第9話 もぐりのサーカス団になってしまいました(団長の溜息2)
とある建物の地下。
あからさまなぐらいに物騒な闘技場のような場所があった。
闘技場は周囲をぐるりと囲むように観客席がある。
一目でただ者ではないといった風貌の男女が少なからずいる。例えば眼帯をした中年男性や黒装束の女性。
目立たない・平凡な外見の者も多い。だがどこか作られた平凡さがあるせいか、異様に似たような容貌・服装の者が多い。
こどもも僅かにいるが、むしろ大人よりもすさんだ風貌だった。
そういった面々がいずれも鋭い眼光で闘技場の中央を見つめている。
その闘技場の真ん中、注目の中央にサーカス団はいた。
「こんなところで闇営業するなんて想像もしなかった」
団長がぶつぶつこぼす。
サーカス団は町の盗賊ギルドの手引きで町の中へ戻っていた。そこでとりあえず盗賊ギルドの地下訓練場でサーカスの営業をしていた。当然、観客は盗賊ギルドのメンバーだけだ。
殺伐とした雰囲気があるのはやむをえないだろう。
それでもきっちりと芸をこなすのはさすがにプロというべきだろう。
「こういうのは闇営業とはいわないのではない?」ルナが呆れたようにいう。「でも、お客さんの反応は悪くない」
「わかってる。わかってるが、見た目がな」団長はこぼした。
いかつい、どこか一癖ある男女が観客なのだ。
サーカス団が町の水汚染を気にして戻ってきたことを盗賊ギルドは好意的に受け得止めていて、観客も楽しんではくれているのだ。そうでなければギルドの地下施設でサーカス公演を開いたりしないだろう。むしろ大歓迎されている。
「怖いんだよなぁ」
ルイがこぼす。二枚目の彼はいつも女性客の注目の的だが、いかんせん盗賊ギルドの女性陣となるとどこにナイフを隠し持っているのか、あるいは腕利きの詐欺師か。まったく油断ならない存在ばかりだ。
盗賊ギルドに匿われている間、町の様子は徐々に不穏なものになっていた。
人の口に戸は立てられぬというわけだ。領主と神官長がどうしようとも、神社での神託の噂は広まっていたし、エイムの所属していたサーカス団が突然、店じまいをしていなくなったことは、かえって人々の不安を煽った。
工場では大商人サワクが更に給与を高くしていたが、それでも働き手は逃げていく者が多くなっていた。そんななか、皮肉なもので元盗賊の連中は他に宛てがあるでもなく工場に留まった。そのおかげで工場の主力になって頼りにされるようになっていた。
「俺たちはこのままでいいんですかねぇ」
休憩時間に元盗賊の一人がこぼすように言った。
元盗賊の中でリーダー格になっていた男が答える。「よかぁないかも知れないが、他に行く宛てもない。そうだんしようにもウード団長たちは追放されてしまってもう町にいない」
「それですがね」
元盗賊はささやくように言った。
「最近ギルドの方で何やら動きがあったそうですよ」
「お前」リーダーはその盗賊を睨み付けた。「足を洗えって言われてるだろうが」
「そ、そういうんじゃないですよ」
元盗賊は慌てて言った。
「この町じゃ盗賊ギルドは表向きも存在してる。質屋も経営してますからね。給料日の前にたまたま使ったんですよ」
「本当だろうな?」
「今さら盗賊に戻りませんて。そんな恩知らずじゃありません。なんでもギルドの方で毎晩、興行があるって言うんですよ」
「ギルドで?」リーダーは眉をひそめた。「盗賊ギルドだろう?」
「そこですよ。普通じゃない。もしかしたウード団長たちが戻ってるんじゃ?」
「仮にそうだとしても連絡はとれんだろう。それに話ができすぎだ」
サワクは人手が減ってしまい、出荷が滞り始めると、生産量を増やすために使用する薬品の濃度を3倍にすることで作業時間を半分に短縮することにした。
当然、水汚染は更に進行した。
あの弟のような症状が町のあちこちでみられるようになっていた。
神官の毒消しの魔法が短期間であれば効果があることで、かえって神社への風当たりは強くなっていた。何度も毒消しの魔法をかけることで、料金を何度もとって儲けようとしているのではないか、と言われる有様だ。
神社では若手神官を中心に神官長への突き上げが増していた。
「神託を軽んじることは認められない!」
若手神官の代表が神官長の執務室へなだれ込んだ。
「あれだけはっきりした神託があったのに、どうして何もしないんですか!」
「これは高度な政治問題なのだよ。若い者にはわからんだろうが……」神官長は老獪な口調でなだめようとした。
「馬鹿を言わないでください!」
若手神官は頓着せずに叫んだ。
「それならまず、あなたとあなたの家族は井戸水を使わないただきたい。それに家族への魔法の公使も不要ですな! 神社には解毒を求める町民が昼夜を問わずに大勢来ているんです。我々の魔力も尽きて全員を癒やすこともできない日があるんだ」
神官長はおどおどといった。「いや、しかし」
「これ以上は我慢ならないというのが我々の総意です。あの神託は正しかったに違いない。このままでは町は滅びてしまう。
「あなたの罷免決議を要請します。いや、そんな決議のための時間も無駄だ。ここで辞表を書かないならいっそのこと」
若手神官は冷ややかに言った。
「あなたの行動を公表すれば、あっというまに家族もろともリンチされておしまいでしょうよ。それでもいい」
1時間後。神官長は辞表を出し、若手神官のリーダーが臨時の神官長に就任した。
新神官長はその足で領主の館へ向かおうとした。
だが、神殿は抗議の声を上げる町民に囲まれていた。
「手遅れだったか」新神官長はうめいた。
同時に領主の館と工場が暴徒と化した一部の町民に取り囲まれていた。
町はもはや治安を失った。
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サーカスの闇営業……。この第1部で最もシュールなシーンを書こうと思いました。
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