雪層美逸=話し相手

第14話 雪層美逸への道のり

「お、お兄ちゃん、どどどうしよ、大変なことが起きちゃったよぉ……」


 俺、切幡きりはた亮人りょうとは今、家のアパートの玄関ドアを勝手に開けられている。ドが付くレベルのギラギラピンク色ツインテール美少女が突如として訪問なされ、俺は玄関ドアのドアノブを握ったまま対峙しているところだ。


「どうしよう、どうしよう、どうしようううううう」


 ぎゅぅ、と目を閉じてあたふた戸惑っている。いったい何が発生した?


「落ち着け。まず、状況を教えてくれ」


「あのね、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが、お、……お姉ちゃんが……うううっ うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああん」


 家全体を揺るがす大声を出しながらその場にへたり込んでしまう。玄関前でへたり込んでしまうと、近隣住民の迷惑になる可能性もある。


「ちょっと亮人、あんたまたマナミちゃん泣かして」

「違うんだよ母さん、こいつがいきなり突撃して泣き出したんだ」

「ったく、その子うるさいんだからさっさと処置しなさいよ?」

「わかってるよ。ったく」


 久留宮ミィ子の妹、久留宮マナミ。こいつは自称「全人類の妹」であり、すべての年上を仏様のごとく愛しているという。


「じゃあな」ガチャッ


「ま、待ってよお兄ちゃん、待って待って待ってええええ」

「俺はお兄ちゃんじゃねえ! ホモだ!」

「ホモお兄ちゃん、待ってよ」

「うっさい!」ガチャ。


 こんだけうるさけりゃ隣の人が警察に通報してくれるだろう。あるいはあいつの親が迎えに……


(そうだった、あいつの家は両親がいないんだった)


 久留宮家は、姉とともに、さらに上の姉の家で暮らしている。言い換えれば、長女の家で、次女と、三女(=あいつ)の三人で住んでいる。前は隣の一軒家に住んでたけど、交通事故がきっかけで両親が亡くなったんだ。それで売地になって、で、「これからは長女おねえちゃんの家に住む」って聞いてた。それも昔の話だから、まさかあのマンションだなんて思いもしなかったわけだ。


 少し経って、妹ボイスが唐突に消えた。おそらく隣人が警察に通報してくれたんだろう。俺は無関け――


 ガンガンッピンポーンガンガンッピンポガンガンッガンガピポピポピポピポガンッガンガンッピピピピピピピ


「は⁉」


 ちょっと何やってんだよ、誰が何をどうしてるんだよ? 


「誰だ! 何やって……」


「お兄ちゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」


 お前か……いや分かってたけど。


 銀色に煌めくハンマーが地面に転がっている。


「呼び鈴が壊れているが、誰が壊したんだ?」


「お兄ちゃん、お兄ちゃん! お姉ちゃんが、お姉ちゃんが」


「お姉ちゃんが、じゃないだろボケナス! お前しかいないだろうが、ハンマー転がしといて何を言う!」


「違うの、違うの、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが、ひっく……ひっく」


 立ち上がり、そして俺の服を掴んできた。


「は、な、せ!」


 凄まじい力。強引に引きのけると服が破けるだろう。


「お兄ちゃん、今日は悲しいの。お兄ちゃんと、寝たいな」


 うるっとした上目遣い。どっピンクのツインテールな髪型。ホモたる俺に、気持ち悪い庇護欲が、出てきた。


「ってアホ! お前は何しに来たんだ!」

「ご、ごめんねお兄ちゃん、本当はお兄ちゃんとセックスしたいところだけど、そう、本当はお兄ちゃんのでっかい肉棒をマナミのヒクヒクって淫靡に動くいやらしいダメ穴にブチ入れてほしいんだけど、今はそれどころじゃないっていうか」

「性欲をどうにかしろよ!」


「ちょっと、マナミちゃんがまた家壊してるんじゃないでしょーね」

「ごめん母さん、今対処してるんだ」

「もう私にはどうにもできないからね。頼んだよあんた」

「分かってるよ! ったく、母さんで無理なら俺でも無理だろ普通」


 反射で、再び玄関ドアを閉める。カギも閉める。




 マナミは、中二のチビ美少女だ。すごく可愛い見た目、ホモである俺すらも愛したくなる妹性、一度は抱きしめて守ってあげたくなる純真無垢さ。ちなみに最後のは演じてるだけで、純真無垢さなんてどこにもない極端に卑猥な美少女だ。




 またもや、例の妹ボイスが聞こえなくなった。願わくば警察に保護されててほしいが、前例からそれはない。さっきはハンマーで呼び鈴をぶち壊したから、次はもう一段階ヤバい攻撃を仕掛けてくるだろう。


 ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリッ ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリッ


「何だ⁉ 今度は何だ⁉ なっ」


 眼前に、信じられない光景が広がっている。


「のこぎり、だと⁉」


 電動のこぎりが、玄関ドアを突き破って、その刃先を俺の方に向けているではないか! すさまじい回転で金属をジギャジギャと削り、……ああ、四角く削られている……ドアが、社会とプライベートの境界線が削られている……俺は何の罪を犯した? 犯した覚えなんかないぞ!


「よっと」 バッターン! バリィン!


「お兄ちゃん! どうしてマナミの言うこと聞いてくれないの? ねえどうして? あんまり悪い子だとおしおきしちゃうんだからね?」


 どっピンクツインテールの全男性の妹が、こんなに強引でこんなに野蛮でこんなに怪力だとは。怒りすら湧かない、ただただ呆然とその場に突っ立つ。


「お兄ちゃん聞いてよ、どうして聞いてくれないの? さっきからお姉ちゃんにラインしてるんだけど、ぜんっぜん既読つかないの。どうしてだろう」

「知るか! とりあえず帰ればどうだ?」

「何その言い方……そんなのお兄ちゃんとしてあるまじき言動だよ。おしおきとしてマナミのマ●コぺろぺろしても…………いいよ♡」


 目を閉じ、顔を赤らめ、頬を両手で覆うマナミ。四角く削り落とされた玄関ドアの残骸板状金属が敷かれて、その上に電動のこぎりとハンマーが転がっている。


「何照れてんだお前は!」


「きゃっ、お兄ちゃんが狼にっ♡」


「だから何で照れてんだよ! 弁償しろ!」


「やーだよー。お兄ちゃんの家のものはお兄ちゃんが直すんだよー。お尻ペンペーン!」


「何でいきなりメスガキになってんだ、路線変更もいいとこだ」


 今度は本当に去って行った。巨大な金属板と電動のこぎり、ハンマーを玄関前に放り出したまま……


「おら待てやコラァ! ただじゃ済まさんぞ、ホモなめんなよ!」


 とりあえずスリッパを履いて外に出る。転がっているブツを部屋の中に投げ込み、金属板を立て掛け、向かうは例のマンション!


(ふ、あいつ足が速いからって油断してるな? 知ってるんだよなあ、お前らの居場所) 


「おらおらおらあああ!」


「きゃはっ、お兄ちゃんが追いかけてくれる! 嬉しいなぁ、嬉しいなぁ」


(くっそ、差がどんどん開く……男として情けない……だから俺、受けなのか?)


 しかし、今日という今日は許せない。やつの家に押し入って、コテンパンにやっつけてやろう。次女のミィ子をどうにもできないなら、この馴れ馴れしい全男性の妹をいたぶってやるだけだ! ヒャヒャヒャヒャ!

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