第6話 サーカスを公演して奇病を発見しました(異世界で公害問題?)
それから二日後からサーカス団は役所の許可を得て広場のスペースを使うことができるようになった。
団長のウードは初老の平衡曲芸師だ。サーカスでの衣装はありふれた村人風を装っている。何段にも高く積み重ねたグラスをのせたお盆を右に左にゆらりゆらりとさせながら運ぶのが十八番の芸だった。この世界では現代地球よりも圧倒的にグラスの価値は高い。高価なグラスが一揺れする度に観客は喜んで悲鳴を上げるのだった。
動物曲芸師のルナは動物を調教するテイマーのスキルを持っていて、大柄な熊を自在に操って客の度肝を抜く。サーカスでの衣装はちょっとセクシーなスリットのあるロングスカートと胸元が少し開いたブラウスだ。ルナ自身はエイムと同じ10代後半の美女で、まさに美女と野獣の芸だった。
熊の名前はアーブ。地球で言えば月の輪熊のような大きな雌の熊で、体全体は限りなく黒に見える濃い茶色。首のところは月の輪ではなく首輪のようにぐるっと輪になっている。それと小さな羽根のようにも見えるこぶが背中に2つある。
ピエロのラザールは普段から顔の白粉を落とさない変わった男性……たぶん……だ。誰も白粉を落としたところを見たことがなく、年齢も不詳だ。衣装もまさしくピエロといった腕も足も胴体もだぼだぼのかぼちゃのような形だ。ちなみに普段からまさしくピエロな生き方をしているが、普段着は動きにくいからかだぼだぼではない(それ以外はピエロ)。
トランポリンで軽妙な技を見せるのが双子姉妹のリーズとロールだ。二人はエイムやルナよりも少し年下の可愛らしい双子だが、世の厳しさを渡ってきたからか、その考え方は結構ドライでお金にシビアだ。衣装はもちろん二人そっくりな可愛らしいものを比較的高頻度に替えながら着ているが、衣装代が馬鹿にならないので組み合わせでバリエーションを稼いでいるのは秘密だ。芸はトランポリンの上で二人が絶妙に入れ替わる技を十八番にしていて、見ている客を楽しませる。
空中曲芸師のルイは少しだけ魔法の心得があり、それで空を飛べることを活かした限界を超えた空中技を得意としている。20代前半の美男子でどこへいっても女性客の心をつかんでいる。衣装もそれに見合った「ザ・美男子」といったすらり・ひらりとしたもので化粧もしている。
エイムはこのサーカス団に拾われてからはサーカス中のバックグラウンド音楽を一手に引き受けている。彼の得た音楽スキルの一部に<仮想楽器>能力があり、どんな楽器でもイメージしたものを瞬時に実体化できる。これを使って芸にあわせて盛り上がる音楽を奏でるのが仕事だ。最近は途中で歌を一曲披露して他のサーカス団員が次の芸の切換する時間を稼いでいる。彼の衣装はまだ特に定まっていないが帽子をかぶることだけは早期に団長が決めていた。どんな帽子がよいかは試行錯誤と言った様子だ。
サーカス団としてはさして珍しくはないが、ウード団長は宣伝も上手なので、公演は毎日大勢の客が集まっていた。
そんなある日。
エイムは公演開始前の入場受付の仕事をしていると一輪車をよたよたと押してくる12歳ぐらいの女の子がやってくるのに気づいた。一輪車の上には8歳ぐらいの男の子が申し訳なさそうに縮こまるようにして乗っている。この世界には車椅子という概念はまだないのだろう。これまで見てきたところから考えると、この世界の木工技術はかなり高いので、作れないとか高価になりすぎると言うことはなさそうだから。
町の人たちは見慣れた光景なのか驚くことはなく、一輪車に道を空けていた。
「あの、このまま中に入れますか?」
女の子は息を切らしながら言った。懇願するような目をしている。
一輪車に乗せられた男の子は申し訳ないような、でもサーカスを見たいというわくわくした雰囲気だった。
エイムは笑った見せた。「もちろん大丈夫だよ。こっちへどうぞ」
そういって会場内へ連れて行く。ちょうど左側に椅子のない空いているスペースがあるので、そちらへ案内する。
「弟さんかな?」案内しながら声をかける。
「はい!」
姉は元気よく言った。
「弟は病気で足が動かなくなっちゃったんです。でもサーカスはどうしても見せてあげたくて」
ちらりとみると弟の足は少しゆがんでいるようだった。
「そうか、いいお姉さんだね?」微笑んで弟に話しかける。
弟の方は少しシャイなのか顔を赤くして、それでもちゃんと答えた。「はい、いつもいろいろよくしてくれるんです」
「それはよかったね」
エイムはその頭をなでてから弟を抱き上げて一番前の椅子に座らせた。
「ほら、この姿勢で辛くない?」
「あ、ありがとうございます。大丈夫です」
「なにかあったら言ってね。お姉さんはその横へ。それじゃ」
「あ、ありがとうございます! それとまだ代金を払ってない……」
「ここは関係者席なんだ。ほら、端っこだろ。だから料金はなし」
エイムは言い切って受付へ戻った。
受付へ戻ると彼の不在の間を空中曲芸師のルイが埋めてくれていた。サーカス団一の二枚目である彼が受付に立ってしまうと女性客のせいで流れが悪くなってしまうのだが、一輪車の姉弟を案内するのにはちょうど良かった。
「ありがとう、ルイ」
「なんてことないさ」
ルイは対応していた客から料金を受け取るとチケット代わりの綱きれを渡し立ち上がった。ルイが下がってしまうとみて並んでいた女性客から残念そうな溜息が漏れる。
下がりながらルイはエイムに小声で言った。
「あの姉の方も足が少しおかしくなりつつあるよ。帰りに少し留めてくれれば、もう少し何か見てやれるかもね」
ルイは魔法使いの素養があるので、エイムには見えないなにかが見えているらしい。
「わかった、ありがとう。足止めしてみる」
公演の後、せっかくだから団員と話をしてみないかといって姉弟の足を止め、団員たちと話をしている間にルイが密かに様子を確認した。
「お嬢さん」
ルイが言った
「弟君はいつから具合が悪く?」
「1年ほど前に急に。それまではとっても元気だったのに」姉は残念そうに言った。
「お嬢さんは大丈夫?」
「はい。私は元気です!」姉はそういって腕を振り上げて見せた。
「そう。それはよかった」
姉弟がたいそう喜んで帰ってからルイはエイムに言った。
「あれは少し無理をしているね。姉の方も足の動きが少し鈍いはずだよ。それに公演中に客席を見ていたんだ。結構な数、足や手に妙な魔力の流れがある人がいた」
「何の話だ?」団長がいう。
エイムとルイはあの姉と弟のことを説明した。
「奇病か」
団長は腕を組んでうなった。
「生まれつきというのならまだわかるが、急にというのはな。それに似たのが他にも多数となると」
「ちょっと。私たちは大丈夫なの?」ロールが噛みつくように言う。
「動物にも影響があるのかしら。アーブが心配だわ」ルナが熊の心配をする。
「そんな急に何か起こるようなものならとっくに大事になっているさ」
ルイは特にロールをなだめるように言った。
「とりあえずは大丈夫だよ」
「気になるが、俺たちでどうにかできることでもあるまい。何かわかれば町長へ進言するというのもあるが、これだけではな。仕事に戻るぞ」
エイムはその晩、なかなか寝付けなかった。
奇病というと地球での学生時代に習った公害が思い出される。
歴史の授業で学んだ代表的なものが幾つかあって、多くは工場からの排出物が原因となっていた。近代だけでなく鉱山・炭鉱などでの病気も根は同じと言えるだろう。
こういった環境汚染は大きな問題である。神々の言っていた障害の一つである可能性もある。
だがその先が問題だ。
公害解決では排出物と病気の関係を科学的に調査したはずだが、この世界ではそういった科学技術は未成熟だ。地球だって公害として対策がとられるようになったのは決して昔のことではない。
この世界は現状で中世ヨーロッパに近いという時代的なものもあるが、魔法の存在によって科学の発達は遅れているようだ。それはそうだろう。原理がよくわからなくても、治療や遠距離攻撃ができてしまうのだ。自ずと原理を調べる欲求自体が生じづらい。それよりも呪文や信心を高める方が効果が高い。
それにそもそもの物理法則自体が魔法込みのものだから、そもそも物理現象を地球にあったような理論化ができない可能性すらある。
「だとすれば、どうすれば調べられる?」
エイムは寝付けなかった。
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ルイ活躍回です。彼は外見とサーカス団での役柄にそぐわない?真面目キャラクターなのです。双子の姉妹の妹ロールに想いを寄せています。
♡ありがとうございます! やる気が出てきます。第2部を鋭意、書き進められます。
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