9.美人さんとのお茶会
美人さんと会う日は、気合を入れるわけではないが、ワンピースかチュニックくらいは着る。春の始めだが気温は既に高く、スプリングコートが必要ないくらいだった。
クラフトショップのある中央街から少し離れたコーヒーショップで美人さんと会った。
美人さんはマスクをしているが、お化粧はきっちりしている。色白の肌にピンク系のアイシャドウがよく似合った。
私の方はマスク生活万歳で、化粧なんてしない。
元々肌が弱いので化粧は合わないのだ。それがマスク生活になってくるとしなくてよくなって楽でたまらない。
「千早氏、すごく楽しみにしてたんだよ」
「そんなに楽しみにされているとは!?」
話しながらコーヒーショップに入って、敷居のあるソファ席に座る。
コーヒーとケーキを注文してから、私はテーブルの上に小さなクリアパックに入ったイヤリングチャームを広げた。
シャンデリアのような形のパーツにドロップ型のチェコビーズと花のビーズを下げたピンク色のイヤリングチャーム。
緑色に輝くスワロフスキーに薄緑の勾玉ビーズを組み合わせたイヤリングチャーム。
パールとチェーンだけのシンプルなイヤリングチャーム。
新作の葡萄のような形に勾玉を組み立てたイヤリングチャーム。
大小のパールを二連にしたイヤリングチャーム。
スワロフスキーとパールを合わせたイヤリングチャーム。
蝶の形のチャームと長いビジュー付きの金具を合わせたイヤリングチャーム。
七種類のイヤリングチャームに美人さんの目が輝く。
「写真で見るよりも可愛い。いい色だ」
「でしょう? レジ横に置いてあったのを一目惚れして飼ったんだよ」
「これは一目惚れするわ」
淡い緑の勾玉ビーズを手に取る美人さんは本当に嬉しそうだった。
「これ、お納めください」
「ありがとうございます」
手渡されたのは三千円が入っていると思しき封筒とガトーショコラ。抹茶のガトーショコラにしてくれたのは、私の甥っ子が抹茶が好きだと覚えていてくれたからだ。
「ありがたや。甥っ子に届けるわ」
「千早氏も食べてよね。あぁ、千早氏の分も買って来るべきだっただろうか」
「私はこれ以上太りたくないから!」
ガトーショコラが二本あっても、私の家では食べるひとがいないので、全部私が食べることになる。
近所に住む兄や姉が来たときならばいいのだが、まだ週の始めだった。
「千早氏、最近、新しい趣味に目覚めたとか?」
「タロットカードなんだけど……」
タロットカードに触っていると声が聞こえるし、ひとの後ろには守護獣らしきものが見えるようになってしまったなんて、美人さんに言えるわけがない。
こんなこと口に出してしまったら、変人扱いされるか、気がおかしくなったとおもわれるかだ。
幸い、美人さんの後ろには守護獣が見えない。
完全に油断していた私の足元に、小さなものが近付いて来ていた。
『ぷぎ』
「ぷぎ……えー!? 豚!? しかも真珠の首飾り着けてる!?」
「千早氏!?」
「あ、なんでもないです」
足元を見た私は、マイクロ豚というとても小さなサイズの可愛い豚さんが、ぷぎぷぎと鳴きながら私の足元に来ているのに気付いていた。
真珠の首飾りをつけているのは、パールが大好きな美人さんにそっくりだ。
小さくて可愛い豚さんは、きりっとした顔で私を品定めして、美人さんに害を及ぼすものではないと理解すると、美人さんの足元に戻って行った。
美人さんはあの可愛い小さな豚さんに愛されているし、守られている。
誇りをもって小さな可愛い豚さんは美人さんの守護をしているのが伝わって来た。
「真珠の首飾りがなんだって?」
「いや、私たちもそれなりの年齢じゃん。真珠の首飾りくらい持っていた方がいいのかと思って」
話を誤魔化すために私が言えば、美人さんの表情が曇る。
「結婚式やお葬式のときには必要だよね」
「あ、ごめん」
「それは、私が言うことじゃない?」
私は無宗教で、特に気にしていなかったが、きっちりとしている美人さんは、私のことをよく気遣ってくれる。
二年前に伯父が亡くなって、形見の座り心地のいい椅子をもらったことも、美人さんは知っていた。
「コーヒーとケーキが来た。食べよう」
「そうだね」
丁寧に宝物のように美人さんがテーブルの上に広げられていたイヤリングチャームの入ったクリアパックをバッグに入れる。
これだけ大事に扱われるのならば私も作った甲斐があったというものだ。
美人さんとのお茶会を終えて、私は家に戻っていた。
家に帰ると両親が荷物の用意をしている。
「どこか行くの?」
「今日から二泊三日の温泉旅行よ」
「昨日の夜に言ったじゃないか」
そうだった。
私は大概ひとの話を聞いていない。
特に夕飯時は、両親と兄はお酒を飲むので二時間くらいリビングでゆっくりと食事をするのだが、私は十分で夕飯を吸い込んで部屋に戻る。
夕飯時に両親が話したつもりで、既に私がいなかったのか、話したが私は食べるのに夢中で聞いていなかったか、どちらかだろう。
「お兄ちゃんも、今週は忙しいらしいから」
「ちゃんと食べるんだぞ」
言われて私は目を逸らした。
私は一人暮らしもしていたので料理ができないわけではない。
一人暮らしのころは鯵の南蛮漬けとか、筑前煮とか、ルーを使わないカレーとか、手羽先のおでんとか、結構きちんと作っていたのだ。
ブラックな職場が私の体と心を壊して以来、私は作るくらいなら食べない方がましという体質になってしまった。
あの頃は体重が恐ろしいほど減って、それでも仕事は行かなくてはいけなくて、完全に私はおかしくなっていた。
夕食は作り置きのビピンパを食べて、私は滝川さんに相談してみた。
「今日から両親がいなくて、明日と明後日の夜まで、自分で食べ物を確保しなきゃいけないんですよ」
『作るの面倒ですよね』
「作るくらいなら食べなくてもいいんですけどね」
『まぁ、私も一食くらい抜いちゃいます』
「三食でも……」
呟いた私に、タンブラーの麦茶を飲んでいた滝川さんの顔色が変わった気がした。
『千早さん、食べないのはよくないですよ?』
「え、えへ?」
『えへ? とか可愛い子ぶってもダメです』
真剣に言われてしまって、私は滝川さんにおずおずと提案した。
「滝川さん、お料理上手じゃないですか」
『上手というか、やらないと食べられないのでやってます。本当はやりたくない』
「私もやりたくないー!」
話がずれていく。
『普段は千早さん、食事どうしてるんですか?』
「同居の母と兄が気を付けてくれてます」
母は食事を作ってくれるし、兄も私が食べていないことを知れば、自分の料理を作るついでにチャーハンや牛丼や豚丼を作ってくれる。
その話をすると、滝川さんは何か言いたそうにしている。
この年になって料理もできないようなダメ人間の私に呆れているのかもしれない。
「滝川さん、もしよろしければ、オンラインで一緒にお料理しませんか?」
言ってから何かものすごく我が儘を言ってしまったような気分になった。
滝川さんだって忙しいのだ。
私に食事を合わせることはできない。
嫌なことはお互いに言い合おう。
空気は読むものではなくて吸うものなのだから。
これが私と滝川さんが小説で交流をしていた頃からの合言葉だった。
断ってくれてもいい。
そう言おうとしたとき、滝川さんが返事をくれた。
『いいですよ。すごいもの作れるわけじゃないですけど』
軽く明るい滝川さんの返事に、私は救われていた。
「あ、ヤバい。キッチン掃除しないと」
『それは私の台詞!』
「キッチンとか普段使わないからなぁ」
どこに何があるのかもさっぱり分からない。
そんな私に滝川さんはしっかりと指導してくれるつもりのようだった。
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