第2話 ホモ、連行される

「切幡くん、どうしてホモになったか教えて?」


 俺と手をつないで歩くかささぎさん。柔らかいうえに、あったかい。

 でも俺は興奮しない。


「女なんて、信用できないから」

「どうして?」

「『好き』とか言っといて、実質ブランド品とかメシとか掃除とか肩もみとかさせられるから。結局女って、男のことをATM兼召使いとしか考えてないから」

「だよね~」

「否定してくれ!」


 ルンルンしながら手を振る鵲さん。茶髪が揺れている。


 胸、まっ平らだなぁ。男っぽいぜ……☆


「あのさ……切幡くん」

「えっ」


 やば、胸見てたの気づかれたか? ま、興奮してないってこと理解してくれるからいいか。


「キスしよ?」

「えっ」

「キス……しよ」


 柔らかそうなピンク色の唇。少し湿っていて、ぷるんとして。頬を赤らめて目を閉じ、遠慮がちに唇を突き出している。


「嫌だ」


 俺はその光景キス顔に全く興奮しなかった。だって鵲さんは女だから。俺は男の唇に興奮するんだ。太くてたくましくて、やや乾燥した、頑強さを感じる唇に。ヤワな唇には興味ない。


「さすがホモサピエンスさまあぁぁ♡ 女に興味無いトコに惹かれちゃうよぉ」

「ホモサピエンスって呼ぶな! 全人類に申し訳ないから!」

「じゃあホモエレクトスに改名すればいいんじゃない?」

「いやそういう問題じゃ」

「ならホモジーニアス? ホモストラクチャー? ホモジナイザー、ほも……ほも……ほもぉぉぉぉぉ♡」

「何言ってんのか分かんねえ!」


 まったく女ってやつは。興奮をエスカレートさせたらブレーキが効かない。まるでアクセルしか装備されてない自動車だ。こっわ。


「あの、ホモ……じゃなくて切幡くん、お願いがあるんだけど」

「できれば聞きたくない」


 目を輝かせている。


「お尻の穴、触ってみたいな♡」

「ダメだ!」

「も、もちろん洗ってからだよ? なんなら私の家のお風呂で洗っていいよ? 絶対ひそかに写真撮ったりしないし、絶対一緒にお風呂入ったりしないから!」

「はいダメ」

「え、ええええ……悲しいよぉ」


 俯く。目をぬぐう仕草をする。


「あのさ、そういうのは小説とか漫画の中だけだって。現実に男子の尻穴を触るとか、常識から逸脱してるって」

「じゃあどうして切幡くんはカレシの肉棒をじゅぽってたの?」

「……っ」


 常識を逸脱してたのは俺も同じだった。てか「じゅぽる」って動詞……


「一回だけ触らせてよ。その後は二度とこんなこと言わない!」

「無理だ」

「なら二回!」

「何で増加してんだよ!」

「なら棒の先っちょの穴でいいよ?」

「代替案がどう考えてもダメすぎる!」

「むぐぅぅ……」


 拗ねた。いや拗ねてんじゃねーよ、あんたの欲求が異常なだけだから。


「じゃあ、私が何をしたら切幡くんの一部になれるの?」

「いったいどういうことなのか微塵も理解できない」

「私は切幡亮人っていう、ホモサピエンスの中の人に触りたいの! でも、手を握るとか、頭なでなでしてもらうとか、乳首なでなでしてもらうとか、そんなんじゃ物足りないよ!」

「最後のどうにかしろよ!」

「わたし……我慢できないの。実はね、とある穴から、我慢汁みたいなのが出てるんだ。止まらないの、どんどん湧き出してくるの。パンツが濡れて、どうしようもなくて……ぐすっ」


 ええ、何で泣くんだよ。


 その場にうずくまり、本格的に泣き始めた。周囲の人が彼女と俺を一瞥いちべつして通り過ぎている。


「こうやって座ってたら、ますますお汁出てきちゃう……ぐすっ」

「立て!」

「無理だよ、足が動かないの。ああ、夏彦、私を立たせて?」

「それ俺が書いた小説の主人公!」

「ああ、馬佐良ばさら、私をお姫様抱っこして?」

「それも俺が書いたやつの登場人物じゃねえか! しかもかなりの責め手だ」

「ああ、隆々道りゅうりゅうどうお兄様、私をいじめて?」

「それはガチ受けの登場人物だ! 今まで一回も人をいじめたことがないやつだ!」


 そのとき


「ナニアレ」「きっも」「ホモ?」「あれ腐女子だ」「やっば」「学力低そう」「貧乏そう」「陰キャラ?」「メガネしてないのが不思議」「てかあの男、ホモなんじゃない?」「それな」「ホモとかキモいんですけど」「ホモw」「ホモ(笑)」


 うっわ……悲しい……


「とりあえずさ、道端でうずくまるのはやめよう。な?」

「じゃあ、頭なでなでしてよ」

「分かったよ」

「えっ……」


 刹那、鵲さんは飛び上がった。


「う、嘘嘘! なでなくていい! ……なんか急に恥ずかしくなっちゃった」

「あんた勝手だな!」

「だって……だってぇ……女心と秋の空って言うじゃん♡」

「腐女子が言うセリフかよ!」


 なんて日だ。カレシに振られて、ガチファンに捕まって、おまけに通りすがりの人に悪口言われて。


「あ、今どこ行ってるか分かる?」

「そりゃ俺の家に帰ってるところだろ」

「違うよ?」

「いや何であんたが決めてんんだよ、俺は帰宅してるんだよ」

「ううん。わたしの友達の家に連行してるんだよ」


 何か、意味不明なことに巻き込まれる予感だ。


「逃げたら、どうなる」

「死ぬ、かな」

「マジか」

「ウソ」


 嘘かいっ!


「でも、社会的に死ぬのは本当だよ。もし逃げたら、『ホモオオオ』って叫ぶ。もしくは警察に電話してホモに殺されかけたって言う」

「俺、死ぬほうを選ぶ。じゃ」


 俺はダッシュで逃げる。

 どうせ、生きてたって楽しいことなんかない。ホモに人権なんかない。俺は一生ホモのつもりだから、ここで死ななければ笑われて一生を終える。カレシにも振られた。俺には生きる意味がない。


「ちょ、待ってよホモサピエンスくん!」

「だああああああああああああああああああああ、その呼び方やめろ!」


 腕にしがみついて、俺の行く手を阻止する鵲さん。なるほど、自分の二つ名を公共の場で叫ばれたら自殺願望って消えるんだ。


「とりあえずさ、わたしの家に来てよ。もう友達呼んであるし、切幡くんが来るってことになってて」

「勝手すぎるだろ! にしてもあんたにとって予定調和すぎやしないか⁉」

「全員ホモ大好きだから安心してね」

「できねぇ!」

「全員ホモサピエンスのファンだから大丈夫ッ」

「どこがだよっ」

「全員切幡くんのお尻の穴とお口の穴と肉棒の穴を触りたいだけだからオールオッケー!」

「極度の不安ってレベルじゃねーぞ!」


 鵲さんの腕を振りほどこうとするも、物凄い力だ。


「ちょ、落ち着いてよ」

「放せ!」

「嫌! せっかくホモを捕まえたんだから」

「猪みたいな扱いすんな!」

「猪に犯されるホモも書いて? 切幡くん♡」

「だああああああああああああああああああああっ」


 俺はそのまま地下鉄の駅に連れて行かれ……

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