[ホモサピエンス作]

第17話 迦楼羅、俺の唇と交わりたいか

 実は虚空蔵菩薩は、俺のことである。

 一般に虚空蔵菩薩と呼ばれている俺の本名は、「真」。まこと、と読む。

 実は最近、迦楼羅という鳥に念仏を覚えさせていたんだが、経典の少し違うところを読み上げてしまった。鳥だった迦楼羅は、イケメン低身長の女の子みたいな男の子に返信してしまった。


迦楼羅かるら


「まこと様」


 初夜は、昨日済ませた。でも、互いに初めてでどうすればいいのか分からず、二人で己の竿をごっしごしと摩擦した。俺は出なかったけど迦楼羅は出てしまって、大層顔を赤らめていて、俺は初めて男の子がこんなに魅力的なんだと知った。


 経典にある「×××」(分け合って公にできない)という言葉は、すべてを可能にするのである。たとえば目を病んで何も見えない翁は、この言葉を一日中呟いたのだが、翌日目を覚ますと絢爛豪華な自らの邸宅の様子が目に見えるようになっていた。


 俺が誤ってしゃべっちまったのは「×××之×」という、少々似通ったお経。まさか畜生が人になるなんて思ってもみなかったから焦って、慌てて書庫に走り、経典のその部分について調べた。


 迦楼羅は、仏教の守護神でもある。守護神、それがキーワードだった。


「まこと様、今日もいい天気ですね」

「ああ。まるで君の笑顔のように晴れ渡っているね」

「そ、そんなこと言われると、疼いてしまいます」


 迦楼羅は俺を守ってくれるのだ。すなわち、俺には甘えて他者には厳格。もっと嚙み砕いて言えば、俺には受けで他者には責め。


「おい、テメェら暇そうだな。拙者にカネよこせ」


 足軽とおぼしきアンポンタンが、菩薩である俺にエラそうな口をきいてきた。


「尻を出しなさい」


 迦楼羅は勇敢であった。足軽とて刀を所持している、もし身を斬られたら一巻の終わり、命は尽きる。


「んだと? ちっこい体してよくそんなこと言えるな。いいか? 俺はガチホモなんだ。もちろん責めだ。ナメた口きいてたらその尻掘るぞ!」


「掘れるなら掘ってみなさい。この迦楼羅はまこと様の守護神、あなたが痛い目をみますよ」


「んだとぉ?」

 

 刀を引き抜いたその時!


 迦楼羅は本来の鳥の姿に変身した。そして華麗に足軽の背後に回り込み、


「この迦楼羅、自らの聖なる刀を汚したくはありません。この拳で、あなたの尻穴をガバガバにさせてあげましょう」


「だあああっ」


 いつの間にか人の姿に戻っていた迦楼羅。


 刹那、竜巻が巻き起こり、迦楼羅と足軽の両方の姿は砂ぼこりに消える。


「キョエエエエエエエエエエエエエエエ」


 渦巻く砂風の中から、快楽に溺れる足軽の声が。そしてなぜか感じる……迦楼羅の……俺の守護神である迦楼羅の……波動を。


 ドクン


 ドクン


 ドクン(どぴゅっ)


「待て迦楼羅!」


 俺は悟ってしまった。


 たとえそれが拳でも、どこの馬の骨とも知らぬ男の尻穴に迦楼羅の身体が挿入されても良いのか。

 拳。それは決意。それは魂。そして、心。


「まこと様……こやつはまこと様に無礼な言葉を吐いたのです、ぜひ懲らしめることをお許しくださいませ」


「ならん。迦楼羅、俺は悟ったのだ。最も大事なことは、最も大事なことを為している様子を見守ることによって学習される。すなわち、見学である。この足軽に足りないのは、人間の最も深い所にある大切な核、そこから放たれる光明に気づいていないことである。それを見せつけるときが、来た」


「え……まこと様、何を言っているのか」


 俺は夢中だった。一発出して袴が濡れているが気にせず、迦楼羅のもとに向かい、


「ひゃん」

「迦楼羅、尻を向けるのだ」

「こ、こんなところでですか? 僕、まだ心の準備が」

「ならば、これでどうだ」


 俺の唇は特殊だ。毎日お経を唱える僧侶たちの言葉は、己の唇を通過している。一部のお経の残滓が唇にこびりついて幾千年、塵も積もれば山となる。


「んむぅ!」


 僧侶たちの祈りが、ここに具現化!


 俺と迦楼羅のキスは、濃厚かつ耽美たんびであった。光り輝くキスに心を洗われた足軽は自らの竿をしごき始め、己のくだらない白濁液を出し、浄化された。


 それにとどまらぬ。


 世界が、俺と迦楼羅のキスによって照らされたのである。

 甘美な汁が混ざりあう中、竿はビンビンに立ち、尻穴はヒクヒク動く。その波動は全世界を覆い、世界を安寧に導いた。


 だが……



「まこと……様」

「迦楼羅? 迦楼羅!」


「まこと様、すばらしい口づけでした。私は本来の姿に戻らねばなりません」


 それって、鳥になるってことか? 俺は鳥じゃなく人の姿の君が良いのに。


「そうか。迦楼羅」


 俺は欲を殺す。迦楼羅に負担をかけたくなかったのだ。これ以上濃厚なキスをしたら、迦楼羅はおそらく光となって消える。その前に、本来の鳥の姿に戻らねばならなかったのだろう。


「まこと様。もとの鳥の姿に戻りますゆえ、お経をお唱えくださいませ」

「そうだな」


 俺は、「××××××、×××」と100回唱えた。


 しかし……


 そのお経は鳥に戻るものではなく……

 木彫りの像(鳥の姿)になるもので……


(やらかしてもうた……迦楼羅が命を失う……)


 ミス、ここに極まれり。


(迦楼羅。俺も木彫りの像になるよ。そのときはきっと、結合しような)


 俺は、己が木彫りの像となるお経を唱えた。

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