第14話 徴税官の憂鬱(生真面目・有能な徴税官がいだいた違和感の正体は?)

「ここか」

 ある日。その村に王都から一人の役人が到着した。

 彼の仕事は徴税官であった。このあたりは王家の直轄領であるので、税金は王城へ納められる。その金額を定めたり、問題があれば調査するのが徴税官の仕事だった。当然、現地では嫌われる、そこまでいかなくても疎ましく思われる役目だ。

 この村は2年前まではごく僅かな税金を納めていた。地方の小さな村だ。むしろ納めたところでそれ以上の経費が統治にかかってしまうような規模だ。それが昨年から僅かながら納める金額が上昇していた。

 一方で幾つかの商店の売り上げ情報からこの村から多くの木材が出荷されていると推定された。とはいえ村から提出された書類には不備もない。表面的に見れば、正しき税務処理がされているようなのだが、彼の直感がどこか違和感を訴えていた。

 その報告を受けて、もしかすると納税額はその規模に対して少なすぎるのではないか、というのが徴税官の上司の見立てだった。

 村へ入ってみると、確かに地方の小さな村としては栄えている様子だった。

 そもそも行き交う人の数が多い。

「これは噂は本当かも知れないな」

 徴税官は道を尋ねながら進み、村長の家にたどり着いた。

 村長の家はもともとのこの村の規模に相応しい、粗末な家だった。これをみると噂の真実味が疑わしくなってくる。

 若い村長に徴税官は名乗り出た。「私は王都から派遣されてきた徴税官のケーデンと申します」

「これはこれは、はるばる王都からご苦労様です」

 村長は大きくうなずいた。

「さ、どうぞ。まずは中へお入りください。といっても粗末なところで申し訳ありませんが」

 村長に促され、中に入ってもやはり質素なものだった。とても税金逃れをして贅沢をしているようには見えない。

「さっそくですが」

 ケーデンはみたものに左右されないように急いで本題を切り出した。

「この村はこのところ急速に発展しているようですね。我々はそれに伴って税金が適切に処理されているかどうかを確認することになっているのです。お手数をおかけしますが、会計処理の記録の準備など、ご協力いただきたい」

 村長はいちいちうなずいた。「そのようなことと存じます。確かにここはこの2年で遂げました。疑問が生じるのも当然のことと思いますが、もちろん問題はないはずです。記録もすぐに用意しましょう。とはいえさすがに今日中に用意できるというのでもありません。今日はここにお泊まりになりませんか?」

 村長の申し出にケーデンは首を振った。「職務上の決まりで供応を受けることはまかり成らんのです。せっかくのお申し出、お心遣いだけいただきます」

「そうですか。それもそうですね、失礼しました。村には小さいですが宿ができましたので、そちらへご案内しましょう」


 村長が案内してくれた宿は質素だが、この村の規模にしては大きな宿だった。

 1階にある食堂に入ってみるとまだ夕方には少し早い時間帯だが、既に大勢の木こりたちが酒を酌み交わしていた。

「おぉ、村長さんでないか!」

「今日もいい仕事だったぜ!」

 村長に気づいた面々が声をかけてくる。

「それはよかった。怪我もないようでなによりだ」村長は一人一人に挨拶を返していた。

 村長の口利きで、宿のよい部屋を確保するとケーデンは一息ついた。

 振り返って見てもこの村はとても健全に見える。田舎の村にしては景気がよいようだが、特別なものは何も見当たらない。村長も気のよい人物だし、村人にも好ましく思われているようだ。

 だが徴税官としての直感は何かがおかしいと訴えていた。


 翌日からケーデンは村長が用意した経理書類を確認する作業を開始した。

 問題なのはこの2年間程度なので、さほど多い量の書類があるのでもない。

 2年ほど前から森から伐採する木材の量を増やし、それに応じてそれなりの金額が収入として得られるようになっていた。一方で村民から得られた税収の多くは伐採に必要な諸処に再投資されていた。

 再投資した先や金額にも不明瞭な点はなかった。

 人手を増やせるように住居を増やし、流通が円滑に行えるように道路整備をする。

 やってくる商人が泊まれるように宿を新設し、合わせて酒場を兼ねた食堂を作って一人やもめの木こりたちが仕事に専念できるようにしていた。

 再投資は王都の定める限界ぎりぎりの金額が用いられていたが、もちろんルール範囲内だから問題ではない。むしろ木材出荷が増えている分、間接的に王都も潤っているはずだった。


「どこにも問題ない」

 ケーデンは二日間かけて書類を精査し、まったく問題点を見つけられなかった。

 だがそのこと自体はいささか違和感のあるところだった。

 田舎の村でこれほど正確に税務処理ができている点でだ。通常は問題にこそならない範囲でだが、どんぶり勘定だったり、多過ぎ・少なすぎと言ったミスがある。

 それは当然のことだ。田舎の村にそれほど教養のある人材がいることは希だ。そんな才能があれば王都なりどこへなり行って働く方が自然だからだ。

 しかし問題がないことを問題とするほど無茶を言うことも考えられない。


 3日目。

 ケーデンは違和感の正体を確かめるため、経理データの裏付けをとることにした。幾ら書類上で正しくても、そもそものデータに不正があればどうにもならないからだ。

「徴税官殿」

 宿を出ると村長と出会った。少し疑心暗鬼になっているケーデンはそれも村長の企みのような気がしてしまう。

「おはようございます。どちらへおでかけですか?」

「書類仕事に疲れましてね」

 ケーデンはごまかすように言った。

「今日は一休みして少し散策しようと思っているんです」

「そうですか。村の周辺は一通り安全と思いますがお気をつけて」

 しかし村長は特に何か示唆するでもなかったのでケーデンは肩透かしを食らったように感じた。


 4日目。

 散策を更に続ける。どこにもおかしなところがない。そこに異常を感じる……。


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この徴税官の娘が第1部の最後でサーカスをみた少女です。

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