17.クラフトコーラ作り

 兄の家に遊びに行くと、甥っ子と姪っ子が群がってくる。

 今年の春に高校に入学した一番上の姪っ子は、私に携帯電話を見せて来た。


「新型のiPhoneだよ! 入学祝いに買ってもらったの」

「私のやつよりもいいやつじゃん!」

「いいでしょー。これのストラップ作ってよ。それに、この前作ってもらったイヤリングを片方落としたのよね。これなんだけど」


 見せて来る姪っ子に私はイヤリングのパーツを確認する。


「これならもう一つ作れるよ。同じようなパーツがあったと思う」

「お願いね」


 小さな頃からアクセサリーを作ってあげている姪っ子は、落としたときには必ず知らせるし、外れたときにはできる限りパーツを集めて持ってくるように言っていた。


 片方なくなっても、手持ちのパーツでもう片方を作るのは簡単だし、パーツが外れたときにはくっ付ければいいだけだ。


 ヤットコというアクセサリー用のペンチと、指カンという溝の入ったカンを開けるためのリングを持っていれば、修理は簡単だった。


 片方なくなったイヤリングは預かって、私は兄と兄のお嫁さんに挨拶に行った。


「みんなの進級祝いにいつものお店でタルトを買って来ていますので」

「いつもすみません。みんなあのタルト大好物だから」


 苺がぎっしりと乗った二十五センチホールのタルトは、五人兄弟と私と兄と兄のお嫁さんで食べきってしまう。追加のタルトが必要で、生の果物が苦手な末の甥っ子のためには、いつもチーズケーキとガトーショコラを用意していた。

 特に、姪っ子の食欲はすごく、タルトを四分の一食べることもあった。


「パパー、切って」

「ちょっと待ちなさい。ちぃちゃん、これ、言われてた梅」

「ありがとう」

「下処理までしてあるから、梅酒でも梅シロップでも好きに使っていいよ」


 兄の家の庭には梅の木があるのだが、その加工が面倒で毎年私は梅をもらっていた。梅シロップになると、甥っ子が好きなので、お返しすることもあるのだが、大体は母が梅酒をつける用になっている。


 二十五センチホールのタルトは切ると次々とタルトがお皿に持って行かれる。食欲旺盛の五人の兄弟は、吸い込むようにタルトを食べて行った。


 兄夫婦の子どもは、今年高校に入学した姪っ子を一番上に、姪っ子、甥っ子、甥っ子、姪っ子、甥っ子の五人兄弟だ。

 私たちが五人兄弟だったので、兄も自分の子どもは五人欲しいと思っていると結婚式の後で聞いた。

 有言実行の兄に頭が下がる。


「ちぃちゃん、わたし、ストラップがほしい」


 下の姪っ子に言われて、私は話を聞く。


「この前、温泉旅行に家族で行ったの。そのときに、ビーズを買ってもらったの」


 大ぶりのビーズは蛍ガラスというやつだろうか。黒地に青い螺鈿のような模様が入っていて、とても美しい。

 私がアクセサリーを作るのは知っているので、姪っ子も甥っ子も、旅行先に行くと自分の気に入ったビーズを買ってもらうし、私に作るのを頼む。


「どんなチャームにする?」

「キラキラがついてるの」


 これはスワロフスキーを使って作らねばならないなと私は理解していた。

 スワロフスキーはやはり輝きが違う。私にとっては特別な素材となっている。


「美味しかった、ご馳走様でした」

「いつもありがとうございます」


 上の姪っ子と兄のお嫁さんにお礼を言われて、私はいい気分で兄の家を辞した。

 兄の家から帰る途中に、料理の専門店に寄って、スパイスを揃える。


 グローブにカルダモンにシナモンスティックにバニラビーンズ。

 シナモンスティックは高かったのでパウダーシナモンにして、バニラビーンズはバニラエッセンスで間に合わせる。

 他にも大量にお砂糖を使うので、お砂糖も買って、レモンは家の庭になっているので帰るときに庭のレモンを収穫した。


 梅の実を半分に分けて、滝川さんに発送できるように箱に詰めて、宅配便の集荷を待つ。

 集荷に来てくれた宅配便の業者さんに、携帯電話のアプリで支払いをして、梅は明日届くということで、滝川さんにメッセージを送った。


『梅、今送りました。明日の昼には届きます』

『明日の夕方は、梅酒作りですね。私はスパイスとレモン、買って来ました』

『私もスパイス、買って来ました』


 私が答えると、滝川さんが俄然やる気になる。


『やりますか、クラフトコーラ作り』

『やりましょうか』


 夕食の準備前にクラフトコーラ作りを終わらせなければいけない。

 キッチンを簡単に片づけて、私は滝川さんと映像通話を始めた。


『レシピの半量で作ってみましょうね』

「そうですね、流石に全量は多すぎますよね」


 話しながら材料を計っていく。

 水二百ミリリットル、砂糖二百グラム、グローブに十粒、カルダモン十粒、シナモンパウダー小さじ一、バニラエッセンス少々、レモン一個。

 計っている間に、液晶画面の滝川さんも私も真顔になっていた。


「お砂糖、二百グラム、だと……」

『ものすごく多いですね』

「二百グラム……こんなに入れるの!?」


 ボウルに山盛りになっている砂糖の量にぞっとしてしまう。

 既成のコーラにはこんなに砂糖が入っているのだろうか。


『自分で作ると、もう買って飲めなくなっちゃう』

「知ってはいけない真実を知りましたね」


 真顔になってしまった私と滝川さんだったが、これは始まりに過ぎなかった。

 カルダモンの小さな実から種を取り出していると、私も滝川さんも異様な表情になってくる。

 滝川さんの肩の上では、白目を剥いた鶏さんが両方の翼で嘴を押さえているし、私の足元にいた猫さんは、部屋の隅に逃げて行ってしまった。


『くっさっ!?』

「なんですか、これ、臭いんですけど!?」

『カルダモンとグローブとシナモンの香りが混ざり合って、とても、臭いです』

「これが本当に飲めるんですか!?」


 悲鳴を上げる私と滝川さんに、滝川さんの肩の上の鶏さんが嘴を押さえて倒れそうになっている。


「鶏さん、脱落しそうです」

『猫さんは?』

「部屋の隅に逃げました」

『鶏さんも逃げればいいのに。なんでいるの?』


 不思議そうな滝川さんに、臭さに耐えかねている鶏さんは、それでも滝川さんのそばを離れようとしなかった。


 レモンを半分絞って、半分は輪切りにしておく。

 カルダモンとグローブとシナモンパウダーとレモンの輪切りを入れて、砂糖と水を入れて、中火で十分くらい煮て、火を止めて、粗熱が取れるまで待つ。


 その頃には部屋中がスパイスの匂いに満たされていた。


「この匂い、取れないんじゃないですかね」

『この匂いの中で晩ご飯を作るんでしょうか。いやー!』


 悲鳴を上げている滝川さんを、片方の翼で嘴を隠しながら、もう片方の翼で鶏さんが慰めている。


「鶏さん、慰めてくれてるみたいですよ」

『鶏の慰めなどいらぬー! 匂いをどうにかしてみせろー!』

「あ、がっかりした顔してる」


 粗熱が取れた鍋にレモン汁を加えて、バニラエッセンスを垂らして、ザルで濾して瓶に入れて冷蔵庫で一日寝かせれば完成なのだが、私と滝川さんは疲れ切っていた。


「角煮の匂いがします……」

『スパイスの匂いが千早さんにはそう感じられるんですね。私は、ひたすらくっさ! って感じで』


 なんでこんなものを作ってしまったのだろう。

 滝川さんと私は真剣に悩んでしまうのだった。


 翌日に馴染んだクラフトコーラを、炭酸は好きではないが、まずはどんなものか見極めるために炭酸で割って滝川さんと飲んでみる。


「うぅん、スパイスゥ!」

『あっま! だだ甘い!』

「甘いですよねーあれだけお砂糖入れましたもんねー」


 遠い目になっている私に、滝川さんが顔を上げる。


『レモン多めで、スパイス少な目で』

「え?」

『レモン多め、スパイス少な目なら、いける気がします。もう一回作りましょう!』

「えぇぇー!?」


 スパイスは残っているし、レモンは庭になっているので、もう一度挑戦できないことはない。できないことはないのだが、瓶に入っているクラフトコーラのシロップをどうするかが問題だ。


「まだクラフトコーラ、こんなにあるんですよ!?」

『私はまだまだ研究しますよ! それが小説のためだから!』

「小説のためというよりも、自分の口に合うのを作ろうと頑張ってません?」

『あ、バレました?』


 液晶画面の中で滝川さんが『てへ?』と笑う。

 そこにインターフォンの音がして、滝川さんが席を外した。


 戻って来た滝川さんは、私が送った梅の入った箱を持っていた。


『届きました! まずは梅酒作りですね』

「まずは……ってことは、次は?」

『実験……じゃなくて、クラフトコーラ作りですよ』

「えぇー!」


 クラフトコーラはもういいです。

 滝川さんの肩に乗った鶏さんも、私の膝の上の猫さんも、同意見のようだった。

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