第11話 騒動の舞台裏は……(ルナ照れる)

「ちょっと!」

 顔を真っ赤にしたルナは盗賊ギルドの地下、サーカス団の隠れ家にもどるとエイムに文句を言った。

「あんな大勢の前で何を話させるのよ!」

「おかげで暴徒が暴れる前に止められました。素晴らしい活躍でした」エイムは平然ぶって答えた。

「私はサーカス団の猛獣使いなの。政治家じゃないのよっ」

 エイムはにやりとして見せた。「それはもったいない。このままお役人の道へ進むのもよいかもしれませんよ?」

「馬鹿なことを言わないでよ」

 ルナは呆れた。

「だいたいが全部、団長とエイムの台本通りじゃないの。団長もエイムも得体が知れないわね」

「いやー。よい音楽でしたよ」

 まったく空気を読まずにピエロのラザールが汗を拭いながら言う。

「これ、メタルドラム、でしたか。なかなか体力のいる楽器ですね。でも爽快、痛快。音楽を奏でるのもよいですねぇ。芸に組み込めないか、考えてみないといけませんね」

「それはよかった」エイムはうなずいた。

 だが純粋にラザールが音楽を楽しんだことがどこかエイムの心にひかかった。

 エイム自身は歌と演奏を説得(駄目なら洗○)のスキルとして扱っていた。それはラザールのようにそれ自体を楽しんでいたのとは大きく違った。でも楽しくなかったのでもない。むしろエイムも楽しんだ。

 そこに心の矛盾があったのだが、その場ではすぐに忘れた。

「ラザールもすぐにドラムを使いこなせて凄かったですよ」

「曲芸の玉乗りに比べれば大したこともないですね」

 戻ってきたルナに近寄ってきた熊アーブがエイムに何かを抗議するような目を向ける。

「悪いな。今回はさすがに熊の役割は見つけられなかったんだよ」エイムが謝罪するように言うと、熊は仕方がないなという表情を見せて引き下がった。

「何で私のアーブとわかりあってるのよ!」ルナが抗議する。

「なんとなく?」

 エイムはそういうとその手に鍵盤ハーモニカを現出させた。

「皆さんの協力の御礼に一曲」

 どこか懐かしいちょっともの悲しいトーンの曲を奏でた。


 同じ頃。領主の屋敷には盗賊ギルドの長が密かに訪れていた。

 眼光も鋭い長を前に領主はかなりの緊張を強いられていた。何しろ盗賊ギルドには暗殺者も所属しているのだ。町の闇の部分を担っていると言ってよい。

「……と状況は今、お話ししたとおりです。水汚染を放置すれば人々が倒れてしまう。それではこの町はおしまいだ」

「だが今さら工場なしでの経済などでは誰も納得せぬぞ」領主は抵抗した。

「そこで工場の川下への移転と規模拡大です。これで問題はほとんどなくなるというのが彼らの見立てです」

「うまくいくとはかぎらん。やってみねばわからんだろう」

「まさしく。ですがこのまま続ければ町の破滅は確実。移転させれば経済も維持できるかも知れない。どうするかは明らかですよ」

 盗賊ギルドの長は思わしげに首をなでて見せた。

「もちろん、あなたの後任の方とお話をするのでも構わないのです。それこそ明日にでも?」

 領主は目を見ひらいた。「わ、私を、王国貴族を脅迫するのか」

「町民を守れずして何が貴族か、と。宮廷ではそういう論理になりましょうな。神託も下っているのです。なにもしないのは無理筋ですよ」

「だがサワクが」

「彼には移転先決定までの栄誉を担ってもらうことになるでしょう」

「何をするつもりだ?」

「何もしませんよ」盗賊ギルドの長は首を振った。「だが事故はいつでもどこでも起こりますからね」


 領主が提供することとした古い兵舎跡に工場を移設することが決まった。

 現地を領主と大商人サワクが訪れて確認し、その場で調印した。

「すぐにでも工場の移設をはじめましょう」

 サワクは満足げに言った。

 移転先は元の5倍もの敷地面積があり、これが領主から実質無償で提供されたのだ。サワクにしてみれば想定外の利益だった。これで規模を拡大すれば、稼働率を下げても十分に儲かる見通しが立った。

 彼は2年ほど前から夢を見るようになっていた。その夢は凄くリアルで、工場の設置も夢で見たことだった。夢には姿形は見えないが彼を導くような存在が感じられ、サワクはそれを神のように信仰するようになっていたのだ。

「おぉ、名も知れぬ神よ。導きにより……」

 彼は元の事務所に戻り一人祈りを捧げようとした。

 だがその直後。彼は背後から心臓を貫かれていた。


「これでよかったな?」

 事務所の裏手に盗賊ギルドの長とエイムが隠れていた。

「工場はギルドの手のかかった者が引き継ぐ」

「約束通りに」エイムは暗い表情でうなずいた。「あまり気持ちのよい手段ではありませんでしたね。効率的でもない」

「やむをえまい。実体もない悪魔を信仰しているなど、決して証明できん。こればかりは神託でも無理だろう」

「でもあなたは信じた?」

 ギルド長はにやりとした。「それはどうかな? これは盗賊ギルドの利益に叶うということだけかもしれぬぞ」

「……。まぁ、そうではないと信じていますよ。俺としては本当は説得。せめて洗脳したかった」

「あれは無理だ。うちの魔法使いが調べたが、何らかの魔法効果を受けていて洗脳はできん。そういう性質の自己魔法は確かにあるのだ。普通ではないが」

「悪魔の加護?」

「それは少し違うようだ。心が固定されるのだと魔法使いは話していた。ある種の防護魔法で、心の中のどこかが改変不可能になるのだと。自己防衛なのだろう。そうなってしまうとなにをしようが自白もしないし洗脳もできない。ある意味で意志がそれほど強くないからこそ厄介な状態になるのだね。盗賊ギルドでも同じことができれば、いろいろと仕事がはかどってよいのだがね」

「捕まっても決して情報を漏らさない暗殺者?」

「そういう使い方もあるね。さて、ここいらで失礼するよ」

 盗賊ギルドの長はきびすを返した。

「そうそう。サワクが工場を建てる前に頻繁に訪れていた村がある。そこへ派遣された徴税官が帰ってこないと数日前に娘が冒険者ギルドに依頼を出したそうだ。だがいくら徴税官の家とは言え、子どもの出せる金額では誰も依頼を受けないようですよ」


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エイムの現代人的な合理主義が垣間見られました。

このことがエイム自身の悩みへとつながっていきます。

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