第10話 混沌を照らす演奏会 with ピエロ(ピエロは演奏を楽しみました)

 町は完全に無法状態となっていた。

 危険を恐れて多くの町民は家に閉じこもった。

 町民の一部が暴徒と化して領主の館と神社、そして問題の工場を取り囲んでいた。

 一触即発。なにかあれば一気になだれ込むだろう。

 だがそんなことになればこの町はおしまいだ。

 完全に治安が失われたとなれば、いずれ王都から鎮圧部隊が派遣され、強制的に町の治安が取り戻されるだろう。そのためには膨大な被害が出る。この町の規模ではもはや立ち直れないで町ごと消える可能性が高い。

 そのような未来は領主、神社、ある程度の身分のある商人や兵士には容易に予想ができた。


 多くの暴徒が集まる工場の周辺。

 工場にはなぜか主力となった元盗賊たちを筆頭に残って働いていた従業員たちが立てこもるような形になっていた。もはや出るに出れないという様相だ。

 オーナーである大商人は事務所に居座って憤慨していた。

「この工場のおかげでこの町は大きくなったんだぞ。恩知らずたちめが」

「そうはいっても水の問題を解決しないと収まらないでしょう?」

 元盗賊のリーダーが言う。

「なんとかできないんですか?」

 大商人は鼻を鳴らした。「そもそもそれが事実かどうかわからんだろうが。それにそんなことをすれば製造量がごそっと減る。お前たちを雇うこともできぬようになる。工場として成立せぬわい」

 それは本当のことだった。

 そもそもこの工場で大商人は大して儲けていないのだ。

 薄利多売でぎりぎり利益がでるような仕組みになっていて、短期間で見れば工場への投資額が回収が完了していない分だけ赤字なぐらいだ。

 だがそのことがむしろ問題を難しくしていた。

 工場は町の主要産業となってお金の流れを作っている。これは町の発展に欠かせない要素だ。この工場で働けなければ生きていけない者もいるのだ。その意味で町のために心臓のように機能している。

 一方で水の汚染は町の人々の健康をゆっくりと徐々に蝕んでいる。少なくともこれまで水汚染が原因で死んだ者はいない。いくら神託があったと言っても、正直なところ切迫感はあまりないという人も少なくなかった。

「いいか。わしは金儲けで工場をやってるんじゃない。この工場が多くの従業員の生活を支えているのだ。材料を卸す仕事も生んでいる。ここを潰せばそれだけ多くの犠牲が出るのだぞ」


 両者に言い分があった。対立は解消できそうにない。

 そんな中、突然、金属的な音が鳴り響いた。


🎵いつかどこかにたたずむ水質汚染の神

人生のゴブリン、警告も兆候もありません🎵


 それはそこにいる誰にもわからなかったが、エレキギターとメタルドラムの音だった。

 工場を取り囲んでいた暴徒たちは音のする方を見た。


🎵審査日と神託、ゴールドが到着

最終的に、皆がすべて罪なきわけもない🎵


 近くの建物の屋根の上。見慣れない弦楽器(エレキギター)をかき鳴らす男性――エイムがいた。

 その横ではピエロが打楽器(ドラム)を乱打していた。

 叫ぶような、切り裂くようなその声と音色はメタル音楽を聴いたことのない群衆をあっという間に惹きつけた。


🎵いつかどこかにたたずむ水質汚染の神

人生のゴブリン、警告も兆候もありません🎵

🎵審査日と神託、ゴールドが到着

最終的に、皆がすべて罪なきわけもない🎵


 何度も歌詞が繰り返され、暴徒の脳に容赦なく刷り込まれていく。

 意味があるようなないような。どこか疑問を抱かせるような歌詞だった。

 何十回目かの繰り返しの後。

 エイムの隣に現れた美女――ルナが語りかける。明らかに照れたような顔をしているが、彼女もサーカス団の一員、声はしっかりとしていた。

 エレキギターとメタルドラムの音が途絶え、しんとした空気の中、ルナのよく通る声が人々の心に届く。

「神託も、この工場が暮らし向きをよくしてきたことも、どちらも正しいのではありませんか? 水の汚れが人々の健康を損なっているとしても、工場のもたらす音型もまた事実でしょう。

「工場を見直して水をきれいにする。そうすればよいのです」

 そこにヤジを飛ばすような声がした。

「そんなことできるのかよ!」

 よくみれば、その声の主は団長だった。あらかさまなやらせというわけだ。

「もっともな意見です。川下にもっと大きな工場を作れば解決するでしょう」

 当然準備済みのルナはよどみなく答えて見せた。

「川下ならば汚染が人の口に届きません。工場を大きくすれば薬品を変えても生産量が増やせるでしょう」

「なるほど」

 群衆は納得した。

 解決策があるなら、両取りができるということだ。

 もちろんそのためにはいろいろと問題もあるだろうが、両立できると思ってしまったのだ。そのための犠牲は受け入れることになるだろう。

「わかった!」

 団長が声を張り上げる。

「皆もそれでいいな! 工場側もそれで対処してもらうぞ!」

 立てこもっていた大商人サワクにもその声は聞こえていた。

 気に食わぬ点もあるが、もはやこれを受け入れる以外には手立てがないことは明らかだった。

 サワクは事務所から出て返答した。「わかった! 移転しよう」


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エイムの2曲目を披露しました。

この第1部に戦闘シーンはありません。

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