここへ来る前に町でお嬢さんの依頼を受けたんです。父親が帰ってこなくて心配なのだ、と」

 団長の言葉にケーデンは目を丸くした。あわててメモを何度もめくる。「ま、まさか。もう3週間も経過している……」

「ど、どうやら徴税官殿は仕事熱心であるようですな」団長が少し呆れたように言う。「しかしご家族をないがしろにしてはなりませんぞ」

「これはなんとも面目ない」ケーデンは頭をかいた。「急いで戻らないといけませんね」

「それで何を調べていたんですか?」

 エイムが率直に聞くと団員が冷たい目でエイムを睨んだ。

 せっかく戻ろうとしているのに話を元に戻してどうする、とその冷たい目が言っていた。

「あぁ、それは。なにもないんです」

 ケーデンは決まりが悪そうにした。

「調べなければならない理由もないし、これまでに調べた結果にも問題はない」

「それなのに3週間も?」

「そう言われるとお恥ずかしい限りです。何か私の心に引っかかるのですね。徴税官として私は先輩にこういった直感は無視してはならないと教わったものです。ですがここでは空振りだったようですね」

 ケーデンは苦笑いして見せた。

「必ず当たるというのならよいのですが、そうはいきませんからね。3週間も調べて何も出てこなかった。それが事実でしょう。明日一番で帰ります。娘にも悪いことをしてしまった」

「何か手土産を買って帰るとよいの」

 ロールが言う。

「娘さんは私と大して年の変わらないぐらい。きっと可愛い洋服やアクセサリーが気に入るわ」

「それはいい。いろいろと助けてもらって。これは御礼をしないといけませんね」

「きちんと娘さんから謝礼は前払いでもらっているから」ロールは素っ気なく言った。「お土産に投入するのが良いの」

「これは一本取られましたね。それではせめてこの場の食事代はもたせていただけますかな?」

 ロールはそれも拒否しそうだったが、団長が割って入った。「ご馳走になります」

 ケーデンもほっとした様子だった。彼ぐらいの年齢で立場のある者がここまで世話になって何もしないというのでは面子も立たないというところだ。さすがにロールもそこまでは見越せなかったらしい。


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