第18話 一触即発(村を二分しての対立)
多くの死者と怪我人を出した地すべりの後。
天気は回復したが村の空気は張り詰めていた。
村長と英雄グレイソンが中心になって進めてきた木材伐採・加工輸出。これがこの村をこの2年間で急激に発展させたことは間違いなかった。
その経済効果の恩恵を受けてきた林業関係者や商業関係者たちを中心に安全面で改善をして木材業を進めるべきだというグループがあった。
この木材業以前のこの村は急速に人口が減っていた。このままでは次の世代あたりで村が消滅するとさえ思われていた。
その村の危機をこの木材業は一気に解消していた。村を捨てて出ていくものは皆無となったし、戻ってくる者、新たにやってくる者までいた。この数十年間で初めてこの村は人口増へと転じていた。
更に木材の輸出に関連してこの村へやってくる商人やその護衛のもたらす二次的な経済効果も大きかった。村がもっと大きくなれば大した規模ではないのだろうが、まだ小さなこの村にとっては大きな収入源だった。
もう一方で被害に遭った家族やその親族、それにあまり恩恵を受けていなかった主に農作業に従事する村人たちを中心とした、これ以上の開発継続は村を著しく損なうとして木材業を廃止すべきだというグループもあった。
直接家族を失った者は大きな矛盾に悩まされていた。そもそも地すべりのあった地区に住んでいたと言うことはこの新たな木材業に関わっていたからである。つまりこの木材業があってこその暮らしとなっていたのだ。木材業に従事し、新しい家を建て、そこに家族と暮らすのはこの村では新たなステータスとなっていたのだ。
その木材業によって家族を喪ったのだから、やりきれない複雑な思いがあることは言うまでもない。それが極端な形となって村長とグレイソンに向けられるのもある意味では当然のことだろう。
「難しいところじゃな」
村長は執務机に向かって一人考えていた。この執務机、都会であれば小さな商店の店主でも使っている程度のものだ。だがこれ一つとっても、村が木材業で潤わなければ得られなかっただろう贅沢品だ。
地すべりという震災は予見できなかった。だがいずれ何らかの副作用が生じるだろうことはわかっていた。当たり前のことだ。よいことだけがあるわけなんてないのだ。
それでもそのときそのときに良いと思う選択をするしかないし、木材業がなければこの村は更に人口を減らして、そう遠くない将来に消滅していただろう。
被害者が出てしまったことは想定以上の打撃で、村長としても悲痛な思いのするところだった。だからといってすべてを投げ出すことは考えられない。むしろここで止めてしまえば、損失はただのロスになってしまう。
「だが無理じゃろうかな」
村長はまだ若いグレイソンを思いやった。
木材業を実質的に取り仕切っていたのは村長だ。だが村人にとって木材業の立役者はグレイソンである。彼なくしては木材業は立ち上がらなかっただろう。英雄とも呼ぶグレイソンがいればこそ、他の若者も力を注いだと言える。
その点グレイソンは自分の役割を理解していたと思う。自分に経営面での知恵がまったく足りないことは承知していて、村長にすべてを委ね、その先兵として働いてきたのだ。
だがこのような甚大な被害が生じたとき、村人の矢面に立たされるのもまたグレイソンと言うことになる。
彼が上手く立ち回れるならば、責任を村長になすりつけ、自分も被害者側に回るだろう。むしろそうしてもらったほうが村長としても先を進めやすい。年老いた村長が一命を賭して責任をとるとなれば、村は改めて一丸となって前を向けたかも知れない。
だがグレイソンはそんな器用な人間ではない。
被害に遭った人々の矢面にあってその(的外れなものが多い)批判を甘んじて受け止めていた。
「英雄殿は林業をどうするつもりなのかね?」
酒場でこれ見よがしに声を上げる男性がいた。
カウンターにはグレイソンがいるのだ。
あえて聞こえるように言っているのは誰の目にも明らかだった。
「やめなよ」
男性の知り合いがそれをとめる。
だが男性はその手を振り払った。
「これまでさんざん林業を進めてきたんだ。進めるなら進めりゃぁいいじゃないか。だがだんまりは違うんじゃないか、そういうことを言ってるんだ!」
別の男性が立ち上がり、その男性に詰めるようにした。
「林業がなけりゃこんなよい酒場で酒も飲めていないんだぞ!」
確かにこの酒場も林業で儲かるようになってからできた店なのだ。
「そこで酒を飲んでおいて!」
「それじゃあんな事故が起こるって知ってたってのかよ!」
二人は取っ組み合いの喧嘩を始めた。
グレイソンはゆっくりと立ち上がると、喧嘩を始めた二人を無理矢理引き剥がした。それぐらいグレイソンの体格は優れていた。
「なんだよ!」
最初の文句を言い始めた男性がグレイソンを睨み付けていった。
襟首を捕まれているので迫力はない。
グレイソンは2人ともゆっくりと床に下ろすと、黙って酒場を出て行った。
こんなことがこのところずっと続いていた。
グレイソンは1人悩んでいた。
そんなとき、彼の脳裏にささやきかける声があった。
『これまで散々甘い汁を吸ってきたものしかこの村にはいない』
『責任というなら全員にあるのだ』
『林業がなければどうせ滅んでいた村』
『もう戻れない』
『もっと儲ければ安全性も高められる』
『リスクない仕事なんてない』
ずっとそんな声が頭の中に響いていた。
それはグレイソンの責任を軽くする声だった。
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